フッ素(フッそ、弗素、: fluorine: fluorum: Fluor)は、原子番号9の元素である。元素記号F[1]原子量は18.9984。ハロゲンのひとつ。

酸素 フッ素 ネオン
-

F

Cl
外見
淡黄褐色(加圧しなければほとんど無色)

冷却した液体状態のフッ素
一般特性
名称, 記号, 番号 フッ素, F, 9
分類 ハロゲン
, 周期, ブロック 17, 2, p
原子量 18.998403163(6) 
電子配置 1s2 2s2 2p5
電子殻 2, 7(画像
物理特性
気体
密度 (0 °C, 101.325 kPa)
1.7 g/L
融点 53.53 K, −219.62 °C, −363.32 °F
沸点 85.03 K, −188.12 °C, −306.62 °F
臨界点 144.13 K, 5.172 MPa
融解熱 (F2) 0.510 kJ/mol
蒸発熱 (F2) 6.62 kJ/mol
熱容量 (25 °C) (F2)
31.304 J/(mol·K)
蒸気圧
圧力 (Pa) 1 10 100 1 k 10 k 100 k
温度 (K) 38 44 50 58 69 85
原子特性
酸化数 −1
(弱い酸性酸化物)
電気陰性度 3.98(ポーリングの値)
イオン化エネルギー 第1: 1681.0 kJ/mol
第2: 3374.2 kJ/mol
第3: 6050.4 kJ/mol
共有結合半径 57±3 pm
ファンデルワールス半径 147 pm
その他
結晶構造 立方晶系
磁性 反磁性
熱伝導率 (300 K) 27.7 m W/(m⋅K)
CAS登録番号 7782-41-4
主な同位体
詳細はフッ素の同位体を参照
同位体 NA 半減期 DM DE (MeV) DP
18F 天然には存在しない 109.77 min β+ (97%) 0.64 18O
ε (3%) 1.656 18O
19F 100% 中性子10個で安定
原子の手を含めたフッ素原子の3次元図
隣り合ったフッ素原子の距離を示した2次元図で、距離は143ピコメートルである

また、同元素の単体であるフッ素分子(F2、二弗素)も、一般的にフッ素と呼ばれる。

名称

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フランスのアンドレ=マリ・アンペールが「fluorine」と名付けた。この名前は蛍石(Fluorite)にちなんでいる[2]

アンペールはその後、「phthorine」に名前を改めた。ギリシア語の「破壊的な」という語に由来している。ギリシア語は、アンペールの新名称(Φθόριο)を採用した。

しかしながら、イギリスハンフリー・デーヴィーが「fluorine」を使い続けたため、多くの言語では「fluorine」に由来する名称が定着した。日本語の「弗素」も、宇田川榕菴が音訳した弗律阿里涅(フリュオリネ)が由来である[3]

歴史

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古くから製鉄などにおいて、フッ素の化合物である蛍石(CaF2)が融剤として用いられた[4]。たとえば、ドイツ鉱物学ゲオルク・アグリコラ1530年に著書『ベルマヌス(Bermannus, sive de re metallica dialogus)』において、蛍石を炎の中で加熱し、融解させると、融剤として適切であると記している[4]1670年には、ドイツのガラス加工業者のハインリッヒ・シュヴァンハルト(Heinrich Schwanhard)が蛍石の酸溶解物にガラスをエッチングする作用があることに気づいた。

蛍石に硫酸を加えると発生するフッ化水素1771年カール・シェーレが発見していた。

フランスのアンドレ=マリ・アンペールは、未知の元素が蛍石(Fluorite)に含まれる可能性から、未発見の新元素に「fluorine」と名付けた。彼は、フッ化水素塩化水素の組成がフッ素と塩素の違いだけであると主張した。

しかし、フッ化水素の研究は進まなかった。酸素を発見したアントワーヌ・ラヴォアジェも、単離には至らなかった。

1800年イタリアアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見にきわめて有効な武器をもたらした。デービーは1806年から電気化学の研究を始めると、カリウムナトリウムカルシウムストロンチウムマグネシウムバリウムホウ素を次々と単離した。しかし1813年の実験では、電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力をもってしてもフッ素は単離できなかった。単体のフッ素の酸化力の高さゆえである。実験器具自体が破壊されるばかりか、人体に有害なフッ素を分離・保管することもできない。

アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。ベルギーのPaulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応が起きた。しかし、偶然にもけがひとつなかったという。

1886年、ようやくアンリ・モアッサンが単離に成功する[2]白金イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を−50 °Cという低温下で進めたことが成功の鍵だった。当時は材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム(KHF2)の無水フッ化水素(HF)溶液を用いた。さらに、この分解は銅製の容器中で行われた。これは、モアッサンがフッ素やフッ化物フッ化銅と反応しないということを発見したためで、発生したフッ素の一部を銅と反応させることで、フッ化銅を発生させ、安定して保存できるようにした[5]。しかしモアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年ノーベル化学賞はモアッサンが獲得した[4]。翌年、モアッサンは急死しているが、フッ素単離と急死との関係は不明である。

以上のような単離への挑戦の歴史や、反応性の高さから単体のフッ素は自然界に存在しないと考えられてきたが、2012年に鉱物アントゾナイトにフッ素分子が含まれていることが確認された[6]

分布

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反応性が高いため、天然には蛍石氷晶石などとして存在し、基本的に単体では存在しない。

性質

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電気陰性度は4.0で全元素中でもっとも大きく[5]化合物中では常に−1の酸化数を取る。

単体は通常、二原子分子のF2として存在する。常温常圧では淡黄褐色で特有の臭い(塩素のようとも、きな臭いとも称される)を持つ気体。非常に強い酸化作用があり、猛毒。

分子量37.9968、融点−219 °C、沸点−188 °C[5]比重1.11(沸点時、空気を1とする)。反応性がきわめて高く、ヘリウムネオン以外のほとんどの単体元素を酸化して、化合物(フッ化物)を作る。

ガラスや白金さえも侵すため、その性質上、単体で保存することは実質的に不可能である。もっぱら単体よりも穏やかな化合物の状態で保存され、容器には化合物であっても侵されにくいポリエチレン製の瓶や、テフロンコーティングされた容器が用いられる。単体はフッ化水素(HF)を電解するか、フッ化水素カリウム(KHF2)を電解することで得られる。

フッ素は固体状態において、2個の結晶構造をとる。−227.55 °C以下では単斜晶系のα-フッ素が、−227.55〜−219.62 °Cの間では立方晶系のβ-フッ素が最も安定となる。

人体への影響

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必須微量元素のひとつであると主張する学術団体がある。欠乏と過剰になる量の範囲が狭い(歯のフッ素症#食事摂取基準を参照)。フッ素のサプリメントは、日本国外では製品化されているが、日本国内での製品化は難しいと主張されることもある。おもな摂取源は飲料水と動物の骨などである。

フッ素の過剰摂取は骨硬化症、脂質代謝障害、糖質代謝障害と関連がある(フッ素症を参照)。

フッ素の化学反応

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フッ素の単体は酸化力が強く、ほとんどすべての元素と反応する。

用途

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その性質上、フッ素を単体で使う場面は少なく、フッ化カルシウム(CaF2)と硫酸(H2SO4)から生成するフッ化水素(HF)を介して利用されることが多い。ウラン235235U)濃縮のため、揮発性の高い六フッ化ウラン(UF6)を製造する目的で単体フッ素が利用されることは、特筆すべき事柄である。

フッ素を添加した合成樹脂ゴムは、アルカリ性の薬品や摩耗などに対して耐久性が高まるため、半導体製造装置や自動車などの部品・部材に使われる[8][9]

フッ素の化合物は、一般にきわめて安定しており、長期間変質しないという特徴を持つ。この性質は環境中で分解されにくく、いつまでも残存するということを意味しており、その使用には注意が必要である。

フッ化物#利用も参照

エキシマレーザー

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エキシマレーザー発振媒体としてフッ素ガスと貴ガスの混合ガスが用いられる。たとえば半導体の露光に用いられるArFレーザーがその代表である。配管にはフッ素との反応で不動態を形成することにより、それ以上腐食が進行しにくいなどが用いられる。さらにガス漏洩時には迅速にバルブが遮断されるような安全装置も組み込まれている。

歯科

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の表面処理に有効であり、歯磨き粉や歯科治療に使われるほか、フッ素水道など水道水に混入する国や租借地がある。

