吉田豊史
吉田 豊史(よしだ とよふみ、1970年4月10日 - )は、日本の政治家、実業家、衆議院議員(2期)。日本維新の会国対副委員長、富山県議会議員(2期)を務めた。
吉田 豊史 よしだ とよふみ | |
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生年月日 | 1970年4月10日(54歳) |
出生地 | 日本 富山県富山市 |
出身校 | 早稲田大学法学部 |
前職 |
碍子メーカー社員 飲食店経営会社社長 |
所属政党 |
(自由民主党→) (無所属→) (維新の党→) (無所属→) (おおさか維新の会→) (日本維新の会→) 無所属 |
親族 |
父・吉田良三(元富山県議会議員) 伯父・吉田清治(元富山県議会議員・元富山県議会議長) |
公式サイト | 吉田豊史WEB |
選挙区 | 比例北陸信越ブロック(富山1区) |
当選回数 | 2回 |
在任期間 |
2014年12月19日[1] - 2017年9月28日 2021年11月5日[2] - 現職 |
選挙区 | 富山市第1選挙区 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 2007年4月30日 - 2012年 |
父親は自由民主党所属の元富山県議会議員の吉田良三。伯父の吉田清治も自由民主党所属で3期12年富山市議会議員、5期20年富山県議会議員を務め、富山県議会議長にも就任している[3][4][5]。
来歴・人物
編集生い立ち
編集富山市立東部小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山中部高等学校理数科、早稲田大学法学部卒業。大学在学中に北米シアトルへ語学留学。当時のアメリカ西海岸のカフェスタイルに影響を受ける。
社会人時代
編集大学卒業後の1995年に富山へ戻り、硝子メーカーへ就職。即、北米オハイオ州の子会社に出向し海外事業に携わる。帰国後、1999年に有限会社を設立し起業。カフェ、豆腐製造業を経営[7]。
政界入り
編集2007年、富山県議会議員を3期務めた父・吉田良三[8]の地盤を引き継がず、小中高の同級生を中心とした陣営で富山県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、当選した[9]。2011年の富山県議会議員選挙で再選後、自民党会派を離脱して一人会派「自由民主党県議会立政会」を立ち上げた。
衆議院議員
編集2012年3月、富山1区の衆議院議員で元法相の長勢甚遠が次の第46回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界を引退する意向を表明した。[10]。これを受け6月下旬から長勢の後任としての立候補をいち早く表明したが、自民党富山市連は野上浩太郎参議院議員を念頭に候補者選びを進め、予備選や公募で選考を進めてほしいとする吉田と平行線になった。自民党富山市連は候補一本化の最終手段として選考委員会(委員長=五本幸正・富山市議)を設置。選考委設置の経緯を含め不信感を募らせた吉田は、9月15日、選考を辞退。選考委は中川忠昭県議で一本化したが同日昼に吉田が離党して無所属での出馬を表明すると、同日夜に中川は立候補の辞退を選考委委員長の五本幸正富山市議に申し出た[11]。 2012年11月21日、同年12月の第46回衆議院議員総選挙に富山1区から立候補するため、富山県議会議員を任期途中で辞職した。 無所属(日本維新の会・みんなの党推薦)で立候補するも[12]、選考委が再度決定した[13]元富山県議で自民党新人の田畑裕明に敗れ、3位で落選した。
2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、富山1区から維新の党公認で立候補し、再び田畑に敗れるも、比例復活で初当選した(惜敗率56.001%)[14]。
2015年10月23日、維新の党の分裂に際して同党に離党届を提出し、無所属となった[15][16]。その後はおおさか維新の会(後に日本維新の会に党名変更)との連携を強化し[17]、2016年5月31日の安倍内閣不信任決議案の採決では同党と同じく反対に回り[18]、7月13日には同党へ入党する意向が報じられた[19]。7月26日、おおさか維新の会に入党届を提出し[20][21]、同日付けで入党を了承された[22]。
