米山 文子(よねやま ふみこ、1902年4月25日1998年1月2日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。

来歴

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東京市麹町区出身[1]1922年、東京府女子師範学校(現・東京学芸大学)卒。東京市内の小学校の教諭を務め、のち、米山八弥と結婚する。東京都内の国民学校に勤務中の1944年山形県赤湯温泉に疎開、家族もそこに疎開した。翌1945年に敗戦直前に退職、夫が結成した政治団体「中道会」に参加し、婦人部長となった。翌1946年第22回衆議院議員総選挙に立候補して当選。次の年の第23回衆議院議員総選挙では民主党から立候補したが落選した。1998年死去。

脚注

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  1. ^ 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』714頁には「長野県出身」と記載。

参考文献

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