マーク・ウッドフォード
マーク・ウッドフォード(Mark Woodforde, 1965年9月23日 - )は、オーストラリア・アデレード出身の男子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス19位、ダブルス1位。ATPツアーでシングルス4勝、ダブルス67勝を挙げた。身長187cm、体重88kg、左利きの選手。
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マーク・ウッドフォード(2010年) | |||||||||||||
基本情報 | |||||||||||||
愛称 | ウッディーズ | ||||||||||||
国籍 | オーストラリア | ||||||||||||
出身地 | 同・アデレード | ||||||||||||
生年月日 | 1965年9月23日(59歳) | ||||||||||||
身長 | 187cm | ||||||||||||
体重 | 88kg | ||||||||||||
利き手 | 左 | ||||||||||||
バックハンド | 片手打ち | ||||||||||||
殿堂入り | 2010年 | ||||||||||||
ツアー経歴 | |||||||||||||
デビュー年 | 1984年 | ||||||||||||
引退年 | 2000年 | ||||||||||||
ツアー通算 | 71勝 | ||||||||||||
シングルス | 4勝 | ||||||||||||
ダブルス | 67勝 | ||||||||||||
生涯通算成績 | 966勝560敗 | ||||||||||||
シングルス | 319勝312敗 | ||||||||||||
ダブルス | 647勝248敗 | ||||||||||||
生涯獲得賞金 | US$8,571,605 | ||||||||||||
4大大会最高成績・シングルス | |||||||||||||
全豪 | ベスト4(1996) | ||||||||||||
全仏 | 4回戦(1997) | ||||||||||||
全英 | 4回戦(1988・90・97) | ||||||||||||
全米 | 4回戦(1987・88) | ||||||||||||
4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||
全豪 | 優勝(1992・97) | ||||||||||||
全仏 | 優勝(2000) | ||||||||||||
全英 | 優勝(1993-97・2000) | ||||||||||||
全米 | 優勝(1989・95・96) | ||||||||||||
優勝回数 | 12(豪2・仏1・英6・米3) | ||||||||||||
4大大会最高成績・混合ダブルス | |||||||||||||
全豪 | 優勝(1992・96) | ||||||||||||
全仏 | 優勝(1995) | ||||||||||||
全英 | 優勝(1993) | ||||||||||||
全米 | 優勝(1992) | ||||||||||||
優勝回数 | 5(豪2・仏1・英1・米1) | ||||||||||||
国別対抗戦最高成績 | |||||||||||||
デビス杯 | 優勝(1999) | ||||||||||||
キャリア自己最高ランキング | |||||||||||||
シングルス | 19位 | ||||||||||||
ダブルス | 1位 | ||||||||||||
獲得メダル | |||||||||||||
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長年にわたり、ダブルスの名手として活躍した。とりわけ、同じオーストラリアのトッド・ウッドブリッジとのペアで無敵の強さを発揮したが、この2人は姓がよく似ていることから「ウッディーズ」(Woodies)と呼ばれた。グランドスラム優勝17回。ダブルス・混合ダブルス両方で生涯グランドスラム達成。
選手経歴
編集1984年にプロ入り。1986年1月にニュージーランド・オークランドの大会でシングルス初優勝を挙げたが、ツアー大会のダブルス初優勝は1988年9月のアメリカ・ロサンゼルス大会とサンフランシスコ大会の2週連続優勝であった。最初期のウッドフォードはジョン・マッケンローとペアを組むことが多く、1988年の2週連続優勝と、4大大会男子ダブルス初優勝となった1989年全米オープンではマッケンローがパートナーであった。
1991年から、ウッドフォードは6歳年下のトッド・ウッドブリッジとペアを組んで世界に君臨し始める。1992年にウッドブリッジとのペアで全豪オープン男子ダブルスに初優勝を飾り、1993年から1997年までウィンブルドン男子ダブルス5連覇を達成した。この頃から、2人のペアは「ウッディーズ」と呼ばれるようになる。ウッドフォードのシングルス優勝は、ウィンブルドン・ダブルス5連覇が始まった1993年2月のアメリカ・フィラデルフィア大会が最後で、通算4勝となった。
2人はウィンブルドン5連覇の期間中に、1995年と1996年の全米オープン男子ダブルスで2連覇を飾り、1997年には地元の全豪オープンで5年ぶり2度目の優勝を果たす。また、1996年アトランタ五輪のオーストラリア代表選手として、ウッドブリッジとのペアで金メダルを獲得したが、この決勝ではイギリス代表のティム・ヘンマンとニール・ブロードの組を圧倒している。しかし、1998年のウィンブルドン・ダブルス決勝ではオランダの強豪ペア、ヤッコ・エルティンとポール・ハーフースの組に「4時間5分」の激戦の末 6-2, 4-6, 6-7, 7-5, 8-10 で敗れ、6連覇はならなかった。
2000年に入り、ウッドフォードとウッドブリッジの組は全仏オープン男子ダブルスで初優勝を飾り、これで男子ダブルスの同一ペアとして「キャリア・グランドスラム」を達成した。2人は全仏オープンはあまり得意ではなく、初めての決勝戦は1997年でエフゲニー・カフェルニコフとダニエル・バチェク(チェコ)の組に敗れていた。この全仏優勝で、2人はペアとして通算「58勝目」に到達し、それまでジョン・マッケンロー&ピーター・フレミング組(ともにアメリカ)が持っていた「57勝」の歴代1位記録を更新した。続いてウィンブルドンでも3年ぶり2度目の優勝を果たし、オランダのハーフースとオーストラリアのサンドン・ストール(往年の名選手フレッド・ストールの息子)の組を破った。しかし、この年に地元で開催されたシドニー五輪の男子ダブルス決勝戦で、2人はカナダ代表のダニエル・ネスターとセバスチャン・ラルーの組に 7-5, 3-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2大会連続の金メダルを逃した。35歳になったウッドフォードは2000年のシーズンを最後に現役を引退したが、最後の年にも全仏オープンとウィンブルドンを含めて、ダブルスで年間8勝を記録している。