屈折率の制御

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フッ素にはガラスの屈折率を低下させる働きがあるため、光ファイバーなど通信の分野において、その屈折率制御にフッ素が使われている。

ロケット

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単体のフッ素やClF5などの化合物はロケット燃料酸化剤として、1950–1970年ごろにかけアメリカ航空宇宙局(NASA)を含むいくつかの機関で検討されたことがある[10]。たとえばNASAでは、液体酸素の代わりに液体酸素-液体フッ素の混合物(フッ素を70 %含むFLOX-70や、同30 %含むFLOX-30など)をアトラスロケットのエンジンを用いて試験しており[11]ソビエト連邦でも同様の実験が行われていた[12]。これはフッ素を酸化剤として使用した場合の比推力が酸素を用いた場合を上回るためであったが、性能向上がわずかであったのに対し、フッ素の毒性腐食性に伴う危険性ゆえに取り扱い上の困難が非常に大きく、結局ロケット燃料としての利用に関しては断念されることとなった[13]

クリーニング

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半導体液晶の製造装置の反応管、ボート、石英ノズルなどに発生する副生成物を除去するためのクリーニングガスとしてフッ素ガスが使われている。

フッ素の化合物

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フッ素の化合物はフッ化物と呼ばれる。

金属のフッ化物

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非金属のフッ化物

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フッ素のオキソ酸

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フッ素のオキソ酸は慣用名をもつ。次にそれらを挙げる。

オキソ酸の名称 化学式
(酸化数)
オキソ酸塩の名称 備考
次亜フッ素酸
(hypofluorous acid)
HFO
(−I)
次亜フッ素酸塩
( - hypofluorite)
 
  • オキソ酸塩名称の「-」にはカチオン種の名称が入る。

存在しにくい(できない)化合物

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フッ素はヘリウムネオンとは結合しない。また、アルゴンラザホージウムはフッ素と反応しにくいことがわかっている。それ以降の元素については、あまりよくわかっていない。

その他

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同位体

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数多くの同位体がある中で、安定同位体は19Fのみである。

出典

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  1. ^ Storer, Frank Humphreys (1864). First outlines of a dictionary of solubilities of chemical substances. Cambridge. pp. 278–280 
  2. ^ a b フッ素 - イラスト周期表”. 愛知教育大学. 2022年6月14日閲覧。
  3. ^ ニュートン式超図解最強に面白い!!周期表
  4. ^ a b c 丹羽源男 (1995年9月). “フッ素 - 推測と発見、単離をめぐる人々” (PDF). 日本歯科医史学会. 2022年6月14日閲覧。
  5. ^ a b c d e 『元素を知る事典』海鳴社、2004年11月、79-80頁。ISBN 9784875252207 
  6. ^ 自然界に単体フッ素=鉱物で確認、定説覆す-独大学[リンク切れ] 時事ドットコム 2012年7月6日
  7. ^ https://www.youtube.com/watch?v=1p3bWWJsLxI&feature=related(英語)
  8. ^ 「ダイキン、独にフッ素樹脂開発拠点」『日本経済新聞』電子版(2018年8月9日)2018年9月19日閲覧。
  9. ^ 「ダイキン、フッ素化学拠点に100億円 IoT向け需要増」『日本経済新聞』朝刊2018年9月4日(2018年9月19日閲覧)。
  10. ^ 長倉三郎ら編、「フッ素」、『岩波理化学辞典』、第5版CD-ROM版、岩波書店、1999年
  11. ^ J. D. Clark, Ignition!: An informal history of liquid rocket propellants, Rutgers University Press, 1972.
  12. ^ F. J. Krieger, "The Russian Literature on Rocket Propellant", The Rand Corporation, 1960.
  13. ^ G. P. Sutton and "O. Biblarz, Rocket Propulsion Elements 8th Ed.", Wiley, 2011.
  14. ^ 岩井 伯隆. “フッ素と環境”. 2022年6月14日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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ハロゲン間化合物
フッ素 塩素 臭素 ヨウ素 アスタチン
フッ素 F2
塩素 ClF ClF3 ClF5 Cl2
臭素 BrF BrF3 BrF5 BrCl BrCl3 Br2
ヨウ素 IF IF3 IF5 IF7 ICl I2Cl6 IBr IBr3 I2
アスタチン AtCl  AtBr  AtI At2?