鳩間島

日本の沖縄県八重山諸島の島

鳩間島(はとまじま)は、沖縄県八重山郡竹富町に属する八重山諸島である。西表島の北5.4 kmに位置し、人口は65人(2022年6月末現在[1])、面積は0.96 km2[2]

鳩間島
鳩間島の空中写真(2009年)
国土地理院地図・空中写真閲覧サービスを基に作成。
所在地 日本の旗 日本 沖縄県八重山郡竹富町
所在海域 東シナ海
所属諸島 八重山諸島
座標 北緯24度28分22秒 東経123度49分12秒 / 北緯24.47278度 東経123.82000度 / 24.47278; 123.82000座標: 北緯24度28分22秒 東経123度49分12秒 / 北緯24.47278度 東経123.82000度 / 24.47278; 123.82000
面積 0.96 km²
海岸線長 3.9 km
最高標高 33.8 m
最高峰 鳩間中森
鳩間島の位置(八重山列島内)
鳩間島
鳩間島
鳩間島 (八重山列島)
鳩間島の位置(沖縄県内)
鳩間島
鳩間島
鳩間島 (沖縄県)
鳩間島の位置(日本内)
鳩間島
鳩間島
鳩間島 (日本)
プロジェクト 地形
テンプレートを表示
鳩間島全景

概要

編集

サンゴ礁の隆起により形成された隆起サンゴ礁の島である。形状はほぼ円形で、周縁部は平坦であるが、中央部に鳩間中森と呼ばれる丘陵があり、鳩間島灯台が立つ。それより北側が農地として開墾され、南側に集落がある。

島内には亜熱帯の海浜性植物の群生が見られ、野生のヤギも生息している。土地利用は多くが原野のままで、肉用牛の放牧も行われている。

歴史

編集

鳩間島に村落が形成されたのは15世紀頃と考えられている[3]。こみ間切に属していたが、1628年(寛永5年)に八重山列島が3間切に再編された際に大浜間切に属し、1768年明和5年)以降は宮良間切に属した[4]

明治末期から大正期にかけては、カツオ漁が盛んで、島内には鰹節の加工工場が立ち並び、戦前の最盛期には人口が700人を超えたこともあった[5]。しかし、その後は人口は緩やかな減少に転じた。1960年代に入るとカツオが急に不漁になり漁業が衰退。1970年代にかけて人口が激減した。

1980年代初めに、島唯一の小学校の児童が1人だけになり、廃校の危機にさらされた際に、親類や全国各地からの離島留学制度等による里子引き取りなどで小学校を守った。このエピソードは、2000年に森口豁によって『子乞い - 沖縄孤島の歳月』という本にまとめられ、さらに、これを原案・原作として、2001年から尾瀬あきら作のマンガ『光の島』が連載されたり、2005年に日本テレビ制作のドラマ『瑠璃の島』が放送されたりした[注釈 1]。これらの作品と、2006年に高速船の定期便が就航したこと(後述)とが相まって、鳩間島を訪れる観光客が急増した[5]

産業

編集

かつてはカツオ漁や鰹節の加工が盛んであったが、近年は観光業が経済の中心となっている。就業者数は29名で、うち14名が宿泊業・飲食サービス業に従事している(2015年10月1日現在)[8]。また、8名が教育・学習支援業に従事しており[8]、生徒を含めると人口の半数が学校関係者である[5]

ドラマの放映や高速船の就航により2007年頃から観光客が急増し、この時期に7軒の民宿や食堂が開業した[5]

入域観光客数

編集

ドラマの影響等で増加した入域観光客は、2008年をピークに減少基調にある。2013年頃にいったん増加がみられるが、これは新石垣空港の開港や格安航空会社の就航によるものと考えられる[5]

  • 2000年 - 540人
  • 2001年 - 140人
  • 2002年 - 530人
  • 2003年 - 586人
  • 2004年 - 2,475人
  • 2005年 - 3,162人
  • 2006年 - 1,974人
  • 2007年 - 7,962人
  • 2008年 - 10,106人
  • 2009年 - 9,150人
  • 2010年 - 8,856人
  • 2011年 - 5,419人
  • 2012年 - 5,911人
  • 2013年 - 7,810人
  • 2014年 - 6,407人
  • 2015年 - 6,076人
  • 2016年 - 4,263人
  • 2017年 - 4,942人
  • 2018年 - 4,148人
  • 2019年 - 4,033人
  • 2020年 - 2,186人
  • 2021年 - 3,366人[10]

交通

編集
 
鳩間港(2010年)

