兼名苑』(けんめいえん[1][注釈 1])は、中国南北朝[1]から唐代ごろ[2]類語辞典日本の『和名類聚抄』などに引用されて佚文のみ現存する[2]

内容

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様々な事物について別名を挙げる[2]。例: 「太白星一名長庚[3]

佚文引用

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和名類聚抄』や『本草和名(輔仁本草)』に多く引用がある[2]。その他『医心方』『一切経音義(慧琳音義)』『三教指帰注』など、日中の約30書に引用が確認されている[4][注釈 2]

『和名類聚抄』は『兼名苑』を138回引用しており、さらに『兼名苑注』を45回引用している[1]。『兼名苑注』は日本人による注釈書と推定される[1]

目録学

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旧唐書経籍志、『新唐書芸文志、『日本国見在書目録』に見え、『隋書』経籍志や『宋史』芸文志には見えない[2]

撰者は『旧唐書』では「釈遠年」、『新唐書』では「僧遠年」とされ[5]、名前から仏僧と推定される以外、一切素性が知れない[1]

巻数は『旧唐書』では10巻、『新唐書』では20巻とされ、後人の増補による変化と推定される[2]。『日本国見在書目録』では15巻だが按語で30巻とされ、1冊あたり2巻の本が当時日本にあったと推定される[2]

分類は『旧唐書』と『新唐書』では丙部子録名家類、『日本国見在書目録』では雑家に置かれる[5]

脚注

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注釈

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  1. ^ 表記は「兼名菀」、読みは「けんみょうえん」「けんみょうおん」とも[1]
  2. ^ 類聚名物考』など近世の引用は、直接の引用でなく『和名類聚抄』の孫引きと推定される[2]

出典

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  1. ^ a b c d e f 西崎 2023, p. 1f.
  2. ^ a b c d e f g h 林 2002, 第六章 第二節 『和名抄』所引『兼名苑』について.
  3. ^ 西崎 2023, p. 5.
  4. ^ 西崎 2023, p. 2-4.
  5. ^ a b 河野 2006, p. 21f.

参考文献

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  • 河野貴美子「興福寺蔵『因明義断』裏書にみえる古辞書類の引用について」『日本漢文学研究』第1号、二松学舎大学21世紀COEプログラム、2006年。 NAID 110006177942https://nishogakusha.repo.nii.ac.jp/records/270 
  • 西崎亨「『兼名苑(菀)』拾遺(未定稿)」『日本語日本文学論叢』第18号、武庫川女子大学大学院文学研究科、2023年https://doi.org/10.14993/00002503 CRID 1390014491999437824
  • 林忠鵬『和名類聚抄の文献学的研究』勉誠出版、2002年。ISBN 978-4-585-03088-1 

関連文献

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