京都市電河原町線
河原町線(かわらまちせん)は、下鴨本通、河原町通及び塩小路通に敷設されていた京都市電の軌道路線。
河原町線 | |
---|---|
基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 京都市 |
路線網 | 京都市電 |
起点 | 洛北高校前電停 |
終点 | 京都駅前電停 |
停留所数 | 19箇所 |
開業 | 1924年4月9日 |
廃止 | 1978年10月1日 |
運営者 | 京都市交通局 |
路線諸元 | |
路線距離 | 6.814 km |
軌間 | 1,435 mm |
線路数 | 複線 |
電化方式 | 直流600V 架空電車線方式 |
河原町線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
[都市計畫軌道延長事業]の一環である「市街狹軌線付替え軌隔擴張」として大正終期から昭和初期にかけて施行された。また[都市計畫軌道延長第二期事業(外劃線)]では通称塩小路線と通称下鴨線が建設された。
全区間が併用軌道。路線は京都駅前と市北部の下鴨を結んでおり、途中、市街随一の繁華街を経由していた。
1977年(昭和52年)に、東山線-七条線系統が乗り入れることになった七条河原町-京都駅前を残して路線の大部分が廃止された[1]。残った区間は1年後の京都市電全廃時に廃止となった。
沿革
編集- 1923年(大正12年)5月26日 市会が「第七十七號議案」を議決し、河原町線路線決定
- 1924年(大正13年)4月9日 河原町今出川-河原町丸太町開業
- 1926年(大正15年/昭和元年)
- 1927年(昭和2年)4月5日 河原町五条-(平居町)開業/木屋町線(平居町)-七条内浜(後に七条河原町と改称)軌隔拡張し、河原町線編入
- 1929年(昭和4年)1月16日 七条内浜-塩小路(後に塩小路高倉と改称)開業/伏見線塩小路-京都駅前河原町線編入
- 1940年(昭和15年)12月2日 急行運転開始(日曜祝祭日を除く午前6時-午前9時/午後4時-午後7時)
- 1943年(昭和18年)
- 1954年(昭和29年)9月1日 終日急行運転終了
- 1956年(昭和31年)10月12日 洛北高校前-河原町今出川開業[2] [河原町線全線開業]
- 1962年(昭和37年)
- 1963年(昭和38年)6月20日 停留所統廃合(「河原町蛸薬師」「河原町仏光寺」→廃止、「四条河原町」「新京極(四条線)」→統合、「四条河原町新京極」)
- 1964年(昭和39年)6月1日 ワンマンカー運行開始(当初3週間は添乗者が付き、一人乗務は6月22日実施)
- 1965年(昭和40年)12月1日 自動車の併用軌道乗入全面開放
- 1975年(昭和50年)3月30日 全車ワンマンカー化実施
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年)
- 9月30日 「さようなら 京都市電」電車運行
- 10月1日 七条河原町-京都駅前廃止 [河原町線全線廃止]
電停一覧
編集停留所/交叉する通り(接続、距離、急行停車駅は路線図参照)
延長構想
編集1953年に交通局が発表した事業基本計画では、洛北高校前よりさらに北上してトンネルを掘削の上、宝が池公園までの延長案が記載されていた[3]。
特記事項
編集- 祇園祭山鉾巡行の際、巡路に当たる区間は運休し、その前後で折り返し運転を行っていた。また、同区間では巡行に配慮して片持ち式の架線柱が用いられていた。
参考文献
編集- 『京都市營電氣事業沿革誌』京都市電氣局、京都、1933年。
- 京都市総務部庶務課 編『京都市政史』 上巻、京都市役所、京都、1941年。
- 京都府立総合資料館 編『京都府百年の年表』 7 建設・交通・通信編、京都府、京都、1970年。
- 京交史編纂委員会 編『京交三十年史』京都交通労働組合、京都、1977年。
- 京都市交通局総務課 編『さよなら京都市電』京都市交通局、京都、1978年。
- 京都市 編『京都の歴史』 10 年表・事典、京都市史編纂所、京都、1980年。
- 高橋 裕『京都の電車』トンボ出版、大阪、1998年。
- 沖中, 忠順 著、福田静次 編『京都市電が走った街今昔:古都の路面電車 定点対比』JTB、東京、2000年。ISBN 4-533-03421-7。