和名類聚抄
『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)は、平安時代中期に作られた辞書である。承平年間(931年 - 938年)、勤子内親王の求めに応じて源順(みなもとのしたごう)が編纂した。略称は和名抄(わみょうしょう)。
和名類聚抄 | ||
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著者 | 源順 | |
発行日 | 平安時代中期 | |
ジャンル | 辞書 | |
国 | 日本 | |
言語 | 日本語 | |
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概要
編集名詞をまず漢語で類聚し、意味により分類して項目立て、万葉仮名で日本語に対応する名詞の読み(和名・倭名)をつけた上で、漢籍(字書・韻書・博物書)を出典として多数引用しながら説明を加える体裁を取る[1]。今日の国語辞典のほか、漢和辞典や百科事典の要素を多分に含んでいるのが特徴[2]。
漢の分類辞典『爾雅』の影響を受けている。当時から漢語の和訓を知るために重宝され、江戸時代の国学発生以降、平安時代以前の語彙・語音を知る資料として、また社会・風俗・制度などを知る史料として日本文学・日本語学・日本史の世界で重要視されている書物である[1]。『兼名苑』など佚書の引用も多く含んでいる[3]。
書誌
編集和名類聚抄は「倭名類聚鈔」「倭名類聚抄」とも書かれ、その表記は写本によって一定していない。一般的に「和名抄」「倭名鈔」「倭名抄」と略称される[1][2]。
巻数は十巻または二十巻で、その内容に大きく異同があるため「十巻本」「二十巻本」として区別され、それぞれの系統の写本が存在する。国語学者の亀田次郎は「二十巻本は後人が増補したもの」としている[4]。
なお二十巻本は古代律令制における行政区画である国・郡・郷の名称を網羅しており、この点でも基本史料となっている。
[例] 大和国葛下郡神戸郷・山直郷・高額郷・加美郷・蓼田郷・品治(保無智)郷・當麻(多以末)郷
ただし、郷名に関しては誤記がないわけではなく、後世の研究によって誤記が判明した事例もある[注 1]。
構成
編集本書の構成は大分類である「部」と小分類の「門」より成っており、その構成は十巻本・二十巻本によってそれぞれ異なる。
十巻本
編集24部128門より成り、各部は次の順に配列されている。
- 天地部=天文・気象・神霊・水・土石
- 人倫部=人間・家族
- 形體部=体の各部
- 疾病部=病気
- 術藝部=武芸・武具
- 居處部=住居・道路
- 舟車部=船・車
- 珍寳部=金銀・玉石
- 布帛部=布
- 装束部=衣類
- 飮食部=食物
- 器皿部=器・皿
- 燈火部=燈火
- 調度部=日用品
- 羽族部=鳥
- 毛群部=獣一般
- 牛馬部=牛・馬
- 龍魚部=竜族、および魚類[注 2]
- 龜貝部=亀類・海棲動物
- 蟲豸部=虫類
- 稻穀部=稲・穀物
- 菜蔬部=野菜
- 果蓏部[注 3]=果物
- 草木部=草木
二十巻本
編集十巻本に比べ、部の分割・統合・付加、名称や配列の異同があり、32部249門より成っている。
配列は以下の通り。太字で示したものが二十巻本独自の部、もしくは名称の変更されている部である。
諸本
編集本書には完本・零本(端本)も含めて、数多くの写本が存在する。江戸時代には版本の形でも刊行されているが、十巻本は当時写本の形で流布したためほとんど梓に上らず、二十巻本が重点的に刊行された[1][2]。
以下、影印・複製や直接閲覧により閲覧可能なものを筆写年代・刊行年代順に挙げる。
十巻本
編集現在、十巻本の本文として最も流布しているのは、狩谷棭斎校注の『箋注倭名類聚抄』であるが、これは下にも書く通り明治時代刊なので、それまでは写本による流布が主であった。
なお、十巻本の写本の中でも「下総本」とそれに連なる系統の本は、他の本と異なる記述を持つなど異質の本である。このため十巻本の写本には、しばしば下総本系の本を参照し、朱でその校異を書き入れているものも少なくない。しかし狩谷はこの下総本の本文を「後世の改竄によるもの」と見なし、「諸本の中で最も劣悪」として認めていない。
写本
編集書写時期 | 状態 | 蔵書 | 備考 | |
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真福寺本 | 鎌倉時代 | 巻一~巻二のみ | 宝生院大須観音真福寺 | |
伊勢十巻本 | 室町時代初期 | 巻三~八のみ | 神宮文庫 | |
京本 | 江戸時代前期 | 巻四~六のみ | 東京大学国語研究室 | |
高松宮本 | 江戸時代前期 | 完本 | 国立歴史民俗博物館 | |
松井本 | 江戸時代前期 | 完本 | 静嘉堂文庫 | |
