常陸太田市
茨城県の市
(常陸太田市役所から転送)
常陸太田市(ひたちおおたし)は、茨城県の東北部の県北地域にある市。1954年(昭和29年)市制施行。
ひたちおおたし 常陸太田市 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 茨城県 | ||||
市町村コード | 08212-1 | ||||
法人番号 | 5000020082121 | ||||
面積 |
371.99km2 | ||||
総人口 |
44,709人 [編集] (推計人口、2024年11月1日) | ||||
人口密度 | 120人/km2 | ||||
隣接自治体 |
高萩市、日立市、常陸大宮市、那珂市、久慈郡大子町 福島県:東白川郡矢祭町、塙町 | ||||
市の木 | ケヤキ | ||||
市の花 | ヤマブキ | ||||
他のシンボル |
カワセミ(鳥) 空があるまち(歌) | ||||
常陸太田市役所 | |||||
市長 | 宮田達夫 | ||||
所在地 |
〒313-8611 茨城県常陸太田市金井町3690 北緯36度32分18秒 東経140度31分51秒 / 北緯36.53828度 東経140.53092度座標: 北緯36度32分18秒 東経140度31分51秒 / 北緯36.53828度 東経140.53092度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
地理
編集市は南北に長く、面積は茨城県の自治体では最大。西から順に浅川、山田川、里川が並行して南へ流れ、それぞれの川に沿った谷に旧金砂郷町、水府村、里美村の集落と耕地が広がる。里川に沿って国道349号が貫通するが、途中の中里地区は日立市域であり、旧里美村と旧常陸太田市とは直接隣接してはいなかった。旧里美村地区は東河内地区と本山トンネルを介して、日立市街とも交流を持つ。
浅川、山田川、里川はいずれも市の南境を流れる久慈川に合流する。旧常陸太田市街は里川が久慈川流域の平野に出る谷口の右岸に位置し、周辺の中山間地域を後背地に旧久慈郡南部の商業中心地として発展した。南部の久慈川本流沿い、また上記3河川も久慈川との合流点に近づくにつれて広い沖積平野が開け、それぞれの流路に沿った自然堤防上に集落が分布し、後背湿地には水田が広がっている。
隣接する自治体
編集歴史
編集年表
編集- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、久慈郡太田町が発足。
- 1899年(明治32年)4月1日 - 太田駅(現在の常陸太田駅)が開業。
- 1929年(昭和4年)11月17日 - 陸軍特別大演習に参加した昭和天皇が太田町尋常高等小学校に行幸[1]。
- 1954年(昭和29年)7月15日 - 久慈郡太田町が機初村、西小沢村、幸久村、佐竹村、誉田村、佐都村を編入。合併と同時に町名を常陸太田町[2][3]と改めた上で同日市制施行し、常陸太田市が誕生[4]。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 国道293号が制定。
- 1991年(平成3年)10月 - クリストとジャンヌ=クロードの『アンブレラ 日本-アメリカ合衆国、1984-91』開催。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 国道461号が制定。
- 2004年(平成16年)12月1日 - 金砂郷町、水府村、里美村を編入。
- 金砂郷町、水府村、里美村の3町村と合併により県内では最も面積の広い市町村になった。
- 2024年(令和6年)市制70周年・合併20周年の年となり、式典やプレミアム商品券発行など多くのイベントを開催した。
行政区域変遷
編集※細かい境界の変遷は省略。
- 変遷の年表
常陸太田市市域の変遷(年表) | ||
---|---|---|
年 | 月日 | 現常陸太田市市域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[5][6][7][8] |
1896年(明治29年) | 5月20日 | 天下野村の一部(上高倉・下高倉)が分立し高倉村が発足。 |
1954年(昭和29年) | 7月15日 | 久慈郡機初村、西小沢村、幸久村、佐竹村、誉田村、佐都村が合併。常陸太田町となったが、同日、改称し常陸太田市となる。 |
1955年(昭和30年) | 3月1日 |
|
4月15日 | 郡戸村、久米村、金郷村、金砂村が合併し、金砂郷村が発足。 | |
