ホセ・クレメンテ・オロスコ
ホセ・クレメンテ・オロスコ(Template:Lang^es, 1883年11月23日 - 1949年9月7日)は、メキシコの象徴主義の画家、メキシコ壁画運動の著名な芸術家。
ホセ・クレメンテ・オロスコ José Clemente Orozco | |
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1930年 | |
生誕 |
1883年11月23日 メキシコ シウダード・グスマン |
死没 |
1949年9月7日(65歳没) メキシコ メキシコシティ |
生涯
編集ハリスコ州のサポティアン(Zapotlán)に生まれる。学校の通学路の近くに、著名な風刺版画家のホセ・グアダルーペ・ポサダ(José Guadalupe Posada)のアトリエがあった。そこで見学して、色彩感覚などを学んだとしている。国立農業学校で農業技師の資格を得るが、卒業後、サン・カルロス美術アカデミーに通う。20歳ごろ、火薬を爆発させてしまい左手を失う。
1911年の国立美術学校のストライキに参加する。メキシコ革命さなかの1922年の技能労働者・画家・彫刻家連合にも参加する。壁画運動にも加わり、ディエゴ・リベラともに、メキシコ壁画運動を担う。オロスコ自身は、どちらかというと、メキシコ革命に批判的だったと言われる。古代メキシコ神話やメキシコの市井の市民の姿を題にして、壁画を描いた。1925年に、メキシコ市庁舎に「オムニセンス」(Omnisciencia)なる壁画を描くが、左派的な勢力の批判を受けて、1927年にアメリカ合衆国に移る。アメリカのダートマス大学の壁画を完成させる。その他、アメリカにも、オロスコの壁画がある。
1934年にメキシコに帰国する。工場の機械文明に批判的なタブローを描く。国立芸術宮殿の壁画『カタルシス』や国立師範学校野外劇場の壁画『国民的寓意』等、数々の壁画を残す。
日本のメディアでは、2009年8月13日に、NHKの『アートエンターテインメント 迷宮美術館』で、ホセ・クレメンテ・オロスコ特集が放映されている。また、名古屋市美術館に、オロスコの作品「メキシコ風景」が、コレクションとして収められている。
代表作
編集- 立ち上がる僧侶イダルゴ (ハリスコ市庁舎)
- 死者
- メキシコ風景 (名古屋市美術館蔵)
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壁画、Omniciencia (1925)の一部
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Gods of the Modern World
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San Ildefonso Collegeの廊下の壁画