垂秀夫
埀 秀夫(たるみ ひでお、1961年〈昭和36年〉5月23日 - )は、日本の外務官僚、外交官。
埀 秀夫 たるみ ひでお | |
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在中国日本国大使館より公表された肖像 | |
生年月日 | 1961年5月23日(63歳) |
出生地 | 日本 大阪府 |
出身校 | 京都大学法学部卒業 |
称号 | 法学士(京都大学) |
公式サイト | 垂秀夫オフィシャルウェブサイト |
第16代 在中華人民共和国大使 | |
在任期間 | 2020年9月16日 - 2023年12月19日 |
在香港日本国総領事館領事、日本台湾交流協会台北事務所総務部長、在中華人民共和国日本国大使館公使、外務省領事局長、外務省大臣官房長、在中華人民共和国日本国特命全権大使(第16代)等を歴任した。
人物
編集外務省では、中国語研修を受けたいわゆるチャイナ・スクールである。中国共産党内に独自の人脈を築いていると評される[1]一方、チャイナ・スクールにしては異例の対中強硬派と見られている[2]。外交官としての海外勤務は中国、香港、台湾の中華圏だけであることは、キャリア組としては極めて異例。とりわけ、2度にわたる台湾(日本台湾交流協会台北事務所)勤務は日台断交後初めてのケース。
2006年の第一次安倍政権発足時に、谷内正太郎事務次官の下、日中戦略的互恵関係の新構想の構築に深く関わったと言われている[3]。2008年、中国モンゴル課長に就任する直前、人民日報傘下の環球時報は埀をスパイと名指しするなど異例の経歴を踏んでいる[4][5]。2010年9月、菅直人内閣時の尖閣諸島中国漁船衝突事件の際には、怒鳴りまくる菅首相に対し、当時中国モンゴル課長だった埀は、これは民主党政権の対中弱腰外交が招いた事態だと直言した[6]。また、在中国日本大使館で政務公使を務めていた2013年9月に忽然と姿を消してしまい、東京の本省に舞い戻ったが、これは、中国側よりスパイ活動を警戒され、外務省が急いで本国に戻したが故の失踪劇だったと指摘されている[4][5]。
風景写真撮影が趣味で、「写真の日」記念写真展2015・環境大臣賞[7]など、多数の受賞作品がある。2018年には台湾台北市の総統府で個展を開き、当時副総統だった陳建仁が鑑賞に訪れた[8]。京都大学在学中は体育会ラグビー部、高坂正堯ゼミに所属した。
初の書籍『「言の葉」にのせたメッセージ』と初の写真カレンダー『悠久の時空 Memories in China――垂秀夫写真作品カレンダー2025――』、日本僑報社から発売。
経歴
編集大阪府生まれ[9]。大阪府立天王寺高等学校[10]京都大学法学部卒業後、1985年外務省に入省。1986年に南京大学に留学し、1988年にカリフォルニア大学サンディエゴ校留学[11]。
六四天安門事件が発生した1989年に中国へ渡り、北京の在中華人共和国大使館にて二等書記官を務めた後、1990年に文化交流部文化第二課、1992年に経済協力局政策課、1994年に経済協力局調査計画課首席事務官を歴任し、1995年に再び在中国日本大使館勤務となり、一等書記官(経済部)、1997年に一等書記官(政治部)を務めた。
1999年には香港に渡り在香港総領事館領事(政務部長)、次いで2001年には台湾の日本台湾交流協会台北事務所に総務部長として出向。
2003年にアジア大洋州局北東アジア課企画官兼日韓経済調整室長[11]、2004年に国際情報統括官付国際情報官(第三国際情報官室担当)、2007年2月にアジア大洋州局南部アジア部南東アジア第一課長、2008年8月にアジア大洋州局中国・モンゴル課長を歴任した。2011年年9月に再び在中華人民共和国大使館へと戻り、公使(政務公使)を務める。
