円山公園 (札幌市)
円山公園 | |
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島判官紀巧碑(2015年8月) | |
分類 | 総合公園[1] |
所在地 | |
座標 | 北緯43度03分03秒 東経141度18分35秒 / 北緯43.05083度 東経141.30972度座標: 北緯43度03分03秒 東経141度18分35秒 / 北緯43.05083度 東経141.30972度 |
面積 | 68.8ヘクタール |
前身 | 円山養樹園 |
設計者 | 長岡安平 |
運営者 |
札幌市公園緑化協会(公園) さっぽろ健康スポーツ財団(運動施設) 札幌振興公社(駐車場) |
設備・遊具 | 森林、広場、園路、陸上競技場、テニスコート、野球場、動物園、池 |
駐車場 | 札幌市円山公園駐車場[2] |
アクセス |
札幌市営地下鉄東西線円山公園駅下車 徒歩5分 ジェイ・アール北海道バス(琴似営業所)、札幌ばんけい(一部除く)「動物園前」「総合グラウンド前」「円山西町2丁目」「神宮前」「宮の森1条10丁目」バス停下車 |
告示 | 都市計画決定:昭和49年2月12日北海道告示第325号[3] |
事務所 | 円山公園管理事務所 |
事務所所在地 | 札幌市中央区宮ヶ丘3丁目 |
備考 | 広域避難場所[4] |
公式サイト | 円山公園 |
概要
編集札幌市民憩いの場となっており、札幌神社(現在の北海道神宮)鎮座後は市民の信仰や各種行事、花見の会場として利用され[5]、明治末期から大正期にかけて神社に隣接する円山一帯を公園として運動場などを整備し、戦後には北海道内で初めての動物園が開園した。
歴史
編集1869年(明治2年)、開拓使の判官島義勇が現在の北海道神宮近くの「コタンベツの丘」で札幌本府建設の構想を練ったとされており[6]、そこから真東に望んだ大友堀(現在の創成川)との交点をまちづくりの基点とした[6]。また、島判官は神祇官から開拓三神を授けられており、現在地に神社を創建することも決めている[6]。1870年(明治3年)に東北地方から農民団が入植し、それぞれ適地を求めて集落を形成していった[6]。この年が庚午であったことから村の名前に使用され、円山辺りは庚午三ノ村と呼んでいたが[6]、翌年に開拓判官岩村通俊が神社の麓に村があることから京都にならって円山村と名づけ、山の名前も円山となった[6]。なお、現在の藻岩山はアイヌ語で「インカルシペ」(いつも遠くを見渡す所)と呼ばれていたが、円山命名後に転化したものとされている[6][7]。
1880年(明治13年)に官園の1つであった札幌官園の樹木試験場を移設し、円山養樹園が開設[6]。スギ林は養樹園の名残りとして希少価値が高い[8]。1901年(明治34年)に養樹園が旭川へ移転すると、円山を公園として整備したい声が上がって御料地となっていた土地の貸し下げ交渉を始め、1903年(明治36年)に公園予定地として札幌区(当時)が借り受けることになった[9]。長岡安平に委嘱した公園計画は和洋折衷で運動場を取り入れた構想であり、明治末期から大正期に整備を進めていった[9]。1914年(大正3年)、上田万平が自費を捻出し自ら鍬をふるって円山山頂までの登山道を開削し[6]、弟の上田善七は登山道に沿って八十八観音を創建した[6]。1915年(大正4年)には成田山札幌別院新栄寺によって大師堂を建て、弘法大師の像を安置している[6]。昭和に入ると円山公園のスポーツ施設を充実する動きが起こり、1934年(昭和9年)に陸上競技場、テニスコート、野球場が竣工した[9]。
戦後、総合運動場がアメリカ進駐軍に接収されてしまうが、解除後は『日米陸上競技大会』、『世界オールラウンドスピードスケート選手権大会』、『国民体育大会』などの開催に伴って公園改善が進んだ[9]。札幌市円山動物園の前身である札幌児童遊園は1951年(昭和26年)に開園した。
長らく、梅と桜の開花時期と重なるゴールデンウィーク中に限り、公園内の一部で火気の使用した飲食(ジンギスカン、バーベキューなど)が認められてきたが、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、火気使用の解禁や飲食を認めない措置が取られた。同様の措置は2021年以降[10]コロナ禍が収束した後も継続している[11]。
年表
編集- 1869年(明治 2年)、札幌本府建設着手。開拓三神鎮斎。
- 1870年(明治 3年)、東北地方から農民団が入植。
- 1871年(明治 4年)、御霊代(みたましろ)が現在地に鎮座し、社名が札幌神社(現在の北海道神宮)となる[12]。
