蟲 (江戸川乱歩)

江戸川乱歩による日本の小説

』 (むし、別表記『虫』) は、江戸川乱歩が著した中編小説である。改造社の雑誌『改造』の昭和4年(1929年)9、10月号に連載された。

作者 江戸川乱歩
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 中編小説犯罪小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出改造』1929年9月号 - 10月号
出版元 改造社
刊本情報
収録 『世界探偵小説全集 23 乱歩集』
出版元 博文館
出版年月日 1929年
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当初、博文館の雑誌『新青年』1929年5月号に、「蟲」の字を20字詰め4行に並べる、という形で予告されたが、翌6月号では予告したものが書けなかったとして、代わりに『押絵と旅する男』が掲載された[1]

乱歩は以前から『改造』誌からの原稿依頼を受けていたが、最初に執筆した『陰獣』は、長くなりすぎたために掲載を拒否されて『新青年』に回されることになり(1928年夏期増刊号、9月号、10月増大号に連載)、次に執筆した『芋虫』は、反戦的・反軍的とも受け取れる内容であったため、発禁の恐れがあるとして『改造』からは拒否され、再び『新青年』に回されることになった(『悪夢』と改題され、1929年新春増大号に掲載)[2]。このような事情のため、『新青年』に予定されていた本作が『改造』に回されることになったものである。

登場人物

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柾木愛造(まさき あいぞう)
主人公。死んだ両親の莫大な財産を食いつぶしながら土蔵の二階にひきこもっている厭人病高等遊民
木下芙蓉(きのした ふよう)
本名・木下文子。人気女優。柾木の幼なじみで初恋の相手。
池内光太郎(いけうち こうたろう)
柾木の唯一の友人。柾木と正反対の性格。当初柾木は知らなかったが実は芙蓉の恋人。

あらすじ

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厭人病者の主人公・柾木愛造は、唯一の友人の池内の紹介で初恋の相手である人気女優の木下芙蓉と再会を果たした。

初恋を再燃させた柾木は、ある時芙蓉の手に自分の手を重ねる事で自らの想いを伝えたが、そんな彼の様子に彼女はプッと吹き出して高笑いをした。彼女の嘲笑はもちろんだが、彼女に合わせて笑ってしまう自身もお人好しぶりにそれ以上の恥かしさを感じ、これが殺人を犯す最初の動機となった。

この事件以降五ヶ月ほど、芙蓉とその恋人・池内の逢い引きのストーキングを繰り返し、二人が睦言で彼を嘲るのを聞いてついに殺人を決意する。

自身の車をタクシーに見えるように改造し、芙蓉が逢い引きのためにタクシーを捕まえようとした際に偶然を装って彼女を車に乗せ、そのまま拉致して殺害し、土蔵の2階にある自室に連れ込んだ。

当初の計画では、殺して所有欲を満たした後は自身の家の古井戸に死骸を捨てるつもりであったが、死骸の異様な魅力に惜しくなり、永久に死骸を専有したくなった。

だが彼は身の毛もよだつ事実に思い当った。死体は蟲[3]に侵されて腐敗してしまうのだ。

「蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、ゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝ」
彼の白い脳髄の襞を、無数の群蟲が、ウジャウジャ這い廻った。あらゆるものを啖いつくす、それらの微生物の、ムチムチという咀嚼の音が、耳鳴りの様に鳴り渡った。

彼は死体に防腐処理を施そうとするが、素人に上手くできるものではない。次第に柾木の精神は異常を来してゆく。

それから数日後、不審に思った婆やが警察に知らせると、警察は土蔵の中から二つの死骸を発見した。一つは防腐処理をしようとした柾木により腹部が無惨に開けられた芙蓉の腐乱死体。もう一つは芙蓉の死毒により絶命した柾木の死体であった。柾木の死体は芙蓉の腹わたにつっぷし、指先は脇腹の腐肉に、執念深く喰い入っていた。

映像化

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2005年にオムニバス映画『乱歩地獄』の一編として映像化された。

収録

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脚注

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  1. ^ 江戸川 2005, pp. 599–602, 山前譲「解題」.
  2. ^ 江戸川 2005, p. 121, 自作解説.
  3. ^ この物語における「蟲」とは、いわゆる蛆虫ではなく、死体を腐らせる「正体のあいまいな、極微有機物」のことである。

参考文献

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  • 江戸川乱歩『江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男』光文社光文社文庫〉、2005年1月20日。ISBN 4-334-73820-6 

外部リンク

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