吉野型防護巡洋艦
高砂
艦級概観
艦種 防護巡洋艦
艦名
前級 秋津洲
次級 須磨型
要目(吉野)
排水量 常備:4,216トン
全長 109.73m(垂線間長)
全幅 14.17m
吃水 5.18m
機関 円缶12基
直立型4気筒3段膨張レシプロ2基
2軸、15,900馬力
速力 23.0ノット
航続距離 10ノットで4,000海里
燃料 石炭1,000トン
乗員 360名
兵装 40口径15.2cm単装砲4門
40口径12cm単装砲8門
4.7cm単装砲22門
35.6cm水上魚雷発射管5門
装甲 甲板水平部:45mm
甲板傾斜部:115mm
防盾:115mm

吉野型防護巡洋艦(よしのがたぼうごじゅんようかん)は日本海軍防護巡洋艦。同型艦2隻。

概要

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「高砂」の武装・装甲配置を示した図。

1891年(明治24年)度の計画によりイギリスアームストロング社のエルジック造船所に1隻発注された。これが「吉野」で、浪速型防護巡洋艦と同様、エルジック・クルーザーの1隻で、サー・フィリップ・ワッツによって、アルゼンチンベインテシンコ・デ・マヨ級防護巡洋艦の改良型として設計された。

砲は全て速射砲となり、機関出力の増大から、当時の水雷艇と同等の速力23ノットの優速を誇り、竣工時には世界最優秀の巡洋艦と言われた。1893年(明治26年)に竣工した吉野は、浪速型2隻と「和泉」らの防護巡洋艦と共に、翌年からの日清戦争に参戦し、その優速と砲力を生かし能力の高さを実証した。

日清戦争後の第一期拡張計画により吉野の同型艦(厳密には違う)がアームストロング社に発注され1898年(明治31年)に竣工、「高砂」と命名された。船体は吉野とほぼ同じであるが装甲厚を増し、主砲を15.2cm砲4門から20.3cm砲2門に強化するなどの改装が施されている。

高砂は1902年(明治35年)にエドワード7世戴冠記念観艦式のためヨーロッパ訪問をしている。両艦とも1904年(明治37年)からの日露戦争に参戦、吉野は哨戒中に濃霧の中で「春日」と衝突し旅順沖で沈没、高砂は旅順攻略作戦で陸上砲撃を実施中に触雷して沈没した。

同型艦

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参考文献

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  • 海軍歴史保存会『日本海軍史 第7巻』(第一法規出版、1995年)
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第5巻 重巡I』(光人社、1989年) ISBN 4-7698-0455-5
  • 福井静夫『福井静夫著作集第4巻 日本巡洋艦物語』(光人社、1992年)ISBN 4-7698-0610-8

関連項目

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