2013年11月より外務省大臣官房、2013年12月に外務省大臣官房総務課長、2015年10月に外務省大臣官房審議官兼アジア大洋州局・アジア大洋州局南部アジア部、2016年8月に再び日本台湾交流協会台北事務所に出向し[9]、2018年7月20日に外務省領事局長[12]、2019年7月2日に外務省大臣官房長に就任[13]。
2020年7月15日、新たな駐中華人民共和国特命全権大使に起用される方向であると報じられ[14]、中国側よりアグレマンが出るかどうか危ぶまれたが、同年9月16日付で発令された[15][16]。同年11月26日に北京へ到着し、翌12月9日まで新型コロナウイルス対策のため隔離[17]。
在中国大使として
編集2020年12月11日、北京の日本国大使館で記者会見を開いた。この記者会見で埀大使は、日中関係について「主張すべき点はしっかりと主張し、協力できることは積極的に協力することが重要で、是々非々で建設的な関係を築いていきたい」と強調した上で、沖縄県石垣市に属する尖閣諸島を標的とした中国の領海侵犯について「国際法的にも歴史的にも日本の主権であり、今後しっかりと中国側に働きかけていくことに尽きる」と述べ、中国に媚び諂わず尖閣諸島が日本固有の領土であることを公の場で明言した[17][19]。
2021年3月16日、訪日していたアントニー・ブリンケン米国務長官とロイド・オースティン米国防長官が東京で開催された日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)に出席し、茂木敏充外務大臣および岸信夫防衛大臣と四者で安全保障に関して協議した後、東シナ海や南シナ海などで既存の国際秩序と合致しない現状変更を試みる一方的な行動を繰り返す中国を名指しで批判する共同発表を発出した[20][21]。同月18日、天津市で埀大使と会談した同市トップを務める李鴻忠共産党政治局委員は、会談の席上で、日本が2日前に日米「2+2」で中国の行動に懸念を示したことについて遺憾の意を表明して中国の「主権や核心的利益を守る決意」を強調したが、この発言を受けて埀大使は憚ることなく中国による一方的な現状変更の試みを批判した上で、「先ほどの李書記の発言は全く受け入れられない」と断言した[22]。
2021年12月1日、安倍晋三元首相が、台湾のシンクタンク主催のオンライン講演で、「『台湾有事』は『日米同盟の有事』だ」などと発言したことに、中国外務省は「極めて誤った発言だ」として、同日夜、埀秀夫大使を呼んで抗議した。これに対し、埀大使は(1)政府を離れた人の発言について政府として説明する立場にない、(2)日本国内にはこうした考え方があることを理解する必要がある、(3)中国側の一方的な主張は受け入れられない、と反論した[23]。
2022年9月29日、日中国交正常化50周年の記念イベントが、東京と北京で行われたが、北京の会場(釣魚台国賓館)で、埀大使は異例とも言える[24]スピーチを行なった。「(日中間で)相互理解が十分に進まず、ましてや相互信頼は全く醸成されていません。この点では、国交正常化以降、最も厳しい状況にある」などと率直に述べた内容は、東京会場で「日中友好人士」たちが口々に述べていた美辞麗句とは、まるでかけ離れていた。日本大使が日中国交正常化50周年を記念する公的な場でこうした発言したことの意味は大きく、また、埀大使は「孔子」や「周恩来」という中国側が否定できない「オブラート」に包みつつ、中国側指導部に種々の注文を付けた[25]。
2023年5月21日、中国の孫衛東外務次官が埀駐中国大使を呼び出し、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が中国に関する問題を取り上げたことに対し、「日本はG7議長国として関係国とグルになって中国を中傷、攻撃し、中国の内政に粗暴に干渉した」と批判したが[26]、埀は「中国が行動を改めない限り、これまで同様にG7として共通の懸念事項に言及するのは当然のことであり、将来も変わらないだろう」と反論した[26]。
