ポール・ルイス (: Paul Lewis1960年7月3日[1] - ) は、オーストラリアメルボルン出身の元モーターサイクル・ロードレーサー

経歴

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1983年、オーストラリアでプライベーターとしてスズキ・RGB500で参戦したバサースト1000レースでトップ争いを演じ、最終ラップにコースアウトしてしまったがニュー・スターとして脚光を浴びる。

イギリスに渡りロードレースイギリス選手権に参戦し、ドニントン・パークを得意としイギリスレース界でも実力を買われた[2]。ロードレース世界選手権 (WGP) 500ccクラスにプライベート参戦でのスポット出場を経て、1986年、イギリスに拠点を置くスズキ系名門チーム「ヘロン・スズキ」と契約し、スコールバンディットカラーのスズキ・RG-Γ500で500ccクラス(現MotoGP)にフルエントリーした。このマシンはヘロンチームがチバガイギー社と協力して制作した独自のカーボンファイバー・ハニカム素材のボックスフレームや、ホワイトパワー社の倒立フロントフォークなど斬新な技術投入がされていたが、エンジンはスクエア4エンジンでヤマハやホンダのV型4気筒エンジンのストレートパワーには劣っており、スズキではV型4気筒はまだ完成していなかった。ルイスはこのマシンを特徴的な深いバンク角のコーナリングで操り転倒も何度か喫したが、最新型マシンのライバルに食い込み、10位以内に3度入る健闘を見せた。

その後はイギリスに暮らしながらアメリカのレースにも参戦し、デイトナ・ツインズを制する。1990年でレーサーを引退したが、結局イギリス・メイデンヘッド近郊に26年間暮らしていた。1996年にはレースに一時復帰した。

引退後は、オーストラリアでハーレーダビッドソンの販売店をいくつか経営するほか、 Salt Motorcycles社の代表を務める。同社はKTMの300ccダート用バイクをベースとしたカフェレーサーのカスタムなどを手掛けている。ハーレーダビッドソンUKとのパイプも持ち、2010年代以後もモーターショーやハーレーのプロモーションで時折イギリスを訪れている[3]

レース戦歴

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ロードレース世界選手権

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脚注

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  1. ^ 1986 GRAND PRIX MAP グランプリ・イラストレイテッド No.9 / 5・6月合併号 28頁 1986年6月1日発行
  2. ^ ex-500cc GP racer, Aussie Paul Lewis MOTOS and friends 2022年4月13日
  3. ^ Paul Lewis returns ‘home’ for XR1200 series MCN 2014年11月24日