1,5-シクロオクタジエン
1,5-シクロオクタジエン (1,5-cyclooctadiene) は、有機化合物の一種で、炭素原子8個が環状に並んだ骨格に、二重結合を2個含む環状ジエン。有機金属化学において、配位子として重要な化合物である[1][2]。略称は COD、配位子として構造式に現れる際は英小文字で cod と略される。不快な臭いを持つ無色の液体。消防法による第4類危険物 第2石油類に該当する[3]。
1,5-シクロオクタジエン | |
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識別情報 | |
CAS登録番号 | 111-78-4 |
ChemSpider | 74815 |
EC番号 | 203-907-1 |
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特性 | |
化学式 | C8H12 |
モル質量 | 108.18 g/mol |
外観 | 無色透明液体 |
密度 | 0.882 g/ml, 液体 |
融点 |
-69.5 °C |
沸点 |
151 °C |
水への溶解度 | - |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |
合成
編集有機反応
編集COD はボランと反応して 9-ボラビシクロ[3.3.1]ノナン (9-BBN) を与える。9-BBN は、選択的なヒドロホウ素化試薬として重要な有機合成試剤である。
COD は SCl2 などの試薬と反応して、2,6-ジクロロ-9-チアビシクロ[3.3.1]ノナンが生成する[4]。
金属錯体
編集1,5-シクロオクタジエンは η4 配位子として金属に配位し、錯体を作る(η はハプト数、金属中心に何個の原子を結合させているかを示す)。特に、ニッケル錯体 Ni(cod)2 や白金錯体 Pt(cod)2 はそれぞれ安定に単離が可能で、さらに他の配位子で COD を置き換えることが容易であるため、さまざまなニッケル錯体、白金錯体の前駆体として用いられる。同様に前駆体として用いられるエチレン錯体 M(C2H4)4 (M = Ni or Pt) よりも、COD錯体は安定に取り扱える。COD錯体の安定性は、配位子の解離に際してエントロピーの利得が小さいことが一因である。すなわちキレート効果である。Pt(cod)2 と Ni(cod)2 とでは、熱力学的には前者がより安定である。
COD錯体の合成
編集ニッケルおよび白金の COD錯体の調製法を概説する[5][6]。
ニッケル錯体 Ni(cod)2 は、過剰量の COD の存在下に、アセチルアセトナト(acac)錯体 Ni(acac)2 をトリエチルアルミニウムで還元して調製される[7]
- Ni(acac)2 + 2 COD + 2 Al(C2H5)3 → Ni(COD)2 + 2 Al(C2H5)2(acac) + C2H4 + C2H6
白金錯体 Pt(cod)2 の調製は、ジクロロ体 PtCl2(cod)2 とシクロオクタテトラエン (C8H8) を用い、もう少し段階を要する[8]。
- 2 Li + C8H8 → Li+2•C8H82−
- PtCl2(cod)2 + Li+2•C8H82− + COD → Pt(cod)2 + 2 LiCl + C8H8
ジクロロ体 PtCl2(cod)2 は、テトラクロリド白金(II)酸カリウムと COD から調製される[9]。
- K2[PtCl4] + COD → PtCl2(cod)2 + 2 KCl
COD錯体の利用
編集白金錯体 Pt(cod)2 はさまざまな白金(0)化合物の前駆体となる。例えば:
- Pt(cod)2 + 3 C2H4 → Pt(C2H4)3 + 2 COD (配位子交換によるエチレン錯体の合成)
ニッケル錯体 Ni(cod)2 を前駆体とした合成例として、代表的なものは:
- Ni(cod)2 + 4 CO(気体) Ni(CO)4 + 2 COD
この生成物 Ni(CO)4(ニッケルカルボニル)は非常に強い毒性が知られる取り扱いが難しい化合物だが、この反応で系中発生させられる。
錯体上の COD を他の配位子で置き換える配位子交換反応は、その配位子の溶液をゆっくりと COD錯体に加える手法が一般によくとられる。
脚注
編集- ^ Buehler, C; Pearson, D. Survey of Organic Syntheses. Wiley-Intersciene, New York. 1970.
- ^ Shriver, D; Atkins, P. Inorganic Chemistry. W. H. Freeman and Co., New York. 1999.
- ^ 法規情報 (東京化成工業株式会社)
- ^ Roger Bishop. "9-Thiabicyclo[3.3.1]nonane-2,6-dione". Organic Syntheses (英語).; Collective Volume, vol. 9, p. 692Díaz, David Díaz; Converso, Antonella; Sharpless, K. Barry; Finn, M. G. (2006). “2,6-Dichloro-9-thiabicyclo[3.3.1]nonane: Multigram Display of Azide and Cyanide Components on a Versatile Scaffold”. Molecules (journal) 11: 212–218. doi:10.3390/11040212 .
- ^ 第5版 実験化学講座21、日本化学会編、丸善 (2004)。
- ^ 第4版 実験化学講座18、日本化学会編、丸善 (1991)。
- ^ Schunn, R. A.; Ittel, S. D., "Bis(1,5-Cyclooctadiene) Nickel(0)", Inorg. Synth. Vol. 28, p. 94 (1990).
- ^ Crascall, L. E.; Spencer, J. L., "Bis(1,5-Cyclooctadiene) Platinum(0)", Inorg. Synth. Vol. 28, p. 126 (1990).
- ^ Chatt, J.; Vallarino, L. M.; Venanzi, L. M. J. Chem. Soc. 1957, 2496.