ル・トゥール・デュ・モンド
ル・トゥール・デュ・モンド (仏:Le Tour du monde) は、1860年1月に創刊したフランスのイラスト入り旅行週刊誌[1]。1895年からは「Le Tour du monde, journal des voyages et des voyageurs」(世界中の旅行と旅行者の日記)というタイトルで1914年7月まで出版された。また、雑誌刊行後も順次年次版の書籍に編纂され、通巻で全99冊出版された。
ル・トゥール・デュ・モンド Le Tour du monde | |
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年次版 第5巻 (1862年) | |
ジャンル | 旅行・探検 |
刊行頻度 | 週刊(書籍版は年2回刊) |
発売国 | フランス |
言語 | フランス語 |
出版社 | アシェット・リーブル |
発行人 | エドゥアール・シャルトン |
刊行期間 | 1860年 - 1914年 |
歴史
編集本誌の第一期シリーズ『 Le Tour du monde, nouveau journal des voyages 』は、百科全書的なグラフィック雑誌「ル・マガザン・ピトレスク」の編集長であるエドゥアール・シャルトンが、ルイ・アシェットの支援のもとに創刊した。誌面はテキストと木版画で構成されており、まず週刊小冊子の形式で駅の売店で販売したものを、半年ごとに年次版の書籍にまとめて書店で販売した。1895年には第二期シリーズとして「Le Tour du monde, journal des voyages et des voyageurs」[1]というタイトルで刊行を開始した。この頃になると、図版には写真版画や多色石版が使われるようになった。
本誌は購買層を著名人に絞り、エリゼ・ルクリュ、ジョン・パリサー、フランソワ・エドゥアール・レーナルなどの学者や探検家のほか、ジャック・ギオー、ギュスターヴ・ドレ、エドゥアール・リウー、シャルル・バルバンなど百名以上の画家や版画家を起用して、毎週旅行と探検に関する情報を提供した。これは当時の文化人たちにも影響を与えたが[2]、結果的にこれらの遠征が行なわれた19世紀末から20世紀の始まりにかけての時期、すなわち1860年代初頭のナイル川の水源の発見から1911年末の南極点到達までの50年間は、西洋人による世界探検が実り多かった最後の時期となった。
『ル・トゥール・デュ・モンド』は年次版書籍の第一期シリーズを68巻、第二期シリーズを31巻刊行したのち、1930年2月に雑誌社の「レクチュール・プール・トゥス」に買収された。
内容
編集各号は少なくとも16ページ以上で、ヘッダの下部または表紙全体にモノクロームのイラストが使われ、本文では半ページから3ページ分がそれに充てられた。それらの版画はシャルル・ラウレの工房で印刷されている。創刊年には52号分が刊行されたが、刊行履歴に見られるとおり、ひとつの旅行記がしばしば複数の号にまたがって掲載されており、巻数と号数に食い違いがある。
1860年の刊行履歴
編集- 001 - トルキスタンへの旅行者アドルフ・シュラーギントヴァイトの死。1857年、16ページ
- 002 - ジョン・フランクリンと彼の仲間
- 003 - オーストリアのフリゲート艦、ノヴァラ号の世界一周旅行。1857-59年
- 004 - コーチシナの未発表通信から取られたメモ。1859年
- 005,006 - ギヨーム・レジャンによるアルバニアとモンテネグロへの旅。1858年、32ページ
- 007 - アムール川の源流から河口までの探検。
- 008, 020,021 - カスピ海の海岸線を辿る。48ページ
- 009,010,011 - グロ男爵の中国と日本への旅。アルフレッド・モジュ侯爵による記録。1857-58年、48ページ
- 012 - エリゼ・ルクリュのニューオーリンズ旅行記録から。1855年
- 013 - ジョン・マクドナルド号による赤道上の航海。アンリ・ミシュランによる報告。
- 014 - モロッコ旅行。1670-1789-1860年
- 015 - ジョヴァンニ・マリア・マスタイ=フェッレッティによる南アメリカ旅行。ジェノヴァからサンティアゴまで。1823-24年
- 016 - チャールズ・ジョン・アンダーソンの南アフリカ探検と狩り。
- 017 - アメリカ海軍、エリシャ・ケント・ケーン博士によるニューヨークから北緯82度線までの北極海探検記から。1853-54-55年
- 018,019 - ジョン・パリサーのロッキー山脈探検。1857-59年
- 020,021 - バクーからトビリシまでのカスピ海と黒海の旅。1858年
- 022,023,024 - ボールドウィン・ミュールハウゼンによるミシシッピ川から太平洋岸までの航海。1853-54年、48ページ
- 025,026 - パレスチナ旅行 (1856-59年)エルサレムでの15日間(1856年)
- 027 - フェリックス・ブーケロットのシチリア島での一か月。1843年
- 028,029 - アルテュール・ド・ゴビノー伯爵のペルシアの旅。1855-58年、32ページ
- 030 - アントニー・トロロープの西インド諸島への旅。1858-59年
- 031,032 - ポール・リアンによるスカンディナヴィア諸国への旅。
- 033,034,035 - アントナン・プルーストのアトス山への旅。48ページ
- 036 - チャールズ・ダーウィンの旅。ガラパゴス諸島、群島、環礁、珊瑚島。
- 037,038 - Ouvarovskiのヤクーチアへの旅。1830-39年
- 039,040,041 - アフリカ中心部への旅と発見。ハインリヒ・バルト博士の報告。1849-55年、48ページ
- 042 - ウォーガン男爵のカリフォルニアへの旅と冒険。1850-52年
- 043,044,045 - ベンガル工兵隊、ヘンリー・ユール大尉によるビルマ、アヴァ王朝への旅。1855年
- 046,047,048 - リチャード・フランシス・バートン大尉の南アフリカ大湖沼の旅。1857-59年、48ページ
- 049 - リチャード・ヘンリー・デイナのキューバ島への旅。1859年
- 050,051,052 - アドルフ・ジョアンの旅。1850-60年、48ページ
画家一覧
編集イラスト・ギャラリー
編集-
ロムスダール渓谷
(ノルウェー)
-
ヤラ渓谷
(オーストラリア)
脚注
編集- ^ a b Notice bibliographique, dans Catalogue général de la BNF, en ligne.
- ^ たとえば作家のジュール・ヴェルヌはフランソワ・エドゥアール・レーナルが寄稿した記事から小説「ロビンソンおじさん」(L'Oncle Robinson)を創作し(未完)、「十五少年漂流記」にも一部を引用している。
参考文献
編集- Jean-Pierre Bacot, « Le Tour du monde », dans La Presse illustrée au XIXe siècle : une histoire oubliée, Limoges, PULIM, 2005,ISBN 2-84287-363-7
- Guy Gauthier, Édouard Riou, dessinateur : entre le 'Tour du monde' et Jules Verne, 1860-1900, Paris, L'Harmattan, 2008. ISBN 978-2-296-06319-8
- Gilbert Grellet, Aux frontières du monde, Paris, Jean Picollec, 2011. ISBN 978-2-86477-254-5 — inspiré du magazine "Le Tour du monde".
- Hélène Sirven, L'image de l'Océanie à travers la revue 'Le Tour du monde' (1860-1914) : Figures de l'exotisme, Paris, Université Paris 1, 1994 (thèse de doctorat).
関連紙誌
編集- ※発刊順に列記
外部リンク
編集- Le Tour du monde (années 1860-1913) en ligne sur Gallica, la bibliothèque numérique de la BnF.
- Le Tour du Monde (1860-1914), cartographie des lieux et espaces des récits publiés (Europe exclue)