福岡県立大牟田北高等学校

福岡県大牟田市にある高等学校

福岡県立大牟田北高等学校(ふくおかけんりつおおむたきたこうとうがっこう)は、福岡県大牟田市大字吉野にある、男女共学公立高等学校

福岡県立大牟田北高等学校
地図北緯33度4分35秒 東経130度28分18秒 / 北緯33.07639度 東経130.47167度 / 33.07639; 130.47167座標: 北緯33度4分35秒 東経130度28分18秒 / 北緯33.07639度 東経130.47167度 / 33.07639; 130.47167
過去の名称 福岡県三池郡立実科高等女学校
三池郡立三池高等女学校
大牟田市立高等女学校
福岡県立大牟田高等女学校
福岡県大牟田高等女学校
福岡県立大牟田女子高等学校
福岡県立大牟田北高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 福岡県の旗 福岡県
学区 福岡県第11・12学区
校訓 誠実・勤勉・協同
設立年月日 1913年大正2年)
創立記念日 4月7日
共学・別学 男女共学
課程 定時制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科
学校コード D140220200032 ウィキデータを編集
高校コード 40163D
所在地 837-0904
福岡県大牟田市大字吉野555番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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福岡県立大牟田北高等学校の位置(福岡県内)
福岡県立大牟田北高等学校

概要

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歴史
1913年大正2年)創立の「福岡県三池郡立実科高等女学校」を前身とする。1948年昭和23年)の学制改革により、新制高等学校となった。現校名になったのは1949年(昭和24年)。長く全日制課程普通科を有していたが、2021年令和3年)4月入学生より、フレックス3部制(午前・午後・夜間)定時制課程普通科・単位制を導入した。2023年令和5年)に創立110周年を迎えた。
設置課程・学科
定時制課程 普通科 単位制
校訓
「誠実・勤勉・協同」
校章
クヌギの3枚の葉と八稜鏡(八咫鏡)を組み合わせたものを背景にして、中央に「髙」の文字を配している。
校歌
作詞は古賀倉次、作曲は塚本敏子による。歌詞は3番まであり、歌詞中に校名は登場しない。
制服
制服は男子は黒の学生服、女子はセーラー服であったが、2013年度から男女とも紺のブレザーに変更された[1]
同窓会
「藤蔭会」と称している。