2016年7月、南スーダンの首都ジュバで大統領派と反政府勢力の大規模衝突が発生。11月に政府が南スーダン国連平和維持活動(PKO)の陸上自衛隊第11次隊に駆けつけ警護などの新任務を付与する閣議決定を行ったが、衝突を記した部隊の日報が問題となった(自衛隊日報問題)。2017年2月、日本維新の会の代表として且つ衆議院の議院運営委員会の許可を得た上で吉田が南スーダン情勢の調査の為、南スーダン隣国ウガンダを視察。南スーダンからの難民キャンプ地視察はもちろん、ウガンダ政府関係者、国連各機関関係者、NPO関係者等と面談し、南スーダン情勢に関する情報を各方面から聴取[23]。帰国後、収集した情報を基に3月9日、10日の安全保障委員会で稲田朋美防衛大臣、岸田文雄外務大臣に南スーダンでのPKO自衛隊活動や南スーダン周辺エリアにおける武器禁輸について質疑を行った。10日夕刻、政府は国家安全保障会議(NSC)を開催し、安倍晋三総理が南スーダンPKOの自衛隊施設部隊について、現在従事中の道路整備等が終わる5月末をめどに撤収させる旨、表明した[24]。
2017年の第48回衆議院議員総選挙に、日本維新の会公認と希望の党推薦を受けて富山1区から立候補するも落選[25][26]。
2018年1月30日、日本維新の会衆院富山1区支部長に再任されたことが発表された[27]。
2020年12月12日、2021年4月に行われる富山市長選挙への立候補を表明した[28][29]。投開票の結果、自民党や立憲民主党、国民民主党各党と公明党県本部の4党が推薦した元県議の藤井裕久に敗れ落選[30]。
2021年8月、次期衆議院議員総選挙の日本維新の会の富山1区の公認候補となった[31]。10月31日に行われた第49回衆議院議員総選挙で小選挙区では自民党の田畑裕明に敗れたが、比例で復活当選を果たし、4年ぶりに国政に復帰した[32]。衆議院財務金融委員会理事に就任。
2022年8月1日、日本維新の会の松井一郎代表辞任に伴う代表選挙に立候補の意向を固めた旨、地元マスコミの取材に答えた[33]。関西以外の地域からも立候補することで全国的に代表選挙を盛り上げる意図があったものの推薦人を確保できず、8月12日に代表選挙への出馬断念を表明した[34]。9月29日、後述の疑惑により日本維新の会から離党勧告の処分を受けた。吉田は期限とされた同年10月31日まで離党届を提出しなかったため、翌11月1日、日本維新の会は吉田を除名処分とした[35]。2023年1月に政治団体「イイネ」を設立した[36]。
政策
編集- 日本国憲法の改正に賛成[37]。
- 財政政策・金融政策・構造改革の3つで日本をもう一度経済成長させ、所得の上昇をめざすとしている。[38]。
- 今、活躍できていない人がチャレンジできる環境を作ることが政治家の仕事として女性活躍・若者活躍を掲げている[38]。
- 消費税率0%の引き下げに賛成[37]。
- 仕組みを変える一つとして税制を消費喚起と経済成長を重視する税制へ転換することを掲げている[38]。
- 河野談話・村山談話の見直しに反対[39]。
- 沖縄県の在日米軍基地の地元誘致に引き受けてもいいと回答[39]。
- カジノ解禁に賛成[39]。
- 靖国神社への総理の参拝に反対[39]。。
- 原子力発電による電力供給に当面は必要だが、将来的には廃止すべしとしている[37]。
- 選択的夫婦別姓制度導入について、「改氏で不利益を感じる方がいるのは承知している」とし、日本維新の会として、同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、旧姓使用にも法的効力を与える制度を創設すると回答している[40]。
疑惑
編集旧統一教会との関係
編集2022年8月2日、日本維新の会国会議員団が発表した「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)および関連団体との関わりについての調査」において、関連団体である世界平和連合のイベントに出席していたことが公表された[41]。
