F1チーム代表
自動車レースのフォーミュラ1(F1)におけるチーム代表(チームだいひょう)とは、参戦している各チームの代表者のことで、チームの総責任者の呼称として用いられる。F1の共通言語となっている英語の呼称に合わせて「チームプリンシパル」(英語: Team Principal)と呼ばれることもある。
概要
編集F1チームのチーム代表はチームの総責任者であり、チームのパフォーマンスやレース結果、チームの方針の決定、人事を含むチーム体制の構築、予算の管理、など、組織の運営に関するあらゆることに権限と責任を持っている[1][2]。そのため、ドイツ語のように言語によっては、単に「ボス」と呼ばれる[2][3]。
チームのオーナー(所有者)や、チームの運営会社の経営者(CEO)と混同されがちだが、必ずしも同一人物ではない。チームを運営するマネージャーとしての役割を持つが、レースの実戦チームのまとめ役は別の人物が「チームマネージャー」等の肩書で分担していることがある[注釈 1]。かつてはチームの代表者がそれらの役職や業務を全て担っていることも多かったが、F1チームが大きな組織となっていったことや、チーム内の各業務が高度化して専門家による分業体制となっていったことで、チーム代表の位置付けも変わっていった(→#位置付けの変遷)。権限の範囲もチームによって考え方が若干異なり、「チーム代表」となる者にチームが与えている肩書もチームによって異なることがある(→#肩書)。
F1チームの対外的な顔役(アイコン)としての役目も持ち、F1チームの中ではドライバーに次いでメディアにおける露出が多い役割となる[1][2][3]。F1の規則を承認する国際自動車連盟(FIA)、実質的な主催者で商業権を管理するフォーミュラワン・グループ、他チームのチーム代表との折衝を行うほか、FIA公式会見への出席やテレビのインタビューなどのメディア対応、スポンサーなどへのマーケティング対応が主な業務となっている[1][2]。そのため、ほぼ例外なく話術に長けた人物がその任に就いている[1]。
位置付けの変遷
編集かつてはチームオーナーがチーム代表を兼任していることが常だった[1][2]。チーム内の業務分担でも、F1チームが数名から十数名程度で運営されていた小規模な組織であることが一般的だった時代では、チーム代表が車両の設計者を兼務していたり、ドライバーを兼務していたりするチームも珍しくはなかった[1][2][3]。時代を経るにつれて、F1チームが数十名から数百名の人員を擁する巨大な組織となっていき、車両設計などの各分野がその分野を専門とする「スペシャリスト」たちによって担われるようになったことで、チーム内の業務は分業が進み、2000年代に入った頃にはチーム代表が他の仕事を兼ねるということはほぼ見られなくなった[1]。2000年代以降も、チームの運営会社の経営者(CEO)という役職についてはチーム代表が兼務していることもあるが[5]、これも分業が進みつつある。
そうして、近年のF1チームでは人員の大部分をスペシャリストが占めるようになったが、そうした人員を統率する役割を持つチーム代表だけは、各分野にある程度通じている必要があるため、チームの中でも例外的に「ゼネラリスト」としての能力が求められると言われている[1]。
求められる経験は特に決まっておらず、モータースポーツとは無関係な分野で組織管理者や実業家をしていた人物が就任する例もあるが、近年、チーム代表を務めている者の多くは就任以前からモータースポーツに関わっていた人物で占められている[2]。(→#現在のチーム代表)
オーナーとの関係
編集チーム代表は、オーナーが兼任している場合を除けば、いずれもオーナーに雇われている立場となる[2][3]。会社組織としては、オーナーとの間にチームの運営会社の役員(CEOなど)が上席者として存在することが常となっている(チーム代表本人が兼任していることもある)。
2024年現在、参戦している10チームの内、メルセデスチームのトト・ヴォルフのみチームの共同オーナーだが[6][7]、他の9チームのチーム代表はいずれもチームオーナーに雇われてその役目を務めている。このため、成績が低迷しオーナーの期待にそぐわない場合には、代表者を更迭・交代するケースが多くなっており、メディアからは「サッカーチームの監督交代のような即効性が求められる時代になっている」とも指摘されている[8]。
肩書
編集チーム内の肩書は「Team Principal」とは別にあることがあり、マネージングディレクターなど、チームによって様々である。チームの運営会社の経営者を兼ねている場合、最高経営責任者(CEO)の肩書を持つこともある。
現役のチームの中で最も長い歴史を持つスクーデリア・フェラーリでは、伝統的に「スポーティングディレクター」(イタリア語: Dirigente Sportivo)の肩書が与えられていた(2000年代のジャン・トッド体制まで[注釈 2])。近年のフェラーリでは、「スポーティングディレクター」という肩書は、チーム代表ではなく、チーム代表の補佐役(チームマネージャー)に与えられているが[注釈 3]、イタリアのメディアは、2020年代の現在でも慣習的にフェラーリのチーム代表をスポーティングディレクターとしばしば呼んでいる。
一覧
編集- 2024年8月時点。
現在のチーム代表
編集国 籍 |
人物 | チーム | 就任年※1 | 出身分野※2 | 補足 |
