ルーカス・バリオス
ルーカス・ラモン・バリオス・カセレス(Lucas Ramón Barrios Cáceres スペイン語発音: [ˈlukas raˈmon ˈbarjos ˈkaseɾes], 1984年11月13日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身のパラグアイ人サッカー選手。元パラグアイ代表。ポジションはフォワード。
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パルメイラスでのバリオス(2015年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 | Lucas Ramón Barrios Cáceres[1] | |||||
愛称 | パンサー[2] | |||||
ラテン文字 | Lucas Barrios | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
パラグアイ アルゼンチン | |||||
生年月日 | 1984年11月13日(40歳) | |||||
出身地 | ブエノスアイレス | |||||
身長 | 187cm[3] | |||||
体重 | 83kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
Mitre[4] | ||||||
Juventud de Liniers[4] | ||||||
1999-2002[4] | バラカス・セントラル[4] | |||||
Pacífico[4] | ||||||
ウラカン[5] | ||||||
アルヘンティノス・ジュニアーズ[5] | ||||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2002-2004 | アルヘンティノス・ジュニアーズ | 17 | (5) | |||
2003-2004 | → ティグレ (loan) | 16 | (0) | |||
2004-2005 | テムコ | 28 | (11) | |||
2005-2006 | ティロ・フェデラル | 12 | (1) | |||
2006-2007 | コブレロア | 39 | (26) | |||
2007 | アトラス | 14 | (1) | |||
2008-2009 | コロコロ | 53 | (49) | |||
2009-2012 | ボルシア・ドルトムント | 83 | (39) | |||
2012-2013 | 広州恒大 | 17 | (5) | |||
2013-2015 | スパルタク・モスクワ | 16 | (2) | |||
2014-2015 | → モンペリエ (loan) | 31 | (11) | |||
2015-2017 | パルメイラス | 22 | (6) | |||
2017 | グレミオ | 17 | (4) | |||
2018 | アルヘンティノス・ジュニアーズ | 12 | (4) | |||
2018 | コロコロ | 14 | (3) | |||
2019 | ウラカン | 17 | (4) | |||
2020-2021 | ヒムナシアLP | 16 | (3) | |||
2021 | デフェンサ・イ・フスティシア | 12 | (2) | |||
2022 | パトロナート | 6 | (1) | |||
代表歴2 | ||||||
2010-2017 | パラグアイ | 36 | (10) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2022年3月27日現在。 2. 2016年11月18日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
経歴
編集クラブ
編集南米やメキシコのクラブを渡り歩いた後、移籍金420万ユーロでボルシア・ドルトムントへ移籍[2]。1年目からレギュラーに定着し19得点を挙げた。2010-11シーズンは前年よりは減ったもののチーム最多の16得点を挙げ、ドルトムントの攻撃の中心としてブンデスリーガ制覇に貢献した[2]。
しかし、2011-12シーズンは故障の影響からロベルト・レヴァンドフスキにスタメンを奪われた。冬の移籍市場での放出も噂されたが残留。チームはブンデスリーガ2連覇を果たす。
2012年5月、広州恒大足球倶楽部への移籍が発表された。移籍金は850万ユーロ。契約は4年間で6月1日からの加入になる。
しかし、出場機会があまり訪れす退団を表明[6]、2013年8月10日、FCスパルタク・モスクワへの移籍が発表された[7]。
2014年8月12日、モンペリエHSCに買い取りオプション付きでのレンタル移籍が決定した[8]。
2015年7月16日、パルメイラスに移籍した[9]。契約期間は3年、背番号は10番。
2018年1月、古巣のAAアルヘンティノス・ジュニアーズに加入するに合意したと発表された[11]。
2020年1月18日、クラブ・デ・ヒムナシア・イ・エスグリマ・ラ・プラタに加入した[12]。
代表
編集母親がパラグアイ人のため2010年4月にパラグアイ国籍を取得し、5月4日にパラグアイ代表に初選出された。2010 FIFAワールドカップパラグアイ代表にも選ばれ、主将となった[13](ただしゲームキャプテンはフスト・ビジャールが務めている)。同月26日の親善試合・アイルランド戦で初出場を果たし、初得点も挙げた。ワールドカップでは無得点に終わったものの全5試合に出場し、パラグアイの初のベスト8進出に貢献した。
コパ・アメリカ2011でもレギュラーとして全試合に出場。グループリーグのベネズエラ戦の1得点のみに終わったものの、パラグアイの準優勝に貢献した。しかし決勝のウルグアイ戦で負傷してしまい、開幕を控えたブンデスリーガの序盤戦の欠場を余儀なくされた。
プレースタイル
編集両足やヘディングによる得点力だけでなく、フィジカルを活かしたボールのキープやオフ・ザ・ボールの動きで、味方にスペースを与える能力に長けている[2]。
タイトル
編集クラブ
編集- プリメーラ・ディビシオン:1回 (2008クラウスーラ)
- コパ・ド・ブラジル:1回 (2015)
- カンピオナート・ブラジレイロ:1回 (2016)
- コパ・リベルタドーレス:1回 (2017)
個人
編集- プリメーラ・ディビシオン得点王:2回 (2008アペルトゥーラ, 2008クラウスーラ)
- IFFHS年間最多得点:1回 (2008)
- パラグアイ年間最優秀選手:1回 (2010)
- コパ・ド・ブラジル得点王:1回(2017)
脚注
編集- ^ “FIFA World Cup South Africa 2010 – List of Players – Paraguay”. FIFA. 16 June 2010時点のオリジナルよりアーカイブ。18 October 2011閲覧。
- ^ a b c d [1]
- ^ “Lucas Ramón Barrios Cáceres”. Palmeiras. Sociedade Esportiva Palmeiras. 16 July 2015閲覧。
- ^ a b c d e http://www.hoy.com.py/deportes/lucas-barrios-podria-jugar-en-san-lorenzo
- ^ a b http://www.elgrafico.com.ar/2009/02/27/C-1367-lucas-la-pantera.php
- ^ バリオス、広州恒大を非難し中国に別れGoal
- ^ 広州恒大、バリオスのロシア移籍を発表Goal
- ^ モンペリエがバリオス獲得を発表Goal
- ^ “パラグアイ代表FWバリオスがパルメイラスへ”. goal.com (2015年7月17日). 2018年4月12日閲覧。
- ^ “香川の元同僚FWルーカス・バリオス、グレミオへ移籍「正しい決断を下した」”. サッカーキング (2017年2月26日). 2020年1月18日閲覧。
- ^ “香川真司の元同僚パラグアイ代表FWバリオスが13年半ぶりに古巣復帰”. 超ワールドサッカー (2018年1月12日). 2020年1月18日閲覧。
- ^ “Lucas Barrios se sumó al Lobo” (スペイン語). Club de Gimnasia y Esgrima La Plata (2020年1月17日). 2020年1月18日閲覧。
- ^ パラグアイ代表23名発表、バリオスが主将にlivedoorスポーツ、2010年6月1日
外部リンク
編集- 公式ウェブサイト
- Lucas Barrios profile at Fútbol XXI at the Wayback Machine (archived dmy)
- ルーカス・バリオス - BDFA
- ルーカス・バリオス - fussballdaten.de
- ルーカス・バリオス - kicker.de
- ルーカス・バリオス - National-Football-Teams.com