首塚

戦死者、捕虜、斬首刑者などの首を供養するための塚

首塚(くびづか)とは、合戦などにおいて討ち取られた者の首、捕虜に取られた者の首、あるいは斬首刑にされた罪人の首を供養するための「」の事である。原則として土を盛り上げた塚の形状だが、首塚と称するものの平坦地である例もある[1]

清水宗治首塚(備中高松城)
平敦盛首塚(須磨寺)
今川義元首塚(東向寺)

日本では戦功を首実検で確認していたため、その首を弔うものとして多数の首塚が作られた。

首塚には、後に怨霊となる恐れがある単独の者(敵武将など)のものや、雑兵であっても多数の戦死者が出た場合(関ヶ原の戦いなど大きな戦い)のものなどがあり、今なお、全国各地に多数存在する。

全国の首塚

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東北地方

関東地方

中部地方

近畿地方

中国地方

九州地方

脚注

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  1. ^ 遠藤 1973, pp. 4–5.
  2. ^ 市指定文化財(記念物)|本庄市”. www.city.honjo.lg.jp. 2024年8月28日閲覧。
  3. ^ 玉縄首塚
  4. ^ 源実朝公御首塚 | 秦野市役所”. www.city.hadano.kanagawa.jp. 2024年8月28日閲覧。
  5. ^ 平将門十九首塚
  6. ^ 沼津市. “首塚(くびづか)”. 沼津市ホームページ. 2024年8月28日閲覧。
  7. ^ 長治公首塚

参考文献

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関連項目

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