「ウッディーズ」のダブルスは、ほぼ10年間に及んだ活動期間中に男子ツアー大会のダブルスで「61勝」を挙げ、同一ペアによる男子ダブルス優勝の1位記録であったが、2010年にボブとマイクのブライアン兄弟に更新されている。
男子テニス国別対抗戦・デビスカップでも、2人はデ杯オーストラリア・チームの「ダブルス最多勝利ペア」(Best Doubles Team)の記録を残している。
4大大会ダブルス優勝
編集- 全豪オープン 男子ダブルス:2勝(1992年・1997年)/混合ダブルス:2勝(1992年・1996年)
- 全仏オープン 男子ダブルス:1勝(2000年)/混合ダブルス:1勝(1995年)
- ウィンブルドン 男子ダブルス:6勝(1993年-1997年・2000年)/混合ダブルス:1勝(1993年) [男子ダブルス5連覇を含む]
- 全米オープン 男子ダブルス:3勝(1989年/1995年・1996年)/混合ダブルス:1勝(1992年)
男子ダブルスの4冠達成ペア
編集- フランク・セッジマン&ケン・マグレガー (ともにオーストラリア、1951年に唯一の「年間グランドスラム」)
- ケン・ローズウォール&ルー・ホード (ともにオーストラリア、1953年 → 1956年)
- ロイ・エマーソン&ニール・フレーザー (ともにオーストラリア、1959年 → 1962年)
- ジョン・ニューカム&トニー・ローチ (ともにオーストラリア、1965年 → 1967年)
- マーク・ウッドフォード&トッド・ウッドブリッジ (ともにオーストラリア、1992年 → 2000年)
- ヤッコ・エルティン&ポール・ハーフース (ともにオランダ、1994年 → 1998年)
- ボブ・ブライアン&マイク・ブライアン (ともにアメリカ、2003年 → 2006年)
ダブルス成績
編集※トッド・ウッドブリッジとのペアの成績はウッディーズを参照。
グランドスラム
編集大会 | 1984 | 1985 | 1986 | 1987 | 1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | SR | W–L |
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全豪オープン | 1R | 1R | NH | 1R | 2R | SF | 2R | SF | W | 1R | QF | 3R | 1R | W | F | SF | SF | 2 / 16 | 40–14 |
全仏オープン | A | A | 2R | 2R | SF | 3R | A | 3R | 3R | SF | QF | 1R | SF | F | 3R | 1R | W | 1 / 14 | 36–13 |
ウィンブルドン | A | A | 3R | QF | QF | 2R | A | QF | SF | W | W | W | W | W | F | QF | W | 6 / 14 | 59–8 |
全米オープン | A | A | A | 1R | 2R | W | 1R | SF | SF | 3R | F | W | W | 1R | 3R | QF | 2R | 3 / 14 | 39–11 |
Win–Loss | 0–1 | 0–1 | 3–2 | 4–4 | 9–4 | 13–3 | 1–2 | 13–4 | 16–3 | 12–3 | 16–3 | 14–2 | 16–2 | 17–2 | 14–4 | 9–4 | 17–2 | N/A | 174–46 |
年間最終戦
編集大会 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | SR | W–L |
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テニス・マスターズ・カップ | SF | W | F | F | SF | W | RR | RR | SF | A | 2 / 9 | 25–13 |
ATPマスターズシリーズ
編集大会 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | SR | W–L |
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インディアンウェルズ | A | A | QF | A | QF | SF | W | SF | 2R | 2R | QF | 1 / 8 | 11–7 |
マイアミ | A | A | A | A | 3R | W | W | W | 2R | 3R | W | 4 / 7 | 17–3 |
モンテカルロ | A | 2R | A | A | 2R | 2R | A | A | F | 2R | A | 0 / 5 | 5–5 |
ローマ | A | 1R | 1R | A | A | A | A | 1R | 1R | A | 2R | 0 / 5 | 1–5 |
ハンブルグ | A | 1R | A | A | A | A | A | A | A | A | W | 1 / 2 | 5–1 |
カナダ | 2R | SF | A | A | A | A | QF | A | A | 1R | A | 0 / 4 | 5–4 |
シンシナティ | 1R | 1R | W | 1R | SF | W | QF | W | QF | F | W | 4 / 11 | 25–7 |
シュトゥットガルト (ストックホルム) | A | A | W | W | W | SF | QF | W | QF | SF | 1R | 4 / 9 | 20–5 |
パリ | A | QF | 2R | QF | SF | SF | SF | 2R | QF | QF | A | 0 / 9 | 10–9 |
世界ランキング
編集大会 | 1984 | 1985 | 1986 | 1987 | 1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 |
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順位 | 193 | 141 | 140 | 53 | 18 | 6 | 118 | 11 | 1 | 8 | 3 | 2 | 1 | 2 | 6 | 11 | 1 |
外部リンク
編集- マーク・ウッドフォード - 国際テニス殿堂のプロフィール
- マーク・ウッドフォード - ATPツアーのプロフィール
- マーク・ウッドフォード - デビスカップのプロフィール
- マーク・ウッドフォード - 国際テニス連盟
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