参院選候補者に対する金銭持参要求
編集2022年9月26日、同年7月の第26回参議院議員通常選挙に比例区から立候補(落選)した元富山市議会議員の上野蛍に対し、政治資金収支報告書に記載しない現金1,000万円を持参要求していたと情報提供があったことより、日本維新の会内で党規委員会が開かれ、吉田に対する離党勧告処分の答申が行われた。9月29日の常任役員会で決済され、同日午後の藤田文武幹事長記者会見で日本維新の会は同日付で吉田を離党勧告処分としたことを発表。報道陣の質問に対し藤田幹事長は「・9月初旬に発覚 ・上野氏より、吉田氏との会話の一部を録音したテープと情報提供があり、事情聴取・調査した。吉田氏本人にも事情を聞いている。・上野氏がストレスだったのは容易に想像できるし、悩んでいたのは我々(執行部)も認識している ・現金1000万円の持参を上野氏は断っているので受け渡しはない。・どういう経緯でどう上野氏がしゃべったかは、それによって上野氏がいろいろ言われてもかわいそうなのでそれは言及しないが、情報が我々(執行部)に入ってきた。 ・党規委員会では録音テープ、時系列の確認、上野氏本人にも来てもらって確認している ・民事上・刑事上の責任を問えるものではないが党人としてのモラルを問う」[42]
吉田は同日16時から富山市内で開いた記者会見で、上野氏とのやりとりの一部を録音したテープの存在を党から知らされたことを明らかにし「日本維新の会では選挙にあたって候補者本人がすべて準備することを求めている。上野氏に資金の確認をして次のステップに進みたいという状況の中で『お金を持ってこい』と言ったのはあくまで準備の確認のため。もらう意図などない」と説明した。[43]日本維新の会は同日付で吉田を離党勧告処分とした[44]。10月5日に吉田は党本部に異議申し立てを行ったが[45]、処分は変更されなかった。10月31日、吉田は富山市内で記者会見を行い、「自分の信じるところにより、また後援会役員全員の支持を受け、党から除名を受ける」旨の声明を読み上げた。[46] 日本維新の会は翌11月1日付で吉田を除名処分とした[47]。
所属団体・議員連盟
編集- JICA議員連盟
脚注
編集- ^ 平成26年12月19日中央選挙管理会告示第30号(平成二十六年十二月十四日執行の衆議院比例代表選出議員の選挙における衆議院名簿届出政党等に係る得票数、当選人の数並びに当選人の住所及び氏名に関する件)
- ^ 令和3年11月5日中央選挙管理会告示第28号(令和三年十月三十一日執行の衆議院比例代表選出議員の選挙における衆議院名簿届出政党等に係る得票数、当選人の数並びに当選人の住所及び氏名に関する件)
- ^ 2007.06.18 : 平成19年6月定例会 一般質問 | 吉田豊史WEB
- ^ 富山県議会議員選挙(2003年4月13日)選挙情報のページ
- ^ 富山県議会会議録 平成6年9月定例会
- ^ “平成29年10月22日執行 衆議院小選挙区選出議員選挙 富山県第1区 候補者一覧表” (PDF). 富山県選挙管理委員会 (2017年10月10日). 2017年12月22日閲覧。
- ^ プロフィール | 吉田豊史WEB
- ^ 吉田 豊史(ヨシダ トヨフミ)維新の党 | 選挙ドットコム
- ^ “候補者 こんな人 1区:2014衆院富山”. 中日新聞. (2014年12月5日)
- ^ “自民・長勢甚遠元法相が政界引退を表明”. 読売新聞. (2012年3月17日) 2012年3月17日閲覧。
- ^ “次期衆院選富山1区 自民党が候補一本化に失敗、自民支持票の分裂が決定的”. 読売新聞. (2012年9月15日)
- ^ “吉田豊史氏が県議を辞職 衆院選出馬へ:衆院富山:2012衆院選”. 中日新聞. (2012年11月22日)
- ^ 田畑裕明県議が衆議院富山第1選挙区の自民党候補に 富山市議会議員しきだ博紀ブログ
- ^ 北陸信越ブロック(比例区) - 開票速報 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル
- ^ “【維新分裂】吉田氏が離党へ 無所属で活動”. 産経新聞. (2015年10月23日)
