吉田省三
吉田 省三(よしだ しょうぞう、1901年(明治34年)6月25日[1] - 1951年(昭和26年)8月16日[2][3][4])は、昭和期の司法官、弁護士、政治家。衆議院議員。神戸法曹界の重鎮[2]。
経歴
編集兵庫県[3]加西郡九会村[2][5](加西町[2]を経て現加西市)で生まれる。1925年(大正14年)明治大学法律科を卒業した[2][3][5]。
司法官を志し1928年(昭和3年)司法官試補に任官[5]。1929年(昭和4年)神戸地方裁判所[注釈 1]検事に就任し、その後、姫路区裁判所判事に転じた[2][3]。
1945年(昭和20年)神戸市で弁護士を開業[2][3]。1949年(昭和24年)1月の第24回衆議院議員総選挙で兵庫県第3区から民主自由党公認で出馬して当選し[2][6]、衆議院議員に1期在任した[3]。この間、衆議院法務委員などを務めた[5]。1951年8月、第11回国会(臨時)召集当日に死去した[4][5]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集参考文献
編集- のじぎく文庫編『兵庫県人物事典 下巻』のじぎく文庫、1968年。
- 『衆議院追悼演説集』温智会、1983年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。