第三世代ゲーム機(だいさんせだいゲームき)とは、コンピュータゲームの歴史において、1983年7月15日任天堂の「ファミリーコンピュータ」(通称ファミコン)とセガの「SG-1000」の2つのシステムが日本で発売されたことから始まったものである[1][2]。この世代は8ビット時代と呼ばれることもある。

1983年に発売された日本版のファミリーコンピュータ任天堂)。

ファミコンが海外で発売された際には、Nintendo Entertainment System(NES)として作り変えて販売された。この世代は、アタリショックが終わり、家庭用ゲームメーカーの優位性が米国から日本へ移行したことを示す[3]

1980年には任天堂のゲーム&ウオッチが、1979年にはミルトン・ブラッドリー英語版Microvisionが発売されたが、携帯型ゲーム機はこの世代の主要な存在ではなかった。 また、ぴゅう太SC-3000などゲーム機にキーボードを追加したゲームパソコンも第三世代である。

技術向上により、この世代のゲーム機ではグラフィックサウンドの機能が向上した。画面上の同時表示色数とパレットサイズの両方が増加し、より大きな解像度と画面上のより多くのスプライトと相まって、開発者はより詳細なシーンの作成が可能になった。同時発音数が5chのオーディオが一般的になり、ゲーム機ではサウンドのバリエーションと範囲が広がった。

この世代の注目すべき技術革新は、ユーザーがゲームの進行状況をセーブできるオンボードメモリバッテリーを持つカートリッジを搭載したことで、任天堂の『ゼルダの伝説』でこの技術が市場に導入された。この技術革新により、ユーザーはゲームを最初から開始するのではなく、進行状況を保存できるようになったため、より広大なゲーム世界と深いストーリーを楽しむことができるようになった。次の世代になると、ゲームの保存機能は普遍的になり、最初はゲームカートリッジに保存していたが、その後、業界が読み取り専用の光ディスクメモリーカードハードディスクドライブ、そして最終的にはクラウドストレージへと変化していった。

この世代で最も売れた家庭用ゲーム機は任天堂のファミコン、次いでセガ・マスターシステム、そしてAtari 7800であった。前世代のゲーム機も8ビットプロセッサを使用していたが、家庭用ゲーム機が初めて「ビット」のラベルを付けて販売されるようになったのは、第3世代の終わり頃であった。また、メガドライブのような第4世代の16ビット機が販売されるようになり、世代間の差別化を図るためにこの言葉は流行した。日本と北米では、この世代は主にファミコンが、ヨーロッパとブラジルの市場ではセガ・マスターシステムが多くを占めていた。第四世代の16ビットシステムが登場して第三世代が終わり、2003年9月25日にファミコンの販売が終了した。

概観

編集

ファミリーコンピュータ(一般的にはファミコンと略される)は、この時代に日本で非常に人気があり、同世代の他のゲーム機を圧倒した。ファミコンの欧米版であるNintendo Entertainment Systemは、開発者とのライセンス契約に制限があったこともあり、北米のゲーム市場を席巻していた。これは、家庭用ビデオゲームの優位性の米国から日本への転換を示し、Computer Gaming World(雑誌)は、 「任天堂の大流行」についてアメリカのビデオゲームデザイナーのための「期待外れの出来事」ではなく、「事実上、これまでの仕事はすべて日本で行われてきた」と表現している[3]。任天堂は1987年のゲーム機市場におけるハード売上高の65%と推定され、アタリは24%、セガは8%、その他企業は3%を占めていた[4]

日本のゲーム機の人気は急速に高まり、1988年にエピックスは、同社が「アタリショック」と表現した1984年のビデオゲームのハード業界とは対照的に、任天堂のカートリッジ市場はすべての家庭用コンピュータのソフト市場よりも大きいと述べている[5]。任天堂は1988年に700万台のファミコンを販売したが、これは最初の5年間に販売されたコモドール64の台数とほぼ同じであった[6]