2023年8月22日、日本政府が東京電力・福島第一原発の処理水を24日に海洋放出する方針を決めたことを受け、中国外務省孫衛東次官は埀大使を呼び「中国を含む周辺国や国際社会に核汚染のリスクを転嫁する行為だ」と主張し、日本の決定を「私利私欲に走り、極めて無責任だ」などと非難した。これに対し、埀大使は「日本が海洋放出するのは『汚染水』ではなく『ALPS処理水』であり、中国側はこの用語を使うべきである」と求めつつ、中国のみが「流れに逆行している」と指摘し、「科学的根拠に基づかない措置は受け入れられない」と反論した[27]。
2023年11月28日、垂大使は、3月に反スパイ法違反の疑いで中国当局に拘束され、10月に正式に逮捕されたアステラス製薬の日本人男性社員と面会した。駐中国日本大使が拘束された邦人と領事面会したのは初めて。これについて、垂大使は、離任記者会見で「私が帰国することになり、このまま何もなしに本当に帰っていいのか。それは人の道ではないと。直接会って帰国するという報告と、私の任期中に結果的には助けることができなかったことについてのお詫びを伝える必要があると感じた。 」と述べた。[28]
2023年12月19日、依願免職により在中国大使としての任期を満了[29]。
2024年5月9日、退任間近の台湾・蔡英文総統は、台湾総統府において日本と台湾の関係促進に貢献したとして垂秀夫前中国大使に「大綬景星勳章」を授与した[30]。これに対し、中国外務省報道官は10日の記者会見で、叙勲の授与について「日本にこびて台湾を売り渡している」と述べ不快感を示すと共に、垂氏が退官後に中国に関して「無責任な発言を繰り返している」と批判した[31]。
同期
編集- 相木俊宏(21年タジキスタン大使)
- 磯俣秋男(24年スリランカ大使・21年アラブ首長国連邦大使)
- 市川とみ子(23年軍縮会議代表部大使)
- 伊藤恭子(23年チリ大使・20年エチオピア大使)
- 稲垣久生(23年トンガ大使)
- 大菅岳史(22年チュニジア大使・19年国連次席大使・18年外務報道官・17年アフリカ部長)
- 大森摂生(22年ボツワナ大使)
- 島田順二(21年メルボルン総領事)
- 清水信介(22年特命全権大使(アフリカ開発会議(TICAD)担当兼アフリカの角地域関連担当、国連安保理改革担当、安保理非常任理事国選挙担当)・18年チュニジア大使)
- 鈴木秀生(24年特命全権大使(広報外交担当兼国際保健担当、メコン協力担当)・20年チェコ大使・19年国際協力局長・17年地球規模課題審議官)
- 鈴木浩(22年インド大使・20年外務審議官・12年内閣総理大臣秘書官)
- 鈴木亮太郎(21年アイスランド大使)
- 滝崎成樹(20年内閣官房副長官補・19年アジア大洋州局長)
- 竹内一之(22年ザンビア大使)
- 中前隆博(22年スペイン大使・19年アルゼンチン大使・17年中南米局長)
- 橋本尚文(22年特命全権大使(人権担当兼国際平和貢献担当)・20沖縄大使・18年イラク大使)
- 福島秀夫(21年パナマ大使・18年ヒューストン総領事)
- 前田徹(21年ブルネイ大使)
- 水嶋光一(21年イスラエル大使・19年領事局長)
- 水越英明(24年スウェーデン大使・21年スリランカ大使・20年国際情報統括官)
- 武藤顕(23年ロシア大使・22年外務省研修所長)
- 森美樹夫(23年ニューヨーク総領事・21年領事局長)
- 山元毅(23年ペルー大使・19年グアテマラ大使・17年東京都外務長)
- 宮川学(22年沖縄大使・19年デンマーク大使)
脚注
編集- ^ “中国大使に垂氏起用で政府調整 「チャイナスクール」出身:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2020年7月15日閲覧。
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2020年7月15日). “中国大使に垂氏を起用へ 政府方針”. 産経ニュース. 2020年7月15日閲覧。
