明石元広
明石 元広(あかし もとひろ)は、戦国時代の武士。松前藩初代藩主・松前慶広の次兄。
時代 | 戦国時代 |
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生誕 | 天文9年(1540年) |
死没 | 永禄5年(1562年) |
改名 | 万五郎(幼名)、元広 |
氏族 | 蠣崎氏、明石氏 |
父母 | 蠣崎季広、明石季衡 |
兄弟 |
南条広継正室、蠣崎舜広、元広、 松前慶広、蠣崎吉広、蠣崎守広、 下国師季正室、小平季遠室、安東茂季室、ほか |
妻 | 明石季衡娘 |
子 | 岡部季村室 |
略歴
編集蠣崎季広の次男として誕生。蠣崎氏家臣の明石季衡の養子となったが、永禄5年(1562年)、前年に没した兄・舜広の後を追うように夭折した。舜広と同じく姉・南条広継正室に毒殺されたともいわれる。
系譜
編集- 父:蠣崎季広(1507-1595)
- 母:不詳
- 養父:明石季衡
- 兄弟姉妹
- 長女:南条広継正室
- 長男:蠣崎舜広(1539-1561)
- 次男:明石元広(?-1562) - 明石季衡の養子
- 三男:松前慶広(1548-1616)
- 四男:蠣崎随良 - 法源寺住持
- 五男:蠣崎正広 - 正広系蠣崎家初代
- 六男:蠣崎長広 - 定広、長広系蠣崎家初代
- 七男:蠣崎定広 - 信広、但馬守
- 八男:蠣崎包広 - 与三郎、典三郎、早世
- 九男:蠣崎吉広(?-1645) - 吉広系蠣崎家初代
- 十男:蠣崎仲広 - 助五郎
- 十一男:蠣崎守広(1564-1635) - 忠広、広勝、守広系蠣崎家初代
- 十二男:蠣崎員広 - 景広、主水助、員広系蠣崎家初代
- 十三男:蠣崎貞広 - 右衛門大夫、兄:正広の養子
- 女子:下国師季正室
- 女子:喜庭季信室
- 四女:小平季遠室
- 女子:厚谷季貞室
- 女子:安東茂季正室
- 女子:村上忠儀室
- 女子:神浦季綱室
- 女子:下国重季室
- 女子:下国直季室
- 女子:佐藤季連室
- 女子:村上直儀室
- 十三女:新井田広貞室
- 正室:明石季衡娘
- 生母不明の子女
- 女子:岡部季村室