Compute!誌によると、任天堂の人気が原因で、ほとんどのコンピュータゲーム会社はその年のクリスマスの間に売り上げが悪くなり、一部の会社は深刻な財務問題を引き起こし[7]、1989年にエピックスは完全にゲーム機カートリッジに転換した[8]。1990年にはアメリカの家庭の30%がNESを所有していたのに対し、全パソコンでは23%であり[9]、コンピュータゲーム開発者の子供たちでさえも親の拒否や最先端のコンピュータやソフトウェアが家にあるにもかかわらず、ゲーム機を要求する同調圧力が強かった。1992年にComputer Gaming Worldが報じたように、「ビデオゲームにアクセスできない子供たちは、親がテレビを買うことを拒否した私たち自身の世代の子たちと同様に文化的に孤立している」という[10]

セガは、ゲーム機販売台数の市場シェアにおいて、任天堂の主要な競争相手であった[4]。商業的に成功を収めたセガ・マスターシステムの前身であるセガのSG-1000は、ファミコンとは異なり、当初、コレコビジョンMSXのような同時代のコンピュータとの差異はほとんどなかったが、ハードウェアスクロールがないにもかかわらず、SG-1000は、超時空世紀オーガス視差スクロールやZoom 909のスプライトスクロールなどの高度なスクロール効果を実現した[1]

1985年には、セガのマスターシステムにハードウェアスクロールが搭載され、カラーパレットの増加、メモリの増加、擬似3D効果、立体3Dも搭載され、ファミコンよりもハードウェア面で明確な優位性を獲得した。しかし、ファミコンは北米と日本の市場を支配し続け、マスターシステムはヨーロッパと南アメリカの新興市場でより優位に立つことになった[11]

この時代は、ビデオゲーム発展の歴史に多くの影響を与えた。第三世代では、最初のゲーム機でのロールプレイングビデオゲーム(RPG)が多く発売された。ビデオゲームの編集や検閲は、日本のゲームを北米にローカライズする際によく行われた[12]。この時代には、第三世代及び後の世代のゲーム機まで続く、史上最も有名なビデオゲームシリーズの多くが誕生した[要出典]。例えば、スーパーマリオブラザーズファイナルファンタジーゼルダの伝説ドラゴンクエストメトロイドロックマンメタルギア悪魔城ドラキュラファンタシースター女神転生忍者龍剣伝ボンバーマンなどである。

第三世代はまた、子ども向け教育ゲーム機市場の始まりでもある[要出典]。VideoSmartsやComputerSmartsシステムのようなゲーム機は、子ども用に設計された非常に原始的な入力システムへ余分な装備を取り除かれたが、ROMカートリッジの使用は、後のそのようなゲーム機の標準としてこれを確立することになる[要出典]。これらのシステムは容量が小さいため、一般的には「ビット」というラベルが付けられておらず、従来のゲーム機との競合として販売されてなかった。

北米では、アタリ7800とマスターシステムは1992年に生産中止となった一方、ファミコンはさらに数年間生産され続けた。ヨーロッパでは、マスターシステムは1990年代後半に生産中止となった。しかし、ブラジルでは現在に至るまで販売を続けている。日本では、任天堂は2007年10月31日までファミコンの修理を続けていた[13][14]

据置型ゲーム機

編集

SG-1000

編集

1983年7月15日、セガで初めて作られたゲーム機のSG-1000が日本で発売された[15]。これは、ファミコンと並んで発売され、第三世代の最初の2台のゲーム機となった。同世代の他のゲーム機ほど売れなかったが、セガのゲーム機メーカーとしての発展に重要な役割を果たしたと考えられている[16]

ファミリーコンピュータ

編集

ファミリーコンピュータは、1983年7月15日に日本で、1986年9月に北米地域で Nintendo Entertainment System(NES)として発売された[17]。これは任天堂が開発・販売した8ビットカートリッジベースのゲーム機で、6000万台以上を販売した同世代で最も人気のあるゲーム機となった。横井軍平が設計した方向パッド付きのコントローラーを搭載した初の家庭用システムであり、業界標準となった。北米では1995年8月14日にファミコンが発売中止となったが、日本で発売中止となったのは2003年9月25日だった。

セガ・マークIII/マスターシステム

編集

セガ・マークIIIは、SG-1000の3代目であり、1985年10月20日に日本市場向けに発売された[18]。日本以外ではマスターシステムとして、デザインも変更して発売された。これは、ファミコンよりも優れた設計にされ、競合機よりも優位に立つことを目指していたが、売れ行きは好調だったにもかかわらず、ファミコンの成功には及ばず、この世代で2番目に売れたゲーム機となった。これはブラジルを除く全ての地域で同様の傾向が見られたが、ブラジルでは世代終了後も何年も売れ続けた。マスターシステムにはサードパーティ製のゲームがほとんどなかったが、これは任天堂のライセンス契約により、開発者は任天堂機用のゲームのみを発売することが義務付けられていたためと思われる。

