CAラヌース
クルブ・アトレティコ・ラヌース (スペイン語: Club Atlético Lanús) は、1915年1月3日にアルゼンチンの中東部、ブエノスアイレス州の都市ラヌースに設立された総合スポーツクラブである。愛称はEl Granate(ガーネット)。サッカー部門はリーガ・プロフェシオナル(1部)に所属しており、バスケットボール部門も強豪である。
CAラヌース | |||
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原語表記 | Club Atlético Lanús | ||
愛称 | Granate (臙脂色) | ||
クラブカラー | 臙脂 | ||
創設年 | 1915年 | ||
所属リーグ | アルゼンチンリーグ | ||
所属ディビジョン | プリメーラ・ディビシオン | ||
ホームタウン | ラヌース | ||
ホームスタジアム | エスタディオ・シウダ・デ・ラヌース | ||
収容人数 | 47,027 | ||
代表者 | ルイス・マリア・チェベル | ||
監督 | フランク・ダリオ・クデルカ | ||
公式サイト | 公式サイト | ||
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■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
歴史
編集1915年、創立。1931年にプリメーラ・ディビシオン(1部)に初参加した。1949年には物議を醸したCAウラカンとの壮烈な残留争いの末、クラブ史上初の2部リーグ落ちを喫した。1956年には初めてプリメーラ・ディビシオンで準優勝した。 1978年には約200万ドルの借金を抱え、史上最大の経営危機に陥るが、ソシオ(クラブ会員)の援助で借金を返済し、2部リーグに返り咲いた。ソシオの数はわずか2000人だった。1981年にはソシオの数が1万人を超えた。1990年には12年ぶりにプリメーラ・ディビシオンに復帰した。
1995年には国際カップ戦に初参加した。1996年にはコパCONMEBOLで優勝し、クラブ史上初の国際カップタイトルを勝ち取った。1996年のコパCONMEBOLでは準優勝した。クラウスーラ1998では2度目のプリメーラ・ディビシオン準優勝を果たし、クラウスーラ2006では3度目のプリメーラ・ディビシオン準優勝を果たした。2006年には9年ぶりに参加した国際カップ戦のコパ・スダメリカーナ決勝トーナメントでブラジルの名門SCコリンチャンス・パウリスタを破り、ベスト8まで勝ち進んだ。2007年12月、アペルトゥーラ2007-08でプリメーラ・ディビシオン初制覇を果たした。創立92年目での戴冠だった。
ユニフォーム
編集ユニフォームが臙脂色に決まった経緯は、1928年にクラブの会長が、ある1人のディレクターをアルゼンチンの他のクラブにはないオリジナルなユニフォームを見つけるためにヨーロッパへ派遣させたことがきっかけである。そして、そのディレクターは臙脂色のユニフォームを持って帰ってきた。このユニフォームをクラブの幹部たちはとても気に入って、それからチーム・カラーが臙脂色になった[1]。
ライバル
編集ラヌースの最大のライバルはCAバンフィエルドである。この対戦はクラシコ・デル・スール(南のダービー)と呼ばれている。
タイトル
編集国内タイトル
編集- プリメーラ・ディビシオン : 2回
- 2007アペルトゥーラ, 2016
- コパ・デル・ビセンテナリオ : 1回
- 2016
- スーペルコパ・アルヘンティーナ: 1回
- 2016
国際タイトル
編集- コパCONMEBOL : 1回
- 1996
- コパ・スダメリカーナ : 1回
- 2013
過去の成績
編集年度 | 順位 |
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2006 アペルトゥーラ | 6位 |
2007 クラウスーラ | 6位 |
2007 アペルトゥーラ | 1位 |
2008 クラウスーラ | 16位 |
2008 アペルトゥーラ | 4位 |
2009 クラウスーラ | 3位 |
2009 アペルトゥーラ | 9位 |
2010 クラウスーラ | 7位 |
2010 アペルトゥーラ | 7位 |
2011 クラウスーラ | 2位 |
2011 アペルトゥーラ | 6位 |
2012 クラウスーラ | 10位 |
2012 イニシアル | 4位 |
2013 フィナール | 3位 |
2013 イニシアル | 2位 |
2014 フィナール | 9位 |
2014 トランシシオン | 3位 |
2015 カンペオナート | 13位 |
2016 カンペオナート | 1位 |
2016-17 カンペオナート | 8位 |
2017-18 スーペルリーガ | 21位 |
2018-19 スーペルリーガ | 11位 |
現所属メンバー
編集- 2020年10月14日現在[2]
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
編集- マヌエル・フレイタス・ソリチ (1932), (1937), (1946)
- マリオ・フォルトゥナート (1950)
- ノルベルト・ラッフォ (1975), (1979–80)
- ミゲル・アンヘル・ルッソ (1989-1993)
- パトリシオ・エルナンデス (1994)
- エクトル・クーペル (1995-1997)
- オスカル・ガーレ (1997)
- マリオ・ゴメス (1997-1999)
- マリオ・サナブリア (1999)
- ミゲル・アンヘル・ルッソ (1999-2000)
- エクトル・ベイラ (2000-2001)
- カルロス・アイマール (2001-2002)
- オスバルド・ソサ (2002-2003)
- ミゲル・アンヘル・ブリンディシ (2003-2004)
- カルロス・ラマシオッティ (2004)
- ネストル・ゴロシート (2004-2005)
- ラモン・カブレロ (2005-2008)
- ルイス・スベルディア (2008-2010)
- ガブリエル・シュレール (2011-2012)
- ギジェルモ・バロス・スケロット (2012-2015)
- ホルヘ・アルミロン (2016-2017)
- エセキエル・アレホ・カルボーニ (2017-2018)
- ルイス・スベルディア (2018-2021)
- ホルヘ・アルミロン (2022)
- フランク・ダリオ・クデルカ (2022-)
歴代所属選手
編集- アルフレッド・ロハス 1958-1960
- オスワルド・ピアッサ 1967-1972
- カルロス・パチャメ 1977
- ガブリエル・カルデロン 1978-1979
- レオナルド・ロドリゲス 1983-1988, 2002
- ガブリエル・シュレール 1988-1996
- エクトル・エンリケ 1991-1993
- ネストール・ファブリ 1992-1994
- カルロス・ロア 1994-1997
- アリエル・イバガサ 1994-1998
- ウーゴ・モラレス 1995-1999
- エセキエル・カルボーニ 1998-2005
- デニス・カニサ 1999-2001
- ブストス・モントージャ 2002-2003
- ディエゴ・バレリ 2003-2013
- ロドリゴ・アルチュビ 2003-2007
- セバスティアン・レト 2005-2007
- ラウタロ・アコスタ 2006-2008
- ホセ・サンド 2007-2009
- ジャジソン 2007-2010
- エミル・ファッシオーリ 2007-2010
- エドゥアルド・サルビオ 2008-2010
- ササ・サルセード 2009-2012
- マウロ・カモラネージ 2011-2012
- イバン・マルコーネ 2016-2018
- ヘルマン・デニス 2017-2018
脚注
編集- ^ https://archive.is/VKzE
- ^ “Lanús squad”. Soccerway. (15 August 2017) 15 August 2017閲覧。