かつては鳩間島に立ち寄る定期航路は週に数本の貨客船しかなく、西表島北部の上原港から傭船もしくは郵便船に同乗して鳩間島へ向かうのが一般的であった。2006年4月から、石垣港と上原港を結ぶ2社の定期旅客航路(高速船)の一部が鳩間島に寄港するようになり、鳩間-石垣間の日帰り渡航が可能となった。なお、石垣-上原航路の船舶が途中寄港するため、石垣-上原間が欠航の場合は、上原-鳩間、鳩間-石垣間も欠航となる。2009年には旅客ターミナル「いとま浜ターミナル」と及び浮桟橋が新設され、利便性が向上した[11]

10月から3月までの間は北寄りの季節風の影響で海が荒れるため、石垣港 - 鳩間港・上原港便は欠航が多く、数日続くこともある。そこで、安栄観光・八重山観光フェリーの両社は、就航率を高めるため、近年上原航路に大型の双胴船を導入している[12][13][14]

旅客船(高速船)
貨客船カーフェリー
  • - (上原港) - 石垣港(離島ターミナル)
    • 八重山観光フェリー(火・木・土)、安栄観光(月・水・金)が、石垣→上原→鳩間→石垣、又は、石垣→鳩間→上原→石垣の航路で運航している。所要時間(直行の場合)は、八重山観光フェリーが130分、安栄観光が約100分。

公共施設

編集

インフラ

編集

1980年に西表島からの海底送水による簡易水道が整備された(普及率100%)[17]。また、電気は1983年に24時間供給されるようになった[5]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

編集

文化財

編集
 
鳩間中森の物見台(火番盛)
  • 鳩間中森 - 1972年(昭和47年)8月30日に竹富町の天然記念物に指定されている[18]。また、鳩間中森には鳩間島灯台及び物見台(火番盛)があり、物見台(火番盛)先島諸島火番盛のひとつとして国の史跡に指定されている[19][20]。なお、この物見台は1983年(昭和58年)6月30日に復元されたものである[21]
  • 下り井戸(アンヌカー) - 竹富町史跡(1972年(昭和47年)8月30日指定)[18]
  • 民謡
    • 「鳩間中森」 - 竹富町無形民俗文化財(民謡の部 1976年(昭和51年)1月25日指定)[18]
    • 「千鳥節」 - 竹富町無形民俗文化財(民謡の部 1976年(昭和51年)1月25日指定)[18]

名所・旧跡・観光スポット

編集

御嶽

編集
  • 友利御嶽(トゥムルウガン)
  • 前泊御嶽(マイドゥマリウガン)
  • 鬚川御嶽(ヒナイウガン)
  • 西堂御嶽(ニシドーウガン)
  • 新川御嶽(アラカーウガン)[22]

海岸

編集

鳩間港から時計回りに次の海岸がある。いずれも竹富町等が開設する海水浴場ではない。

その他

編集
  • ブシヌヤー(武士の家) - 島仲浜と立原浜の間にある状の遺跡。2010年(平成22年)に復元された[27]。遠見番が海上の見張りをした施設であったと考えられている[28]が、八重山群雄割拠時代(15世紀後半-16世紀前半)の屋敷跡や共同墓地等とする異説もある[29]
  • 宮良長包歌碑 - 宮良長包の生誕125周年を記念して建立された歌碑で、宮良長包が作詞・作曲した「鳩間節」の歌詞が刻まれている。2008年(平成20年)12月建立[21]、2009年(平成21年)5月3日除幕[30]

祭事

編集
  • すぴ願 ・カー願 - 旧暦12月。
  • 正月願 - 旧正月。
  • 初願(ぱちにがい) - 旧暦1月。
  • 二月願 - 旧2月。
  • 世願(ゆーにがい)・カー願 - 旧暦3月。
  • 豊年祭 - 旧暦6月。船漕ぎ競漕・棒術・舞踊。
  • 結願(きちごん) - 旧暦8月。舞踊・狂言。
  • 九月願 - 旧暦9月。
  • 十月願 - 旧暦10月。
  • 島ししゃる - 旧暦11月。

催事

編集

放送

編集
  • 1996年7月31日には、TBSテレビ(沖縄県内では琉球放送)で放送されたおはようクジラ内の「クジラ総合研究所」で、「沖縄スペシャル」の一環として、当島から全国に生中継を行った。[要出典]
  • 島内全世帯に地上デジタルテレビ受信機が普及したことにより、2011年5月3日開催された第14回鳩間島音楽祭会場で、総務省沖縄県テレビ受信者支援センター(デジサポ沖縄)から鳩間公民館長に「地上デジタル放送全世帯普及達成認定証」が授与され、公民館長が「全世帯地デジ化完了宣言」を行った[32][33]

著名な出身者

編集
  • 大城肇 - 経済学者、琉球大学第16代学長

鳩間島を舞台とする作品

編集

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ ドラマの舞台は架空の鳩海(はとみ)島とされたが、実際の撮影は鳩間島で行われた[6][7]
  2. ^ 1998年の郵便番号7桁化以前は“907-16”の島専用郵便番号が存在した。7桁化後は907-1544となり、上5桁(郵便区番号)は西表島西部と同じく西表島郵便局エリアと同じ番号となった。集配業務は西表島郵便局から現在は石垣市の八重山郵便局が八重山全域で行っている。