Atari 7800

編集

Atari 7800は、Atari 5200の後継機[19]で1986年5月に発売された[20]。これは、ハードウェアを追加せずに下位互換性を持つ最初のゲーム機であった。当初は1984年5月21日に発売される予定だったが[21]、会社売却のために2年後まで発売されず、ゲームのソフト数の少なさと相まって、ゲーム機はあまり売れなかった[22][信頼性要検証]

比較

編集
名前 SG-1000 ファミリーコンピュータ/Nintendo Entertainment System (NES) セガ・マークIII/マスターシステム Atari 7800
メーカー セガ 任天堂 セガ アタリ
ゲーム機    

 
 

 

 
 
発売時の価格 日本:\15,000(2023年時点の¥19,700と同等)[23] 日本:\14,800(2023年時点の¥19,500と同等)[24]
アメリカ:$180(2023年時点の$510と同等)[25][26]
カナダ:CA$240(2023年時点のCA$600と同等)
日本:\15,000(2023年時点の¥18,900と同等)[18]
アメリカ:$199.99(2023年時点の$560と同等)
イギリス:£99.95(2023年時点の£360と同等)[27]
アメリカ:$140(2023年時点の$390と同等)
発売日

日本:1983年7月15日
ニュージーランド:1983年

日本:1983年7月15日
北アメリカ:1985年12月18日
ヨーロッパ:1986年9月
世界:1987年

日本:1985年10月20日
北アメリカ:1986年10月
世界:1987年7月

北アメリカ:1986年5月
世界:1987年7月

メディア
  • カートリッジ
  • 拡張用スロット(外付けキーボード)
  • データカートリッジ(カードキャッチャ要)
カートリッジ
最も売れたソフト スーパーマリオブラザーズ(同梱)、4024万本(1999年時点)[29]
スーパーマリオブラザーズ3、1800万本(2003年5月21日時点)[30]
ハングオンとサファリハント(同梱)
アレックスキッドのミラクルワールド(同梱)
ソニック・ザ・ヘッジホッグ (同梱)
ポールポジションII(同梱)[31]
互換性 無し 無し Sega SG-1000(日本のみ) Atari 2600
アクセサリー(小売)
  • バイクハンドル
  • カードキャッチャ
  • ハンドルコントローラー
  • ラピッドファイアユニット
  • SK-1100
など
  • Atari XG-1 光線銃
CPU NEC 780C (8/16ビット ザイログ Z80ベース)
3.58MHz NTSC (3.55 MHz PAL)[33]
リコー 2A03/2A078ビット モステクノロジー 6502ベース)
1.79 MHz (1.66 MHz PAL)[34]:149
Zilog Z80A
4 MHz
Custom 6502C (8ビット モステクノロジー 6502ベース)
1.19 MHz or 1.79 MHz
GPU テキサス・インスツルメンツ TMS9918 リコー PPU YM2602 VDP
サウンドチップ テキサス・インスツルメンツ SN76489

ファミコン ディスクシステム:

日本のみ:

  • Atari TIA

オプションカートリッジチップ:

  • Atari POKEY
メモリ

3 KB RAM[33]

4.277344 KB (4380 バイト) RAM

  • 2 KB メイン RAM)[34]:149
  • 2 KB ビデオ RAM[38]
  • 256 バイト スプライトattribute RAM
  • 28 バイト パレットRAM

更新:

  • MMC チップ:最大8 KB ワークRAM、12 KB ビデオRAM[39]
  • ファミコンディスクシステム:32 KB ワークRAM、8 KB ビデオRAM[36]

24.03125 KB (24,608 バイト) RAM

  • 8 KB メイン XRAM
  • 16 KB ビデオ XRAM[40]
    (256 バイト スプライト attribute テーブル)
  • 32 バイト パレット RAM[41]