1956年(昭和31年) | 9月1日 | 小里村は賀美村ととも合併し里美村が発足。 |
9月30日 | 水府村、天下野村、高倉村が合併し水府村が発足。 | |
1993年(平成5年) | 11月1日 | 金砂郷村が町制施行し、金砂郷町となる。 |
2004年(平成16年) | 12月1日 | 常陸太田市は金砂郷町、水府村、里美村を編入。 |
- 変遷表
常陸太田市市域の変遷(※細かな境界の変遷は省略) | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||||
太田村 | 明治14年 太田町 |
太田町 | 太田町 | 昭和29年7月15日 常陸太田市 に市制改称 |
常陸太田市 | 常陸太田市 | 常陸太田市 | |||
里野宮村 | 佐都村 | 佐都村 | 昭和29年7月15日 太田町に編入 | |||||||
白羽村 | ||||||||||
茅根村 | ||||||||||
常福地村 | ||||||||||
春友村 | ||||||||||
馬場村 | 誉田村 | 誉田村 | ||||||||
新宿村 | ||||||||||
増井村 | ||||||||||
下大門村 | ||||||||||
上大門村 | ||||||||||
瑞龍村 | ||||||||||
長谷村 | 機初村 | 機初村 | ||||||||
高貫村 | ||||||||||
田渡村 | ||||||||||
幡村 | ||||||||||
三才村 | ||||||||||
西宮村 | ||||||||||
堅磐村 | 西小沢村 | 西小沢村 | ||||||||
上土木内村 | ||||||||||
落合村 | ||||||||||
内田村 | ||||||||||
岡田村 | ||||||||||
小沢村 | ||||||||||
沢目村 | ||||||||||
天神林村 | 佐竹村 | 佐竹村 | ||||||||
稲木村 | ||||||||||
磯部村 | ||||||||||
谷河原村 | ||||||||||
上河合村 | 幸久村 | 幸久村 | ||||||||
下河合村 | ||||||||||
藤田村 | ||||||||||
粟原村 | ||||||||||
島村 | ||||||||||
亀作村 | 世矢村 | 世矢村 | 昭和30年3月1日 常陸太田市に編入 | |||||||
真弓村 | ||||||||||
大森村 | ||||||||||
小目村 | ||||||||||
町屋村 | 河内村 | 河内村 | ||||||||
西河内下村 | ||||||||||
西河内中村 | ||||||||||
西河内上村 | 昭和30年3月1日 水府村 |
水府村 | 平成16年12月1日 常陸太田市 に編入 | |||||||
東連地村 | 山田村 | 山田村 | ||||||||
松平村 | ||||||||||
和田村 | ||||||||||
棚谷村 | ||||||||||
国安村 | ||||||||||
和久村 | 染和田村 | 染和田村 | ||||||||
町田村 | ||||||||||
西染村 | ||||||||||
中染村 | ||||||||||
東染村 | ||||||||||
天下野村 | 天下野村 | 天下野村 | 昭和31年9月30日 水府村と合併 | |||||||
上高倉村 | 明治29年5月20日 高倉村が分立 | |||||||||
下高倉村 | ||||||||||
上深荻村 | 賀美村 | 賀美村 | 昭和31年9月1日 里美村 |
里美村 | ||||||
小菅村 | ||||||||||
大菅村 | ||||||||||
折橋村 | ||||||||||
小中村 | 小里村 | 小里村 | ||||||||
大中村 | ||||||||||
小妻村 | ||||||||||
徳田村 | ||||||||||
里川村 | ||||||||||
中野村 | 郡戸村 | 郡戸村 | 平成30年4月15日 金砂郷村 |
平成5年11月1日 町制 | ||||||
小島村 | ||||||||||
松栄村 | ||||||||||
新地村 | ||||||||||
花房村 | ||||||||||
上利員村 | 金砂村 | 金砂村 | ||||||||
上宮河内村 | ||||||||||
下宮河内村 | ||||||||||
赤土村 | ||||||||||
千寿村 | 金郷村 | 金郷村 | ||||||||
大方村 | ||||||||||
岩手村 | ||||||||||
竹合村 | ||||||||||
中利員村 | ||||||||||