---|---|---|---|---|---|
アレッサンドロ・アルニ・ブラビ | ザウバー | 2023年[注釈 4] | 弁護士、ドライバーエージェント、チーム管理 | 呼称は「チーム代表者(Team Representative)」[注釈 5]。 | |
トト・ヴォルフ | メルセデス | 2013年 | ドライバー(Fフォード)、実業家(投資家) | 共同オーナー[6]。チーム運営会社(Mercedes Grand Prix Ltd.)CEOを兼任[6]。 | |
オリバー・オークス | アルピーヌ | 2024年 | ドライバー(GP3)、実業家(レースチーム経営) | ||
マイク・クラック | アストンマーティン | 2022年 | エンジニア(レースエンジニア)、チーム管理 | ||
小松礼雄 | ハース | 2024年 | エンジニア(レースエンジニア) | ||
アンドレア・ステラ | マクラーレン | 2023年 | エンジニア(レースエンジニア) | ||
フレデリック・バスール | フェラーリ | 2023年 | 実業家(レースチーム経営) | 過去にルノー(2016年)、ザウバー/アルファロメオ(2017年 - 2022年)のチーム代表。 | |
ジェームス・ボウルズ | ウィリアムズ | 2023年 | エンジニア(ストラテジスト) | ||
クリスチャン・ホーナー | レッドブル | 2005年 | ドライバー(F3000)、実業家(レースチーム経営) | チーム創設時のチーム代表。チーム運営会社(Red Bull Racing Ltd.)CEOを兼任[14]。 | |
ローラン・メキース | RB | 2024年 | エンジニア(レースエンジニア) |
※1 チーム代表に就任後、最初にレースを迎えた時点の年を「就任年」として記載。
※2 ドライバー経験者はシングルシーター(フォーミュラカー)の最高位カテゴリーを記載。エンジニア出身者は主な分野を記載。「チーム管理」は、F1に限らず、チームマネージャーなどレーシングチームの管理職経験がある者について記載。
主なチーム代表
編集F1チーム代表全般を題材とした作品
編集- ドキュメンタリー
- Formula 1: 栄光のグランプリ (2019年 - 製作継続中。製作配給:Netflix、制作:Box To Box Films)
- コンピュータゲーム
- F1マネージャー (2000年。販売:EAスポーツ、開発:Intelligent Games)
- F1マネージャー2022 (2022年。販売・開発:Frontier Developments)
- F1マネージャー2023 (2023年。販売・開発:Frontier Developments)
脚注
編集注釈
編集- ^ 混同されがちだが[4]、F1の場合「チームマネージャー」はチーム代表の補佐役で、役割は異なる[4]。
- ^ トッドは1993年から2007年にかけてチーム代表を務めた。トッドの肩書は2001年までは「スポーティングディレクター」だったが[9]、2002年から「ゼネラルディレクター」となっている[10](退任する2007年まで[11])。
- ^ フェラーリにおいて、「スポーティングディレクター」の肩書はトッドの後はチームマネージャーのステファノ・ドメニカリが2002年から2007年まで帯び[12][11]、トッド退任翌年の2008年にドメニカリがチーム代表に就任(昇格)した後はルカ・バルディッセリが引き継いでいる[13]。
- ^ アルファロメオ時代を含む。
- ^ 運営会社(ザウバーモータースポーツ)のCEOであるアンドレアス・ザイドルの代理(日常のチーム運営の代行者)という側面が強いと考えられている。
- ^ a b 2023年の時点で、ウィリアムズは、クレア・ウィリアムズと臨時代表のサイモン・ロバーツを元チーム代表としてカウントしていないことを明らかにしている[15](ウィリアムズは2020年12月にロバーツがチーム代表に「正式に」就任したことを発表したことがあり[16]、発表内容には矛盾を含む)。
- ^ 創設初期と、フットワーク参画期(1990年 - 1995年)に共同オーナー。それ以外の期間は単独のオーナー。
- ^ コローニを買収。
- ^ 1975年に義兄のアルフレッド・オーウェンから相続。
- ^ 1971年は単独のオーナー。
- ^ 1984年末に就任し、1985年8月末に辞任[17]。
- ^ a b c 2021年のアルピーヌは、チーム代表を置かず、ローレン・ロッシ(CEOを兼任)、ダビデ・ブリビオ、マルチン・ブコウスキーの3人による指導体制で運営された[18]。
- ^ ホンダ(Honda Grand Prix Ltd.、「HRF1」)を買収(MBO)。
- ^ リジェを買収。
- ^ ロジャー・ペンスキーは北米の事業に集中していたため、実質的にはチームマネージャーのハインツ・ホーファー(Heinz Hofer)がF1チームの指揮を執った[19]。
- ^ ティレルを買収。
- ^ スパイカーを買収。
- ^ オゼッラを買収。
- ^ チームの親会社のジニー・キャピタルの共同オーナー。
出典