4 KB RAM

  • 4 KB メイン RAM
    (200 バイト ラインバッファ)
ビデオ 解像度 256×192[42] 256×240[43] 256×192、256×224、256×240 160×200 または 320×200
色数 21色 54色[34]:149 64色 256色(16 色相、16 輝度)
画面上の色 同時16色(スプライトあたり1色) 同時25色(スプライトあたり4色) 同時32色(スプライトあたり1色) 同時25色(スプライトあたり1、4、12色)
スプライト
  • 画面上32(走査線あたり4)
  • 8×8 or 8×16 ピクセル
  • 整数スプライトズーミング 最大16×32 ピクセルまで
  • 画面上64(走査線あたり8)[44]
  • 8×8 or 8×16 ピクセル[44]
  • スプライトフリッピング[45]:119
  • ディスプレイユニット
  • 100スプライト(背景無しで走査線あたり30)
背景 タイルマップのプレイフィールド、8×8 タイル タイルマップのプレイフィールド、8×8 タイル タイルマップのプレイフィールド、8×8 タイル、 タイルフリッピング[41]
スクロール 滑らかなハードウェアスクロール、縦/ 方向 滑らかなハードウェアスクロール、縦//斜め 方向[47]IRQ、ラインスクロール、スプリットスクリーンスクロール[46]
MMCチップ: IRQ、斜めスクロール、ラインスクロール、スプリットスクリーンスクロール
粗いスクロール、縦/横方向
音声 モノラル音声:[48] モノラル音声:[49]

日本のみの改善:

  • 選択式カートリッジチップ
  • 1ウェーブテーブルシンセサイザー(ファミコンディスクシステム)
モノラル音声:
  • 3方形波チャンネル
  • 1ノイズ発生器

日本のみ:

モノラル音声:[45]:121
  • 2方形波チャンネル

オプションカートリッジチップ:

  • 4方形波チャンネル
  • 1ノイズ発生器

その他のゲーム機

編集

売上比較

編集

ファミコン/NESは、北米とアジアでは第三世代機の中で圧倒的多数の台数を販売した。1989年の北米では、任天堂とセガの間で、ファミコンとマスターシステムの市場シェアは94%対6%で、任天堂が有利だった[50]。1992年の北米でのシェアは、任天堂が80%、次いでアタリが12%、セガが8%となっている[51]。これは、「スーパーマリオブラザーズ」、「メトロイド」、「ダックハント」、「ゼルダの伝説」などのファーストパーティタイトルが充実していたことと、任天堂の厳しいライセンス規定により、ファミコンのタイトルは発売後2年間の独占販売が義務づけられていたため、他のゲーム機へのサードパーティのサポートに支障をきたしていたことが背景にある[52]。一方、北米では、アタリはマスターシステムよりもやや健闘したものの、2位にとどまった。ヨーロッパでは、北米や日本市場での覇権を握っていたにもかかわらず、NESには厳しい競争があり、マスターシステムに抜かれてしまった[11][53]

ゲーム機 全世界販売数 日本 アメリカ その他
ファミリーコンピュータ 6,191万人(2009年12月)[54][55] 1,935万人(2009年12月)[54] 3,400万人(2009年12月)[54] 856万人(2009年12月)[54]
セガマスターシステム 1,780万人(2016年) 100万(1986年)[56] アメリカ合衆国:200万人(1992年)[57]
ブラジル:800万人(2016年)[58]
西ヨーロッパ:680万(1993年)[59]