下利員村 | ||||||||||
高柿村 | ||||||||||
箕村 | ||||||||||
薬谷村 | 久米村 | 久米村 | ||||||||
久米村 | ||||||||||
大平村 | ||||||||||
玉造村 | ||||||||||
芦間村 | ||||||||||
大里村 |
人口
編集常陸太田市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 常陸太田市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 常陸太田市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
常陸太田市(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
総務省統計局 国勢調査より |
行政
編集- 市長:宮田達夫(2021年5月22日就任、1期目)
歴代市長
編集特記なき場合『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』などによる[9]。
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 伊村安四郎 | 1954年(昭和29年)7月15日 | 1954年(昭和29年)11月10日 | |
2 | 岡部辰雄 | 1954年(昭和29年)11月26日 | 1958年(昭和33年)11月25日 | |
3 | 西野正吉 | 1958年(昭和33年)11月26日 | 1962年(昭和37年)11月25日 | |
4 | 宮田重文 | 1962年(昭和37年)11月26日 | 1973年(昭和48年)12月6日 | |
5 | 武藤彬 | 1974年(昭和49年)1月27日 | 1990年(平成2年)1月26日 | |
6 | 渡辺龍一 | 1990年(平成2年)1月27日 | 2005年(平成17年)4月25日 | |
7 | 大久保太一 | 2005年(平成17年)5月22日 | 2021年(令和3年)5月21日 | |
8 | 宮田達夫 | 2021年(令和3年)5月22日 |
国の行政機関
編集2022年11月現在[10]
法務省
編集- 水戸地方法務局 常陸太田支局
国税庁
編集厚生労働省
編集- 常陸大宮公共職業安定所 常陸太田市ふるさとハローワーク
林野庁
編集- 茨城森林管理署
- 幡森林事務所
- 徳田森林事務所
- 折橋森林事務所
国土交通省
編集茨城県の行政機関
編集総務部
編集農林水産部
編集土木部
編集議会
編集市議会
編集- 任期:2018年8月6日~2022年8月5日
- 定数:18
- 議長:川又照雄(未来創政クラブ、無所属)
- 副議長:藤田謙二(太政クラブ、自由民主党)
- 党派:自由民主党(5)・公明党(1)・日本共産党(1)・無所属(11)
- 会派:未来創政クラブ(8)・太政クラブ(4)・無会派(6)
茨城県議会
編集衆議院
編集産業
編集企業
編集姉妹都市等
編集教育・施設
編集学校
編集- 小学校
|
|
|
旧・金砂郷小学校、久米小学校、郡戸小学校については2022年3月に閉校して統合され、2022年4月から旧・久米小学校跡地に金砂郷小学校が設置される[13]。
旧・佐竹小学校、幸久小学校、西小沢小学校については2022年3月に閉校して統合され、2022年4月から旧・佐竹小学校跡地に峰山小学校が設置される[12]。
- 中学校
|
|
- 高等学校
- 茨城県立太田第一高等学校
- 茨城県立太田西山高等学校
- 旧・茨城県立太田第二高等学校
- かつて、同市内に「茨城県立太田第二高等学校里美校」(旧・茨城県立里美高等学校)が存在した。
- 旧・茨城県立佐竹高等学校
- 旧・茨城県立太田第二高等学校
施設
編集- 常陸太田市立図書館
- 常陸太田市民交流センターパルティホール
- 常陸太田市生涯学習センター
交通
編集鉄道
編集- 中心となる駅:常陸太田駅
水郡線の太田支線は本数が少ないため、日立市や東海村の常磐線の駅や、那珂市の上菅谷駅・瓜連駅を利用する人も多い。 市内で場所によっては常磐線や水郡線の本線の駅の方が近いところもある。
過去の鉄道路線
編集高速バス
編集- 常陸太田市高速バスターミナル~八潮PA(TX八潮駅)・都営浅草駅・上野駅・東京駅・バスタ新宿(新宿駅)(茨城交通)
- 常陸太田市高速バスターミナル~茨城空港(茨城交通)
路線バス
編集道路
編集観光スポット、特産品など
編集- 梵天山古墳
- 太田城址(舞鶴城址)
- 奥久慈男体山
