ハンネス・アルヒ
オーストリアのエアレーサー
ハンネス・アルヒ(Hannes Arch、1967年9月22日 - 2016年9月8日[1])は、オーストリアの曲技飛行パイロット、登山家。2007年のレッドブル・エアレース・ワールドシリーズから参戦。2008年のシーズンではワールドチャンピオンを獲得している。
ハンネス・アルヒ | |
---|---|
フルネーム | Hannes Arch |
生誕 | 1967年9月22日 |
死没 | 2016年9月8日(48歳没)[1] |
国籍 | オーストリア |
レース経歴 | |
最高順位 | 1位(2008年 - 2015年) |
機体 | ジブコ エッジ540 |
公式サイト | |
hannesarch.com |
固定翼機だけでなくヘリコプターも操縦し、ベースジャンプやパラグライダーなどのスカイスポーツ全般で活躍していた。また登山家としてのキャリアは飛行機よりも長い。またレッドブル X-Alpsの考案者でもある[2]。
経歴
編集- 1982年(15歳) 初のハンググライダーによる単独飛行を行う。
- 1986年(19歳) カルフォルニア州のエル・キャピタンでビックウォールクライミングを行う。
- 1987年(20歳) IFMGA/UIAA 国際スキーおよび山岳ガイドとなる。
- 1990年(23歳) アラスカ州のロンドン山にて“Big Time 8+/A3” ルートでの初登頂。
- 1995年(28歳) レッドブルアクロチームが創設され、フリーフライングに活動を移す。
- 1996年(29歳) パラグライディングのテストパイロットとパラテック社でのワールドカップパイロットとなる。
- 1997年(30歳) スイスで開催された初の非公式なエアロバティック・パラグライディング・ワールドチャンピオンシップである“Vertigo” で優勝。
- 1999年(32歳) フランスでの"ユーロスポーツ・マッド・マスターズ"にエアロバティク・パラグライディングで優勝。
- 2000年(33歳) 航空機のマーケティングとエクストリームスポーツに特化したプロダクションである "Airpro GmbH"を創設。
- 2003年(36歳) 国際的なアドベンチャーレースである"Red Bull X-Alps"の発案と主導を行う。スイスのマッターホルン北側からのベースジャンピングを初めて行った。4000mからのベースジャンピングはヨーロッパでは最高峰。
- 2005年(38歳) レッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップのレースディレクターとなる。
- 2006年(39歳) スイスで開催された"FAI ヨーロッパ・エアロバティック・ワースドチャンピオンシップ"のフリースタイル部門で金メダルを獲得。
- 2007年(40歳) レッドブル・エアレース・ワールドシリーズに参戦。新人王となる。
- 2008年(41歳) レッドブル・エアレース・ワールドシリーズのワールドチャンピオンとなる。
- 2009年(42歳) レッドブル・エアレース・ワールドシリーズの年間第2位となる。
- 2010年(43歳) レッドブル・エアレース・ワールドシリーズの年間第2位となる。
- 2011年(42歳) アル・アイン(アラブ首長国連邦)で行われた"リズム&エアーショー"のワールドプレミア。milon社のコマーシャル撮影をオーストリアのレッドブル・レースサーキットで行う。
- 2012年(43歳) "FAI ヨーロッパ・エアロバティック・ワースドチャンピオンシップ"のフリースタイル部門で銅メダルを獲得。
- 2014年(45歳) レッドブル・エアレース・ワールドシリーズに参戦。
- 2016年(48歳) オーストリア・ケルンテン州でプライベートヘリコプターの事故で死亡[3]。
レッドブル・エアレース・ワールドシリーズ
編集2009年・2010年は、予選1位獲得者に追加ポイント1が与えられた。
金色 | 銀色 | 銅色 | ポイント圏内完走 | ポイント圏外完走 |
1位 | 2位 | 3位 | 4-8位( - 2015年[注 1]) 4-9位(2016年 - ) |
9位以下( - 2015年[注 1]) 10位以下(2016年 - ) |
2007年 - 2010年
編集開催年 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | ポイント | 勝利数 | 最終順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2007 | 失格 0 |
4位 3 |
10位 0 |
11位 0 |
中止 |
12位 0 |
11位 0 |
10位 0 |
12位 0 |
10位 0 |
中止 |
9位 0 |
3 | 0 | 10位 |
2008 | 2位 8 |
4位 6 |
3位 7 |
中止 |
2位 8 |
3位 7 |
1位 9 |
1位 9 |
中止 |
3位 7 |
61 | 2 | 1位 | ||
2009 | 1位 12+1 |
3位 9+1 |
2位 10 |
4位 8 |
2位 10 |
4位 8+1 |
60 | 1 | 2位 | ||||||
2010 | 11位 1+1 |
1位 12 |
1位 12+1 |
1位 12 |
4位 8+1 |
1位 12 |
中止 |
中止 |
60 | 4 | 2位 | ||||
