織田長能
織田 長能(おだ ながよし)は、江戸時代前期から中期にかけての旗本。通称は半八郎、主計。
時代 | 江戸時代前期 - 中期 |
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生誕 | 延宝2年(1674年) |
死没 | 寛保3年6月18日(1743年8月7日) |
改名 | 長能→不専(号) |
別名 | 通称:半八郎、主計 |
幕府 | 江戸幕府旗本 |
主君 | 徳川綱吉→家宣→家継→吉宗 |
氏族 | 高家織田氏 |
父母 | 父:織田長迢、母:織田信昌娘 |
兄弟 | 津田長経、長能、鳥居忠丘室 |
妻 | 正室:柴田康利娘 |
子 |
長説、日根野弘恒、柴田康平、 横瀬貞隆正室など四男一女 |
略歴
編集延宝2年(1674年)、織田長迢の次男として誕生した。兄・津田長経が病気のために退隠し、嫡子となった。
元禄15年(1702年)6月23日、家督を相続する。寄合に所属する。宝永7年(1710年)12月23日、高家旗本に列する。ただし、高家職に就くことはなかった。享保20年(1735年)12月21日、隠居して長男の長説に家督を譲る。以後、不専と称する。
系譜
編集子女は4男1女