ソフトウェア

編集

主なソフトウェア

編集

脚注

編集
  1. ^ a b Fahs. “IGN Presents the History of SEGA: Coming Home”. IGN. p. 2. March 14, 2012時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  2. ^ Mark J. P. Wolf, The video game explosion: a history from PONG to Playstation and beyond, ABC-CLIO, p. 115, ISBN 0-313-33868-X, https://books.google.com/books?id=XiM0ntMybNwC&pg=PA115 April 19, 2011閲覧。 
  3. ^ a b Daglow, Don L. (August 1988). “Over the River and Through the Woods: The Changing Role of Computer Game Designers”. Computer Gaming World (50): p. 18. "I'm sure you've noticed that I've made no reference to the Nintendo craze that has repeated the Atari and Mattel Phenomenon of 8 years ago. That's because for American game designers the Nintendo is a non-event: virtually all the work to date has been done in Japan. Only the future will tell if the design process ever crosses the Pacific as efficiently as the container ships and the letters of credit now do." 
  4. ^ a b Katz, Arnie; Kunkel, Bill; Worley, Joyce (August 1988). “Video Gaming World”. Computer Gaming World: p. 44 
  5. ^ “The Nintendo Threat?”. Computer Gaming World: p. 50. (June 1988) 
  6. ^ Ferrell, Keith (July 1989). “Just Kids' Play or Computer in Disguise?”. Compute!: p. 28. https://archive.org/stream/1989-07-compute-magazine/Compute_Issue_110_1989_Jul#page/n29/mode/2up 2020年7月26日閲覧。 
  7. ^ Keizer, Gregg (July 1989). “Editorial License”. Compute!: p. 4. https://archive.org/stream/1989-07-compute-magazine/Compute_Issue_110_1989_Jul#page/n5/mode/2up 2020年7月26日閲覧。 
  8. ^ Ferrell, Keith (December 1989). “Epyx Goes Diskless”. Compute!: p. 6. https://archive.org/stream/1989-12-compute-magazine/Compute_Issue_115_1989_Dec#page/n7/mode/2up 2020年7月26日閲覧。 
  9. ^ “Fusion, Transfusion or Confusion / Future Directions In Computer Entertainment”. Computer Gaming World: p. 26. (December 1990). http://www.cgwmuseum.org/galleries/index.php?year=1990&pub=2&id=77 2020年7月26日閲覧。 
  10. ^ Reeder, Sara (November 1992). “Why Edutainment Doesn't Make It In A Videogame World”. Computer Gaming World: pp. 130. http://www.cgwmuseum.org/galleries/index.php?year=1992&pub=2&id=100 2020年7月26日閲覧。 
  11. ^ a b Travis Fahs. “IGN Presents the History of SEGA: World War”. IGN. p. 3. 2020年7月26日閲覧。
  12. ^ Altice, Nathan (2015) (英語). I Am Error: The Nintendo Family Computer / Entertainment System Platform. MIT Press. pp. 115. ISBN 9780262028776. https://books.google.co.uk/books?id=GBXqCAAAQBAJ&pg=PA9&dq=famicom+%22censorship%22&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwi-4qeSrsvkAhUbhlwKHdeZBxYQ6AEILzAB#v=onepage&q=famicom%20%22censorship%22&f=false 
  13. ^ 初代「ファミコン」など公式修理サポート終了”. ITmedia News. ITmedia (2007年10月16日). 2020年7月25日閲覧。
  14. ^ RyanDG (October 16, 2007). “Nintendo of Japan dropping Hardware support for the Famicom”. Arcade Renaissance. 2011年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  15. ^ Pettus, Sam; Munoz, David; Williams, Kevin; Barroso, Ivan (2013-12-20) (英語). Service Games: The Rise and Fall of SEGA: Enhanced Edition. Smashwords Edition. pp. 12. ISBN 9781311080820. https://books.google.co.uk/books?id=DbFxAgAAQBAJ&pg=PA12&dq=sg-1000+july+15&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwilxYiynMvkAhV0ShUIHVxdBjAQ6AEINjAC#v=onepage&q=sg-1000%20july%2015&f=false 
  16. ^ Plunkett (January 19, 2017). “The Story of Sega's First Console, Which Was Not The Master System”. Kotaku. Gizmodo Media Group. March 6, 2017時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  17. ^ Wolf, Mark J. P. (2012) (英語). Encyclopedia of Video Games: A-L. ABC-CLIO. pp. 449. ISBN 9780313379369. https://books.google.co.uk/books?id=deBFx7QAwsQC&pg=PA449&dq=Famicom+July+15&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwjR26CMpsvkAhUlQkEAHeUDB2wQ6AEIMTAB#v=onepage&q=Famicom%20July%2015&f=false 
