妹尾順平
日本の政治家、衆議院議員(1880 - 1942)
妹尾 順平(せのお じゅんぺい、1880年2月2日[1] - 1942年5月20日[2])は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)。妻・ミツは林忠崇の次女[3]。
妹尾順平 せのお じゅんぺい | |
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衆議院議員時代の妹尾順平(1920年頃) | |
生年月日 | 1880年2月2日 |
出生地 |
日本 岡山県真庭郡木山村 (現・岡山県真庭市) |
没年月日 | 1942年5月20日(62歳没) |
出身校 | 専修大学卒業 |
前職 | 実業家 |
所属政党 | 立憲政友会 |
選挙区 | 岡山県第8区 |
当選回数 | 1回[注釈 1] |
在任期間 | 1920年 - 1922年3月6日 |
経歴
編集妹尾与一郎の次男として岡山県真庭郡木山村(現・真庭市)に生まれる[3][4]。1904年、専修大学卒[2]。妹尾銀行(現・中国銀行)に入り、行員となる[2]。岡山商事(株)社長、日丸米肥(株)監査役を務める[2]。
1920年の第14回衆議院議員総選挙において岡山8区から立憲政友会公認で立候補して当選した[5]。2年後、岡山8区の選挙が無効となった。1922年3月6日付けで失職した[6]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 後に当選無効
出典
編集参考文献
編集- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。