秋元景朝
秋元 景朝(あきもと かげとも)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。深谷上杉家の家臣。
時代 | 戦国時代 - 安土桃山時代 |
---|---|
生誕 | 大永5年(1525年) |
死没 | 天正15年11月12日(1587年12月11日) |
改名 | 元景(初名)、景朝 |
別名 | 行朝 |
主君 | 上杉憲賢 |
氏族 | 秋元氏 |
父母 | 秋元政朝 |
妻 | 上杉憲政養女妙耕院 |
子 | 長朝 |
生涯
編集秋元氏は宇都宮氏の流れを汲むとされる。宇都宮頼綱の子・泰業が13世紀前半に上総国秋元荘を領して後に秋元氏を名乗った。
天文10年(1541年)、故あって秋元の地を去り、深谷上杉家の上杉憲賢の家臣となって上野台と瀧瀬の2村を拝領した。後北条氏との戦いでは重臣として戦うが、主家が北条氏に降るとそれに従う。岡谷加賀守・井草左衛門・上原出羽守と共に、深谷上杉氏四天王と呼ばれた。