- ^ 馬立誠 (2013-01-22) (中国語). 仇恨沒有未來--中日關係新思維. 香港中和出版有限公司. ISBN 978-988-8200-16-0
- ^ a b “次期中国大使に垂氏抜擢報道 リークの目的は「対中挑発」|日刊ゲンダイDIGITAL”. 日刊ゲンダイDIGITAL. 2020年8月1日閲覧。
- ^ a b “日本の次期駐中国大使内定報道に北京がザワつく理由”. JBPRESS. 日本ビジネスプレス. (2020年7月17日) 2024年1月4日閲覧。
- ^ “産経抄”. 産経新聞. (2021年12月4日)
- ^ “東京写真月間2015:「写真の日」記念写真展2015”. www.psj.or.jp. 2020年7月31日閲覧。
- ^ “陳建仁 Chen Chien-Jen” (繁体字中国語). www.facebook.com. 2020年7月31日閲覧。
- ^ a b "垂秀夫 外務省領事局長の略歴書" (PDF). 2020年7月4日閲覧。
- ^ “大阪府立天王寺高等学校120周年記念式典”. 2022年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月31日閲覧。
- ^ a b "垂 秀夫". 経済産業研究所. 2020年7月22日閲覧。
- ^ "外務省経済局長に山上氏". 日本経済新聞. 2020年7月22日閲覧。
- ^ "官房長に垂秀夫氏 外務省". 日本経済新聞. 2020年7月22日閲覧。
- ^ 日本放送協会. “中国大使に外務省 垂秀夫官房長を起用で調整へ”. NHKニュース. 2020年7月31日閲覧。
- ^ 垂秀夫大使 着任挨拶 | 在中国日本国大使館
- ^ “垂中国大使を閣議決定 ドイツは柳氏(写真=共同)”. 日本経済新聞 電子版. 2020年9月19日閲覧。
- ^ a b 対中関係は「是々非々」 垂駐中国大使が着任会見: 時事ドットコム
- ^ “台湾の蔡英文総統が垂前駐中国大使に勲章授与 「日台関係に卓越した貢献」”. 産経新聞. (2024年5月9日) 2024年5月11日閲覧。
- ^ 新中国大使 垂秀夫氏「是々非々で建設的な関係を」 | NHKニュース
- ^ 日米安全保障協議委員会(日米「2+2」) (概要)| 外務省
- ^ Joint Statement of the U.S.–Japan Security Consultative Committee (2+2) on March 16, 2021
- ^ “中国が日本大使に「遺憾」表明 日米2+2めぐり”. テレ朝ニュース (2021年3月18日). 2024年1月4日閲覧。
- ^ “垂大使による華春瑩・外交部部長助理からの申入れに対する反論”. Ministry of Foreign Affairs of Japan. 2021年12月13日閲覧。
- ^ “NHK国際ニュースナビ”. NHK. 2023年12月9日閲覧。
- ^ “日中国交正常化50周年・駐中国日本大使の言葉に込められた「真の意図」 「菅弔辞」に匹敵する名スピーチだった”. 2022年10月4日閲覧。
- ^ a b 中国、日本大使を呼び出し抗議、G7の核増強懸念にも反発産経新聞
- ^ “ALPS処理水に関する日中外交当局間のやり取り(2023年8月22日)”. 在中国日本国大使館. 2023年9月29日閲覧。
- ^ “NHK国際ニュースナビ”. NHK. 2023年12月9日閲覧。
- ^ 令和五年十二月十九日付人事異動 | 外務省
- ^ “蔡英文総統、日本の前中国大使の垂秀夫氏に「大綬景星勳章」”. 台北駐日経済文化代表処. 2024年5月26日閲覧。
- ^ “中国、台湾による垂秀夫前駐中国大使への勲章に不快感”. 産経新聞社. 2024年5月26日閲覧。