  18. ^ a b Mark III” (Japanese). Sega Corporation. July 16, 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  19. ^ Sanger, David E. (1984年5月22日). “Atari Video Game Unit Introduced” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/1984/05/22/business/atari-video-game-unit-introduced.html 2020年7月26日閲覧。 
  20. ^ Wardyga, Brian J. (2018-08-06) (英語). The Video Games Textbook: History • Business • Technology. CRC Press. ISBN 9781351172349. https://books.google.co.uk/books?id=IExnDwAAQBAJ 
  21. ^ Goldberg, Marty (2012). Atari, Inc. Carmel, NY: Syzygy Co.. ISBN 0985597402. https://archive.org/details/atariincbusiness0000gold 
  22. ^ AtariAge: Atari 7800 History, AtariAge.
  23. ^ SG-1000” (Japanese). Sega Corporation. July 16, 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  24. ^ Sendov, Blagovest; Stanchev, Ivan (2014-05-17) (英語). Children in the Information Age: Opportunities for Creativity, Innovation and New Activities. Elsevier. pp. 58. ISBN 9781483159027. https://books.google.co.uk/books?id=ISaoBQAAQBAJ 
  25. ^ Levin, Martin (November 20, 1985). “New components add some Zap to video games”. San Bernardino County Sun: p. A-4 
  26. ^ “Video Robots - The Nintendo Entertainment System, now at Macy's”. New York Times. (17 November 1985) 
  27. ^ ACE Magazine- Master System Advert. (November 1987). pp. 85. https://archive.org/details/ace-magazine-02 
  28. ^ Linneman (2019年7月27日). “Revisiting the Famicom Disk System: mass storage on console in 1986” (英語). Eurogamer. 2020年7月26日閲覧。
  29. ^ Best-Selling Video Games”. ギネス世界記録. 2006年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  30. ^ All Time Top 20 Best Selling Games” (May 21, 2003). February 21, 2006時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  31. ^ Pole Position II for Arcade (1983) - MobyGames” (German). 2020年7月26日閲覧。
  32. ^ -Sega Emulation Overview - another overview”. Retrocopy.com. April 23, 2010時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  33. ^ a b SG-1000 data” (Japanese). Sega.jp. 2020年7月26日閲覧。
  34. ^ a b c Loguidice, Bill; Barton, Matt (2014-02-24) (英語). Vintage Game Consoles: An Inside Look at Apple, Atari, Commodore, Nintendo, and the Greatest Gaming Platforms of All Time. CRC Press. ISBN 9781135006518. https://books.google.co.uk/books?id=wZnpAgAAQBAJ 
  35. ^ a b McAlpine, Kenneth B. (2018-11-15) (英語). Bits and Pieces: A History of Chiptunes. Oxford University Press. ISBN 9780190496098. https://books.google.co.uk/books?id=UlByDwAAQBAJ 
  36. ^ a b Altice, Nathan (May 2015) (英語). I Am Error: The Nintendo Family Computer / Entertainment System Platform. MIT Press. pp. 164. ISBN 9780262028776. https://books.google.co.uk/books?id=GBXqCAAAQBAJ 
  37. ^ Maxim, Charles MacDonald (2005年11月12日). “SN76489 sightings”. SMS Power!. 2020年7月25日閲覧。
  38. ^ Amos, Evan (2018-11-06) (英語). The Game Console: A Photographic History from Atari to Xbox. No Starch Press. pp. 68. ISBN 9781593277727. https://books.google.co.uk/books?id=ercrDwAAQBAJ 
  39. ^ NES Specifications”. Problemkaputt.de. 2020年7月26日閲覧。
  40. ^ RAM - Development - SMS Power!”. Smspower.org. 2020年7月26日閲覧。
  41. ^ a b Charles MacDonald. “Sega Master System VDP documentation”. Cgfm2.emuviews.com. March 18, 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  42. ^ “Famitsu August 8, 2013” (Japanese). Famitsu. (8 August 2013). 
  43. ^ Espineli (15 July 2019). “Evolution Of Nintendo's Consoles: Switch, Switch Lite, 3DS, Wii, SNES, And More” (英語). GameSpot. 2020年7月26日閲覧。