- 川中子温泉
- 旧茨城県立太田中学校講堂(国の重要文化財)
- 久昌寺
- 西光寺(本尊の木造薬師如来坐像は国の重要文化財)
- 佐竹寺(本堂は国の重要文化財)
- 里美牧場(プラトーさとみ)
- 大中神社
- 瑞龍山(水戸德川家墓所」の名称で国の史跡に指定、朱舜水の墓)
- 西山荘(徳川光圀の隠居所)
- 西金砂神社(金砂神社磯出大祭礼(72年に一度の大祭礼))
- 東金砂神社(同上)
- 馬場八幡宮
- 道の駅さとみ
- 道の駅ひたちおおた
- 竜神峡
- 竜神大吊橋(歩行者用の吊り橋としては日本で2番目の長さ)
- 若宮八幡宮
- 太田落雁の碑、山寺晩鐘の碑(各々水戸八景のひとつ)
- 蕎麦、蕎麦粉:金砂郷地区の蕎麦粉は、国内有数の産地となっている
- ちまき(なべや。こし餡入りでクマザサを使った笹団子のような和菓子)
- かがくの里(日本テレビで放送中の所さんの目がテン!の企画で科学者達の農業の開発と研究の里)
著名な出身者
編集- kami(MALICE MIZER ドラマー)
- マシコタツロウ(作曲家、ミュージシャン)
- 秋山美幸(バレーボール選手)
- 井上庸(プロボクサー)
- 大久保今助(水戸藩士、鰻丼の発明者)
- 梶山静六(政治家)
- 梶山弘志(政治家)
- 金沢次男(元プロ野球選手)
- 北山詩織(ファッションモデル)
- 木村謙次(江戸時代の探検家、蝦夷地を調査した)
- 黒羽桂子(バレーボール選手)
- 黒沢酉蔵(実業家、教育者、雪印乳業創業者、酪農学園設立者)
- 五来欣造(政治学者)
- 佐竹義昭(戦国大名、太田城主)
- 佐竹義重(戦国大名、伊達氏、北条氏と争い佐竹氏の全盛期を築き上げた)
- 佐竹義宣(戦国大名)
- 佐藤進(医学者、日本陸軍軍医、順天堂医院院長、アジア人として初めて医学士の学位を取得)
- 塚原俊郎(政治家)
- 都々逸坊扇歌(都々逸 の祖)
- 飛円重孝(元力士)
- 沼知福三郎(機械工学者、文化功労者)
- 福地惇(歴史学者)
- 青野春秋(漫画家)
- 柳家さん助(落語家)
ロケが実施された映画・ドラマ
編集脚注
編集注釈
編集- ^ このほか日立電鉄交通サービスの路線が存在したが、2019年5月1日に茨城交通に統合。
出典
編集- ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、62頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
- ^ 町村の廃置分合(昭和29年7月9日 総理府告示第618号)、2014年7月5日閲覧。
- ^ 町の名称変更(昭和29年7月9日 総理府告示第619号)、2014年7月5日閲覧。
- ^ 町を市とする処分(昭和29年7月9日 総理府告示第620号)、2014年7月5日閲覧。
- ^ 常陸太田市史編さん委員会編『常陸太田市史 通史編 下』、常陸太田市、1983年より
- ^ 水府村史編さん委員会編 『水府村史』、水府村、1971年より
- ^ 金砂郷村史編さん委員会編 『金砂郷村史』、金砂郷村、1989年 より
- ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809より
- ^ 歴代知事編纂会 1983, 545-548頁.
- ^ “【国の行政機関】”. 総務省 茨城行政監視行政相談センター. 2023年10月2日閲覧。
- ^ 茨城県. “茨城県の各部局の業務案内”. 茨城県. 2023年10月2日閲覧。
- ^ a b c d e “思い出をありがとう 茨城・常陸太田 佐竹・幸久・西小沢 各小で閉校式典”. 茨城新聞 (2022年3月28日). 2022年3月28日閲覧。
- ^ a b c “茨城・常陸太田 郡戸小閉校記念 紙製ランタン飛ばす”. 茨城新聞 (2022年3月25日). 2022年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年3月25日閲覧。
- ^ 茨城ロケ映画「ディア・ドクター」が公開されます。 茨城フィルムコミッション 2009年6月24日、2019年12月29日閲覧
- ^ ロケ地・常陸太田市で完成披露試写会を実施! [リンク切れ]
- ^ 奥茨城村を探そう ~NHK連続テレビ小説「ひよっこ」~ 茨城フィルムコミッション 2017年6月14日、2019年12月29日閲覧
参考文献
編集- 歴代知事編纂会 編集『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』 第1、歴代知事編纂会、1983年。