京一本 | 江戸時代後期 | 巻七~十のみ | 東京大学国語研究室 | |
狩谷棭斎自筆訂本 | 江戸時代後期 | 完本 | 国立公文書館(旧内閣文庫) | 校訂を含む |
天文本 | 江戸時代後期 | 完本 | 東京大学国語研究室 | 「下総本」系写本 |
前田本 | 明治時代 | 完本 | 前田尊経閣 |
版本
編集刊行 | 校訂 | 底本 | |
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享和版本 | 享和元年(1801年) | 稲葉通邦 | 真福寺本 |
楊守敬刊本 | 明治29年(1906年) | 楊守敬 | 下総本系写本 |
校注本
編集成立 | 刊行 | 校訂 | 底本 | 備考 | |
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箋注倭名類聚抄 | 文政10年(1827年) | 明治16年(1883年) | 狩谷棭斎 | 京本 | 諸本で校訂 |
二十巻本
編集現在、二十巻本の本文として最も流布しているのは、那波道円校注の「元和古活字本」であるが、これは昭和7年(1932年)に影印復刻されるまでほとんど世に出回らなかった稀覯書で、代わりに「慶安版本」「寛文版本」が広く用いられ、明治時代初期まで何度も刷を重ねた。
また、写本のうち「高山寺本」は、「國郡部」の後に古代律令制下の駅(うまや)を記しており、他の二十巻本には見られない独自の本文を持つほか、本文の異同も多く、特に「國郡部」を見る際に「元和古活字本」とともに参照される。
写本
編集書写時期 | 状態 | 蔵書 | |
---|---|---|---|
高山寺本 | 平安時代末期 | 巻六~十のみ | 天理大学附属天理図書館 |
伊勢二十巻本 | 室町時代初期 | 巻一~二および巻九~二十のみ | 神宮文庫 |
大東急本 | 室町時代中期 | 完本 | 大東急記念文庫 |
版本
編集刊行 | 校訂 | |
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元和古活字本 | 元和3年(1617年) | 那波道円 |
慶安版本 | 慶安元年(1648年) | |
寛文版本 | 寛文11年(1671年) |
注解刊行本・影印本
編集- 『和名類聚抄 : 高山寺本 . 三寶類字集 : 高山寺本』天理圖書館善本叢書和書之部(第2巻)、1971年
- 『諸本集成倭名類聚抄』本文篇・索引篇・外篇、臨川書店、1971年-1981年
- 『和名類聚抄 : 20巻本』古辞書叢刊、雄松堂書店、1973年
- 『和名類聚抄』名古屋市博物館資料叢書2、名古屋市博物館、1992年
- 『高松宮本・林羅山書入本和名類聚抄声点付和訓索引』アクセント史資料索引16、アクセント史資料研究会、2000年
- 『古写本和名類聚抄集成』勉誠出版、2008年
- 第1部『諸本解題・関係資料集及び語彙総集』
- 第2部『十巻本系古写本の影印対照』
- 第3部『二十巻本系諸本の影印対照』
- 『和名類聚抄 : 高山寺本』新天理図書館善本叢書(第7巻)八木書店、2017年
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c d 日本辞書辞典 (1996), pp. 287–288.
- ^ a b c 沖森卓也 (2023), pp. 22–23(原著:沖森卓也 2008)
- ^ 林忠鵬 (2002), 第六章 第二節 『和名抄』所引『兼名苑』について.
- ^ 亀田次郎 (1935), p. 259.
参考文献
編集- 図書
- 林忠鵬『和名類聚抄の文献学的研究』勉誠出版、2002年4月。ISBN 978-4-585-03088-1。
- 論文
- 辞書類
- 沖森卓也・倉島節尚・加藤知己・牧野武則編『日本辞書辞典』おうふう、1996年5月。ISBN 4-273-02890-5。
- 沖森卓也 編『図説日本の辞書100冊』武蔵野書院、2023年9月。ISBN 978-4-8386-0660-3。
- 沖森卓也 編『図説日本の辞書』おうふう、2008年10月。ISBN 978-4-273-03507-5。
関連文献
編集- 池辺弥『和名類聚抄郷名考證』吉川弘文館、1966年10月(増訂版、1970年3月 / 改訂増補版、1981年2月)
- 高橋忠彦・高橋久子『日本の古辞書:序文・跋文を読む』大修館書店、2006年1月。ISBN 4469221775
- 吉田金彦『古辞書と国語』臨川書店、2013年5月。ISBN 9784653040590
- 工藤力男『和名類聚抄地名新考:畿内・濃飛』和泉書院〈いずみ昴そうしょ7〉、2018年11月。ISBN 9784757608894