沿革

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高等女学校時代
  • 1912年(大正元年)11月 - 福岡県三池郡立実科高等女学校の設立が認可される。
  • 1913年(大正2年)4月25日 - 「福岡県三池郡立実科高等女学校」(4年制)として開校。103名が入学。
  • 1915年(大正4年)11月 - 大正天皇御大典を記念しての木を植樹。同窓会の名称の由来となっている。
  • 1916年(大正5年)4月1日 - 「三池郡立三池高等女学校」に改称。
  • 1917年(大正6年)
    • 3月 - 第1回卒業式を挙行。92名が卒業。
    • 4月 - 「大牟田市立高等女学校」に改称。
  • 1918年(大正7年)4月1日 - 県立移管により、「福岡県立大牟田高等女学校」に改称。
  • 1919年(大正8年)4月 - 校訓「誠実・勤勉力行・協同一致」を制定。
  • 1922年(大正11年)
    • 3月 - 講堂が完成。
    • 4月 - 制服に洋服を採用。
  • 1925年(大正14年)4月1日 - 「福岡県大牟田高等女学校」に改称。
  • 1928年(昭和3年)10月 - 創立15周年を記念して校歌を制定。
  • 1936年(昭和11年)6月 - 校訓「自彊・方正・優雅」を制定。
  • 1940年(昭和15年)12月 - 校旗を制定。
  • 1945年(昭和20年)7月 - 焼夷弾攻撃により校舎が全焼。分散授業を余儀なくされる。
  • 1946年(昭和21年)4月 - 5年制[2]となる(4年で卒業することもできた)。
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月 - 仮校舎が完成し、全生徒を収容し、授業を開始。
      • 高等女学校としての募集を停止(1年生不在)
      • 学制改革の経過措置により、新制中学校を併置(以下・併置中学校)し、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
      • 高等女学校3・4年生修了者は高等女学校に在籍し、4・5年生となる。
    • 5月 - 三井鉱山会社との間に、旧校地と甘木山新校地との交換および整地交換が成立。
  • 1948年(昭和23年)3月31日 - 高等女学校が廃止される。
新制高等学校
  • 1948年(昭和23年)
    • 4月1日 - 学制改革により、新制高等学校「福岡県立大牟田女子高等学校」と改称。
      • 併置中学校を継承し、1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
      • 併置中学校を卒業した生徒(3年修了者)と新入生で、高校1年を編成。
      • 高等女学校4・5年修了者の希望者から、高校2年・高校3年を編成。
    • 6月 - 定時制課程の設置が認可される。
    • 8月1日 - 定時制課程を設置。
    • 9月30日 - 甘木山校舎(第1棟)が完成。
    • 10月 - 附設臨時教員養成所を設置。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併置中学校を廃止。これにより旧制中等教育学校5年制から新制高等学校3年制へ完全移行。
    • 4月1日 - 全日制課程普通科、男女共学の3年制高等学校として認可される。学区制に移行。
    • 8月31日 - 「福岡県立大牟田北高等学校」(現校名)と改称。
  • 1950年(昭和25年)
    • 3月 - 定時制課程および臨時教員養成所を廃止。
    • 10月 - 校旗・校章・胸章・帽章を制定。
  • 1952年(昭和27年)11月 - 新校歌を制定。
  • 1959年(昭和34年)2月 - 甘木校舎に藤を移植。
  • 1960年(昭和35年)8月 - プールが完成。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 本館(管理棟)が完成。
  • 1965年(昭和40年)11月 - 生徒集会所(食堂)が完成。
  • 1967年(昭和42年)3月 - 体育館・部室が完成。
  • 1969年(昭和44年)3月 - 芸術・家庭科棟が完成。
  • 1971年(昭和46年)
    • 3月 - 社会科棟が完成。
    • 11月 - 福岡県立高等学校通学区域の改訂により、通学区域を変更。
  • 1973年(昭和48年)
    • 4月 - 弓道場が完成。
    • 8月 - 理科棟・進路指導室が完成。
  • 1975年(昭和50年)2月 - 記念庭園「湊心台」が完成。藤棚を造成。
  • 1978年(昭和53年)12月 - 柔剣道場が完成。
  • 1980年(昭和55年)6月 - 図書館が完成。
  • 1981年(昭和56年)3月 - 講義室が完成。
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月 - 校訓「誠実・勤勉・協同」を制定。テニスコート横に部室が完成。
    • 10月 - 校訓碑が完成。
  • 1990年(平成2年)4月1日 - 普通科英語コースを設置。
  • 1992年(平成4年)4月 - エンブレムを制定。校樹・校花に「藤」を制定。
  • 1993年(平成5年)3月 - 弓道場を改築。通学道路を拡幅。
  • 1994年(平成6年)4月 - ブロンズ像「燦燦」が食堂横に完成、
  • 1996年(平成8年)4月 - セミナーハウス「陽翔館」が完成。
  • 1998年(平成10年)4月1日 - 普通科英語コースを改編の上、国際教養コースを設置。
  • 2000年(平成12年)3月 - 体育館前の造園が完了。
  • 2004年(平成16年)3月 - 体育館の大規模改造工事が完了。
  • 2012年(平成24年)11月 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 2013年(平成25年)4月 - 新制服を導入。
  • 2014年(平成26年)4月 - 校是「目指せ 自己ベスト! ~人は自分が思う以上に、輝けると思う。~」を制定。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月 - 甘木山校舎(旧校舎)の閉校舎式を挙行。
    • 4月 - 吉野校舎(現校舎、旧・大牟田商業高等学校跡地)に移転の上、開校舎式を挙行。絵画「甘木山から雲仙を臨む」が寄贈される。
  • 2017年(平成29年)7月 - 押花「甘木の思い出」が寄贈される。
  • 2018年(平成30年)7月 - 太陽光発電パネルを設置。
  • 2021年(令和3年)3月 - 全日制課程の募集を停止し、フレックス3部制(午前・午後・夜間)単位制定時制に改編[3]
  • 2023年(令和5年)3月31日 - 全日制課程を廃止。フレックス3部制(定時制)に完全移行。

著名な卒業生

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交通アクセス

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最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの幹線道路

周辺

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関連項目

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脚注

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  1. ^ 制服一新 創立100周年の大牟田北高
  2. ^ 現行の制度で中学1年から高校2年までの5年間に相当。
  3. ^ 特設サイト”. 大牟田北高校. 2020年12月24日閲覧。

外部リンク

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