2011年から2013年はレース休止 |
2014年 - 2016年
編集開催年 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | ポイント | 勝利数 | 最終 順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2014 | 2位 9 |
1位 12 |
2位 9 |
1位 12 |
8位 1 |
8位 1 |
5位 4 |
4位 5 |
53 | 2 | 2位 |
2015 | 4位[4] 5 |
11位[5] 0 |
1位[6] 12 |
1位[7] 12 |
8位[8][9] (DNS)[注 2] 1 |
12位[10] (DSQ) 0 |
10位[11][12] 0 |
5位[13] 4 |
34 | 2 | 3位 |
2016 | 10位[14] 0 |
2位[15] 12 |
6位[16] 5 |
2位[17] 9 |
3位[18] 9 |
5位[19] 6 |
41 | 0 | 3位 |
関連項目
編集- en:Competition aerobatics
- 田中梨乃 - 2016年レッドブル・エアレース・ワールドシリーズ 千葉大会で、エアレースクイーンとしてハンネスのチームガールを務めた[20]。
出典・脚注
編集脚注
編集出典
編集- ^ a b “We are devastated and lost for words”. Hannes Arch (2016年9月9日). 2016年9月9日閲覧。
- ^ ハンネス・アルヒ氏急逝に寄せて | Red Bull Air Race
- ^ “お悔み : ハンネス・アルヒ氏”. Red Bull Air Race (2016年9月9日). 2016年9月10日閲覧。
- ^ “アブダビはポール・ボノムが優勝”. Red Bull Air Race (2015年2月14日). 2015年9月7日閲覧。
- ^ “本戦終了後のパイロットリアクション”. Red Bull Air Race (2015年5月17日). 2015年10月20日閲覧。
- ^ “第3戦ロヴィニ:決勝レース終了後パイロットリアクション”. Red Bull Air Race (2015年5月30日). 2015年9月9日閲覧。
- ^ “ブダペストはハンネス・アルヒが優勝!”. Red Bull Air Race (2015年7月5日). 2015年9月11日閲覧。
- ^ “第5戦アスコット:マスタークラス決勝レース後リアクション”. Red Bull Air Race (2015年8月16日). 2015年10月20日閲覧。
- ^ 浅田真樹 (2015年8月19日). “【エアレース】今季初の表彰台獲得。室屋義秀が「さらに上を狙える」根拠”. 集英社. 2015年9月6日閲覧。
- ^ “第6戦シュピールベルク:決勝レース後リアクション”. Red Bull Air Race (2015年9月6日). 2015年9月15日閲覧。
- ^ “Bonhomme takes decisive win in Fort Worth”. Red Bull Air Race (2015年9月27日). 2015年9月29日閲覧。
- ^ “第7戦フォートワース:決勝レース後リアクション”. Red Bull Air Race (2015年9月27日). 2015年10月20日閲覧。
- ^ “第8戦ラスベガス:決勝レース後リアクション”. Red Bull Air Race (2015年10月18日). 2015年10月20日閲覧。
- ^ “アブダビ決勝: パイロットリアクション”. Red Bull Air Race (2016年3月12日). 2016年3月14日閲覧。
- ^ “シュピールベルク決勝:パイロットリアクション”. Red Bull Air Race (2016年4月24日). 2016年4月25日閲覧。
- ^ “Muroya celebrates stunning home victory”. Red Bull Air Race (2016年6月5日). 2016年6月6日閲覧。
- ^ “Dolderer unstoppable in Budapest”. Red Bull Air Race (2016年7月17日). 2016年7月18日閲覧。
- ^ “アスコット:決勝レース・リアクション”. Red Bull Air Race (2016年8月14日). 2016年8月15日閲覧。
- ^ “Lausitz 2016: Master Class Race Day reactions”. Red Bull Air Race (2016年9月4日). 2016年9月5日閲覧。
- ^ “レッドブル・エアレース千葉2016決勝”. 田中梨乃オフィシャルブログ. CyberAgent (2016年6月5日). 2018年11月4日閲覧。
外部リンク
編集- Hannes Arch.com - Official Website
- Air-races.com profile
- Red Bull Air Race World Series official website
タイトル | ||
---|---|---|
先代 マイク・マンゴールド (2007) |
レッドブル・エアレース・ワールドシリーズ チャンピオン 2008 |
次代 ポール・ボノム (2009 - 2010) |