  44. ^ a b Hugg, Steven (2019-08-08) (英語). Making Games for the NES. Puzzling Plans LLC. pp. 31. ISBN 978-1-07-595272-2. https://books.google.co.uk/books?id=oxuvDwAAQBAJ 
  45. ^ a b Wardyga, Brian J. (2018-08-06) (英語). The Video Games Textbook: History • Business • Technology. CRC Press. ISBN 978-1-351-17234-9. https://books.google.co.uk/books?id=IExnDwAAQBAJ 
  46. ^ a b SEGA MASTER SYSTEM TECHNICAL INFORMATION”. Smspower.org. 2020年7月25日閲覧。
  47. ^ Master System” (Japanese). Sega. 2020年7月26日閲覧。
  48. ^ Altice, Nathan (May 2015) (英語). I Am Error: The Nintendo Family Computer / Entertainment System Platform. MIT Press. pp. 253. ISBN 978-0-262-02877-6. https://books.google.co.uk/books?id=GBXqCAAAQBAJ 
  49. ^ D'Argenio (15 January 2018). “Gaming Literacy: An introduction to NES sound and 8-bit sound illusions” (英語). Gamecrate. 2020年7月26日閲覧。
  50. ^ How Sonic Helped Sega to Win the Early 90s Console Wars” (英語). Kotaku UK (30 October 2014). 13 August 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  51. ^ COMPANY NEWS; Nintendo Suit by Atari Is Dismissed”. Nytimes.com (May 16, 1992). 2020年7月26日閲覧。
  52. ^ The 25 Dumbest Moments in Gaming”. GameSpy (13 June 2003). March 20, 2008時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  53. ^ Welsh (February 24, 2017). “A complete history of Nintendo console launches”. Eurogamer.net. 2020年7月26日閲覧。
  54. ^ a b c d 連結販売実績数量の推移” (PDF). 任天堂. 2020年7月26日閲覧。
  55. ^ NES”. Classic Systems. Nintendo. August 4, 2007時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月26日閲覧。
  56. ^ Nihon Kōgyō Shinbunsha (1986). “Amusement”. Business Japan (Nihon Kogyo Shimbun) 31 (7-12): 89. https://books.google.com/books?id=tJcSAQAAMAAJ&q=%22Sega+is+estimated+to+have+sold%22&dq=%22Sega+is+estimated+to+have+sold%22&hl=en&sa=X&ei=CM8eT7m8JonLsgbPpdnHDA&ved=0CDYQ6AEwAA 2020年7月26日閲覧。. 
  57. ^ Sheff, David (1993). Game Over (1st ed.). New York: Random House. p. 349. ISBN 0-679-40469-4. https://books.google.com/books?ei=4pUUT-7MIoeM8gPGnoDTAw&id=gxyXUi336egC&dq=sheff+1993+game+over&q=master+systems#search_anchor 2020年7月26日閲覧。 
  58. ^ Azevedo (2016年5月12日). “Console em produção há mais tempo, Master System já vendeu 8 mi no Brasil” (Portuguese). ウニヴェルソ・オンライン. 2020年7月26日閲覧。 “Comercializado no Brasil desde setembro de 1989, o saudoso Master System já vendeu mais de 8 milhões de unidades no país, segundo a Tectoy.”
  59. ^ “Sega Consoles: Active installed base estimates”. Screen Digest. Screen Digest. (March 1995). p. 60  (cf. here [1], here [2], and here [3])
  60. ^ Junior Sagster (June 2012). “Alex Kidd - O mascote "renegado" da Sega”. Neo Tokyo (Editora Escala) (77). ISSN 1809-1784. 
  61. ^ ラインナップ” (Japanese). Dragonball Game Portal. バンダイナムコエンターテインメント. 2020年7月26日閲覧。
  62. ^ Semrad, Steve (February 2, 2006). “The Greatest 200 Videogames of Their Time”. 1UP.com. オリジナルのJanuary 18, 2014時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20140118230906/http://www.1up.com/features/egm-200-greatest-videogames?pager.offset=8 2020年7月26日閲覧。 
  63. ^ Pettus, Sam; Munoz, David; Williams, Kevin; Barroso, Ivan (2013-12-20) (英語). Service Games: The Rise and Fall of SEGA: Enhanced Edition. Smashwords Edition. pp. 26. ISBN 9781311080820. https://books.google.co.uk/books?id=DbFxAgAAQBAJ 
  64. ^ Iwata (4 June 2009). “Iwata Asks: Wii Sports Resort”. Nintendo. p. 4. 2020年7月26日閲覧。 “As it's sold bundled with the Wii console outside Japan, I'm not quite sure if calling it "World Number One" is exactly the right way to describe it, but in any case it's surpassed the record set by Super Mario Bros., which was unbroken for over twenty years.”
  65. ^ Gilbert (15 August 2012). “Why Super Mario Bros 3 is one of the greatest games ever made” (英語). GamesRadar. 2020年7月26日閲覧。

関連項目

編集