出典

編集
  1. ^ 竹富町地区別人口動態票(令和4年6月末)” (PDF). 竹富町. p. 2. 2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  2. ^ 島のデータ” (PDF). 沖縄のしまじま. 沖縄県企画部地域・離島課. 2019年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  3. ^ 町史 2015, p. 19.
  4. ^ 石垣繁 (2004年9月). “鳩間島のまつり”. やいまタイム(月刊やいま2004年9月号) (南山舎). オリジナルの2022年7月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220721013814/https://yaimatime.com/wadaimix/12783/ 
  5. ^ a b c d e f g h i j 堀本雅章「沖縄県竹富町鳩間島における「瑠璃の島」放映後の観光に対する住民意識」『季刊地理学』第70巻第1号、2018年、1-16頁。 
  6. ^ 鳩間小中学校”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  7. ^ 鳩間港西側の砂浜”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  8. ^ a b c 八重山要覧(令和元年度版) 第2章 産業” (PDF). 沖縄県総務部八重山事務所 (2021年2月). 2022年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  9. ^ 島での心得”. 竹富町観光協会. 2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  10. ^ 竹富町入域観光客数(年別)”. 竹富町. 2022年7月21日閲覧。
  11. ^ “安全で快適な利用可能に 鳩間港”. 八重山毎日新聞. (2009年4月22日). オリジナルの2009年4月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090425055659/http://www.y-mainichi.co.jp/news/13470 
  12. ^ “新造船「やいま」試乗 八重山観光フェリー 今月中旬ごろ本格運航”. 八重山毎日新聞. (2021年12月6日). オリジナルの2022年1月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220110041624/http://kyodoshi.com/article/10915 
  13. ^ “上原航路に大型高速船 安栄観光 就航率向上に期待”. 八重山毎日新聞. (2022年5月) 
  14. ^ @aneikankouの2021年6月27日のツイート2022年7月21日閲覧。
  15. ^ “「みんな一緒うれしい」上地さん鳩間小に入学 幼稚園は“船通園””. 琉球新報. (2013年4月14日). オリジナルの2022年7月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220713220245/https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-205330.html 
  16. ^ 町史 2015, p. 28.
  17. ^ 沖縄県の水道概要 平成17年度版 (PDF) 沖縄県福祉保健部薬務衛生課
  18. ^ a b c d 竹富町の文化財”. 竹富町. 2018年8月10日閲覧。
  19. ^ 先島諸島火番盛 - 文化遺産オンライン文化庁
  20. ^ 先島諸島火番盛 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  21. ^ a b 岸本弘人、石垣忍 著「鳩間島・黒島・新城島における石碑・記念碑等の調査報告」、沖縄県立博物館・美術館 博物館班 編『鳩間島・新城島・黒島総合調査報告書』(PDF)沖縄県立博物館・美術館、2016年3月、109-146頁https://okimu.jp/userfiles/files/page/museum/issue/report/006.pdf 
  22. ^ 石垣繁 (2004年9月). “鳩間島のまつり”. やいまタイム(月刊やいま2004年9月号) (南山舎). オリジナルの2022年7月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220721013814/https://yaimatime.com/wadaimix/12783/ 
  23. ^ 屋良浜”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  24. ^ 立原浜”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  25. ^ 島仲浜”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  26. ^ 船原浜”. 沖縄・竹富ポータルサイト ぱいぬ島時間. 竹富町観光協会. 2022年7月21日閲覧。
  27. ^ 町史 2015, p. 56.
  28. ^ 町史 2015, pp. 117–118.
  29. ^ 町史 2015, pp. 119–122.
  30. ^ a b “観客1200人熱狂、島は音楽祭一色”. 八重山毎日新聞. (2009年5月4日). オリジナルの2009年5月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090508062501/http://www.y-mainichi.co.jp/news/13551/ 
  31. ^ 鳩間島音楽祭”. やいまタイム. 南山舎. 2022年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  32. ^ 鳩間島全世帯への地上デジタル放送受信機普及が完了』(プレスリリース)総務省沖縄総合通信事務所・総務省沖縄県テレビ受信者支援センター、2011年4月28日。オリジナルの2011年11月15日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20111115175954/http://www.soumu.go.jp/soutsu/okinawa/hodo/2011/11_04_28-01.html 
  33. ^ 『八重山日報』2011年5月4日、4面

参考文献

編集
  • 竹富町史編集委員会 編『竹富町史』 第6巻(鳩間島)、竹富町、2015年3月31日。全国書誌番号:22588645 

関連項目

編集

外部リンク

編集