編集- ^ a b c d e f g h Red Bull Racing Honda (2021年3月26日). “Bulls' Guide To: Team Principals” (英語). Red Bull Racing. 2024年2月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h Richard Asher (2022年8月21日). “特集|F1チーム代表ってどんな人? 彼らの仕事内容や十人十色の経歴をリストアップ!”. Motorsport.com. 2023年1月14日閲覧。
- ^ a b c d Richard Asher (2024年1月15日). “F1 team principals: Who are they and what do they do?” (英語). Autosport. 2024年2月29日閲覧。
- ^ a b “Performing Under Pressure: Sporting Director” (英語). Red Bull Racing (2023年7月13日). 2024年8月4日閲覧。
- ^ オートスポーツ 2007年12月6日号(No.1137)、「ホンダが“天才の頭脳”を求めた理由」(和田康裕インタビュー) pp.14–17
- ^ a b c “The Team Welcomes INEOS as a One Third Equal Shareholder Alongside Daimler and Toto Wolff” (英語). Mercedes-AMG Formula One Team (2020年). 2023年8月20日閲覧。
- ^ Chris Medland (2023年7月21日). “【F1チーム代表の現場事情:メルセデス】トト・ウォルフが新規チーム誕生に強硬に反対する特別な理由”. Auto Sport web. 三栄. 2023年8月20日閲覧。
- ^ この2年で8チームが代表を交代。サッカーにおけるアプローチをF1チームの株主らも適用する傾向に - オートスポーツ・2024年1月16日
- ^ F1速報 2001総集編、「スクーデリア・フェラーリ・マールボロ」 p.72
- ^ F1速報 2002総集編、「スクーデリア・フェラーリ・マールボロ」 p.72
- ^ a b F1速報 2007総集編、「スクーデリア・フェラーリ・マールボロ」 pp.64–65
- ^ “Stefano Domenicali” (英語). GrandPrix.com. 2023年1月17日閲覧。
- ^ F1速報 2008総集編、「スクーデリア・フェラーリ・マールボロ」 pp.58–59
- ^ “Oracle Red Bull Racing、Oracle Cloudに支えられチャンピオン・シーズンを達成”. 日本オラクル (2022年11月14日). 2023年1月15日閲覧。
- ^ “Williams Racing appoints new Team Principal” (英語). Williams Racing (Williams Group) (2023年1月13日). 2023年1月14日閲覧。
- ^ “Williams Racing is delighted to announce the appointment of Jost Capito as its new Chief Executive Officer, with him set to join the team on 1 February 2021.” (英語). Williams Racing (Williams Group) (2020年12月17日). 2023年1月21日閲覧。
- ^ オートスポーツ 1987年1/10臨時増刊(No.462)、「ルノーがF1を全面撤退した背景は?」(ダグ・ナイ) pp.49–53
- ^ “Alpine part ways with Executive Director Marcin Budkowski” (英語). Formula1.com (2022年1月13日). 2023年1月14日閲覧。
- ^ F1 Racing 日本版 2009年5月号、「MY LIFE IN F1: ジョン・ワトソン」 pp.24–25
参考資料
編集- 雑誌 / ムック
- 『オートスポーツ』(NCID AA11437582)
- 『1987年1/10臨時増刊 F1 Grand Prix (No.462)』三栄書房、1987年1月10日。ASB:AST19870110。
- 『2007年12月6日号(No.1137)』三栄書房、2007年12月6日。ASB:AST20071206。
- 『F1速報』(NCID BB22714872)
- 『2001総集編』三栄書房(ニューズ出版)、2001年12月5日。ASIN B00UUSAOQC。ASB:FSH20011205。
- 『2002総集編』三栄書房(ニューズ出版)、2002年12月7日。ASIN B00UUSAOTE。ASB:FSH20021207。
- 『2007総集編』三栄書房(ニューズ出版)、2007年12月13日。ASIN B00UUSAPQQ。ASB:FSH20071108。
- 『2008総集編』三栄書房(ニューズ出版)、2008年12月11日。ASIN B00UUSAPWA。ASB:FSH20081127。
- 『F1 Racing 日本版』
- 『2009年5月号』三栄書房、2009年5月24日。ASIN 4779606136。ISBN 978-4779606137。