杉浦 宏昭(すぎうら ひろあき、1960年8月3日 - )は日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンター北に所属している調教師。元騎手日本調教師会労務担当関東本部副本部長を務めている。

杉浦宏昭
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 (1960-08-03) 1960年8月3日(64歳)
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 二本柳俊夫(1982.3 - 引退)
初免許年 1982年3月1日
免許区分 平地
騎手引退日 1995年2月28日
重賞勝利 6勝
通算勝利 1997戦209勝
調教師情報
初免許年 1995年(1996年開業)
経歴
所属 美浦T.C.
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来歴

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1980年、4月から美浦・二本柳俊夫厩舎所属の騎手候補生となる。

1982年、3月に同厩舎より騎手デビュー。初騎乗は3月6日で、トロワフルールに騎乗し2着、3月27日にミョウジンホマレに騎乗して勝利し初勝利を挙げる。

1983年京成杯をブルーダーバンで制し重賞初勝利を挙げる。

1984年2月5日のレース中に、当時騎手であった岡部幸雄から小突きされ、左手で顔面を叩かれた。なお、岡部は開催日2日間の騎乗停止処分となった。

1995年、調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績は、JRA通算1997戦209勝(平地競走1969戦205勝、障害競走28戦4勝、重賞6勝)。

1996年、厩舎を開業する。3月2日、初出走となった中山競馬場での第5レースは、4番人気だったフジノミドリが3着となる。4月20日新潟競馬場での第7レースで、2番人気だったワンノブトウショウが勝利し、のべ19頭目で初勝利を挙げる。

1997年2月13日に管理馬が地方競馬に初出走する。8月24日に行われた新潟記念パルブライトが制し、重賞初勝利を挙げる。

1998年5月4日に管理馬が地方競馬で初勝利を挙げる。

2002年NHKマイルカップを4番人気だったテレグノシスが制し、GI(当時)初勝利を挙げる。

2003年ジャック・ル・マロワ賞にテレグノシスが出走し、海外レースおよび海外GI初出走。3着となる。

2005年、3月に大野拓弥が厩舎所属騎手としてデビュー。

2007年、8月に発生した馬インフルエンザ騒動において、JRAに出馬投票後に再検査することを要請し、受け入れられない場合は、管理馬を出走させない方針だと会見で述べた。

騎手成績

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通算成績 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 205 189 211 1969 .104 .200
障害 4 4 7 28 .143 .286
209 193 218 1997 .105 .201
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1982年3月6日 - トロワフルール - - 13着
初勝利 1982年3月27日 - ミョウジンホマレ - - 1着
重賞初騎乗 1982年6月13日 安田記念 リーガルファミリー 13頭 7 8着
重賞初勝利 1983年1月9日 京成杯 ブルーダーバン 9頭 2 1着
GI初騎乗 1987年11月1日 天皇賞(秋) ウインドストース 14頭 4 5着

主な騎乗馬

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調教師成績

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日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1996年3月2日 1回中山3日5R 4歳500万下 フジノミドリ 8頭 4 3着
初勝利 1996年4月20日 1回新潟1日7R 5歳上500万下 ワンノブトウショウ 13頭 2 1着
重賞初出走 1997年5月17日 3回東京1日11R 武蔵野S パルブライト 15頭 12 13着
重賞初勝利 1997年8月24日 3回新潟6日11R 新潟記念 パルブライト 15頭 2 1着
GI初出走 1997年11月9日 5回京都4日10R エリザベス女王杯 パルブライト 15頭 10 6着
GI初勝利 2002年5月4日 3回東京6日11R NHKマイルC テレグノシス 18頭 4 1着

主な管理馬

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※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。

主な厩舎所属者

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※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

関連項目

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