- 1873年(明治 6年)、円山の森林を官林として保護[13]。
- 1875年(明治 8年)、福玉仙吉が神社の参道に150本のサクラの苗木を植栽[14][6]。
- 1880年(明治13年)、円山養樹園開設(1901年に旭川へ移転)[15][13]。
- 1914年(大正 3年)、円山原始林に登山道が整備され、八十八観音像を安置[13]。
- 1921年(大正10年)、円山原始林が藻岩原始林とともに国の「天然記念物」指定[16][17]。
- 1934年(昭和 9年)、市立総合運動場(現在の札幌市円山競技場)、円山庭球場竣工[18][19]。
- 1935年(昭和10年)、円山球場(札幌市円山球場)開場[20]。
- 1951年(昭和26年)、円山児童遊園(現在の札幌市円山動物園)開園[13]。
- 1954年(昭和29年)、円山補助競技場竣工[21]。
- 1995年(平成 7年)、子供の国が中島公園から移転オープン(2010年閉園)[22]。
- 2011年(平成23年)、「円山公園・北海道神宮境内域」として「北の造園遺産」選定[23]。
- 2015年(平成27年)、大通南線入口の改修工事完了[24][25]。
施設
編集- 円山動物園
- 円山総合運動場
- 円山競技場・円山補助競技場
- 円山庭球場(軟式)
- クレイコート12面(うち夜間照明有4面)
- 収容人数1,350人
- 円山球場
- 坂下野球場
- 自由広場
- 大師堂
- 歩くスキーコース(冬季)
-
札幌市円山動物園正門(2013年11月)
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札幌市円山競技場(2015年8月)
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札幌市円山球場(2015年8月)
-
大師堂(2015年8月)
植物
編集石碑・像
編集-
天皇陛下 皇后陛下 北海道開道 札幌市創建 百年行幸啓記念碑(2015年8月)
-
岩村通俊の像(2007年7月)
-
南部忠平顕彰碑(2015年8月)
脚注
編集- ^ a b “総合公園” (PDF). 札幌市. 2016年1月12日閲覧。
- ^ “札幌円山公園駐車場”. 札幌振興公社. 2016年1月12日閲覧。
- ^ “都市計画公園 個別一覧表” (PDF). 北海道. p. 15 (2012年3月31日). 2016年1月12日閲覧。
- ^ “避難場所(中央区)”. 札幌市. 2017年1月30日閲覧。
- ^ 藻岩・円山, p. 13藻岩・円山の歴史
- ^ a b c d e f g h i j k l 円山公園の歴史.
- ^ 藻岩・円山, pp. 11–12藻岩・円山の歴史
- ^ 藻岩・円山, p. 20藻岩・円山の歴史
- ^ a b c d 藻岩・円山, pp. 20–22藻岩・円山の歴史
- ^ “円山公園2年連続で「火気使用禁止」に…梅まつりも公園のBBQコーナーも中止 札幌市”. FNNプライムオンライン (2021年4月12日). 2021年4月13日閲覧。
- ^ “花見中の「ジンギスカン」は禁止 煙や臭い 札幌・円山公園”. 毎日新聞 (2024年4月6日). 2024年4月5日閲覧。
- ^ “由緒”. 北海道神宮. 2016年1月13日閲覧。
- ^ a b c d 円山の歴史.
- ^ 藻岩・円山, p. 18藻岩・円山の歴史
- ^ 藻岩・円山, pp. 18–20藻岩・円山の歴史
- ^ 藻岩・円山, p. 17藻岩・円山の歴史
- ^ 円山原始林 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- ^ “円山競技場”. 札幌市. 2016年1月13日閲覧。
- ^ “円山庭球場”. 札幌市. 2016年1月13日閲覧。
- ^ “円山球場”. 札幌市. 2016年1月13日閲覧。
- ^ “円山補助競技場”. 札幌市. 2016年1月13日閲覧。
- ^ “札幌・円山動物園内の遊園地「キッドランド」閉園へ-51年の歴史に幕”. 札幌経済新聞. ノースユナイテッド (2010年10月1日). 2016年1月14日閲覧。
- ^ “円山公園・北海道神宮境内域(札幌市)” (PDF). 日本造園学会北海道支部. 2016年1月12日閲覧。
- ^ “円山公園”. 札幌市. 2016年1月14日閲覧。
- ^ “円山公園(大通南線入口)改修概要” (PDF). 札幌市. 2016年1月14日閲覧。