- ^ “下地氏ら2人、橋下新党へ さらに1人が維新を離党”. 朝日新聞. (2015年10月23日)
- ^ “【東京リポート】おおさか維新と連携強化 無所属の吉田豊史衆院議員”. 47NEWS. (2016年3月14日)
- ^ “内閣不信任案を否決 4野党提出、おおさか維新は反対”. 東京新聞. (2016年6月1日)
- ^ “吉田豊史衆院議員がおおさか維新へ 月内にも入党”. 産経新聞. (2016年7月13日)
- ^ “吉田豊史衆院議員 あす「おおさか維新」入党へ”. チューリップテレビ. (2016年7月25日)
- ^ “おおさか維新の会に吉田豊史衆議院議員が入党”. NHK. (2016年7月26日)
- ^ “吉田衆院議員、おおさか入党”. 時事通信. (2016年7月26日)
- ^ 第193回国会 衆議院 安全保障委員会 第2号 平成29年3月9日
- ^ 南スーダンPKO施設部隊を撤収へ 安倍晋三首相が表明 産経新聞2017年3月10日
- ^ “【衆院選】希望、維新前職3人を推薦 沖縄1区・下地氏ら”. 産経新聞. (2017年10月7日) 2017年11月17日閲覧。
- ^ 富山-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル
- ^ “日本維新の会 衆議院選挙区支部長選任者発表のお知らせ”. (2018年1月30日)
- ^ 富山市長選吉田豊史氏が出馬表明チューリップテレビ2020年12月12日付
- ^ 富山市長選に出馬の動き続々 自民市議に維新元衆院議員も北日本新聞2020年12月12日付
- ^ 富山市長に藤井氏吉田氏に3万1727票差 4新人の争い 投票率微増47.97%富山新聞2021年4月19日
- ^ 維新、次期衆院選で10氏の公認内定;日本経済新聞 2021年8月18日2021年11月1日閲覧。
- ^ FNNプライムオンライン【衆院選】吉田豊史氏(維・元)当選確実 比例代表北陸信越ブロック2021年11月1日閲覧。
- ^ KNB 「代表選に挑む」維新吉田衆院議員が意向2022年8月1日閲覧。
- ^ “【速報】維新・吉田豊史氏 代表選への出馬の意欲示すも""断念”『推薦人確保できず』”. TBSテレビ. (2022年8月12日). オリジナルの2022年8月17日時点におけるアーカイブ。 2022年8月17日閲覧。
- ^ 維新 吉田豊史衆院議員を除名処分 参院選候補者に1000万円要求 - NHK NEWS WEB 2022年11月1日
- ^ “吉田豊史衆院議員が政治団体「イイネ」設立”. 富山新聞. (2023年1月18日) 2023年1月21日閲覧。
- ^ a b c 毎日新聞 2021年衆院選アンケート
- ^ a b c 吉田豊史特設サイト
- ^ a b c d 毎日新聞 2014年衆院選アンケート
- ^ 中日新聞、2021年衆院選、市民団体「選択的夫婦別姓を実現する会・富山」アンケート結果
- ^ 「日本維新の会「旧統一教会と関係があった13議員公表」に「スタートとしては良かった」の声…ひろゆきも「反省するのは大事」と評価」『Smart FLASH』2022年8月3日。2022年9月3日閲覧。
- ^ “令和4年9月29日(木)藤田文武幹事長記者会見”. 日本維新の会 (2022年9月29日). 2024年7月5日閲覧。
- ^ 2022年10月1日朝日新聞
- ^ “日本維新の会 吉田豊史衆院議員の離党勧告処分決める”. NHK ニュース. (2022年9月29日) 2022年9月29日閲覧。
- ^ “【富山】吉田豊議員 異議申し立て 維新からの離党勧告受け”. 中日新聞. (2022年10月6日) 2022年10月9日閲覧。
- ^ “なし”. yoshida_challenge(吉田豊史インスタグラム) (2022年11月1日). 2024年7月5日閲覧。
- ^ “維新・吉田豊史氏の離党、確実に”. 北國新聞. (2022年10月26日) 2022年10月29日閲覧。
外部リンク
編集- 吉田豊史WEB
- 吉田豊史 (@toyo23office) - X(旧Twitter)
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