中田篤郎
中田 篤郎(なかた とくろう、1884年(明治17年)2月12日 - 1952年(昭和27年)12月4日)は、日本の法医学者。兵庫県出身。大阪府立高等医学校(現大阪大学医学部)卒業。
経歴
編集大阪府立高等医学校卒業後、ヨーロッパへ留学。その後、1920年(大正9年)に大阪医科大学教授に就任。1927年には小笛事件の法医鑑定を担当した[1]。1943年(昭和18年)に旧制徳島医学専門学校(現徳島大学)校長に就任。1949年(昭和24年)に初代徳島大学学長に就任[2]。
著書
編集- 佐谷有吉 編「法医学と科学的犯人捜査法」『歯科及薬理学』近代社〈最新家庭医学 第10巻〉、1928年11月。 NCID BA50038563。
- 『中田新法医学』南山堂、1941年9月。 NCID BA58884301。NDLJP:1071028。
脚注
編集- ^ 細川涼一 著「小笛事件と山本禾太郎」、京都橘女子大学女性歴史文化研究所 編『京都の女性史』思文閣出版、2002年、170頁。ISBN 978-4784211234。
- ^ “歴代学長”. 徳島大学. 2010年7月27日閲覧。