ハシドイ学名: Syringa reticulata)は、東アジア原産のモクセイ科ハシドイ属の樹木である。

ハシドイ
開花期のハシドイ
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
: シソ目 Lamiales
: モクセイ科 Oleaceae
: ハシドイ属 Syringa
: ハシドイ S. reticulata
学名
Syringa reticulata (Blume) H.Hara (1941)[1][2]
シノニム
和名
ハシドイ

形態

編集

落葉性広葉樹で最大樹高12m、胸高直径3mに達する亜高木[4]樹皮は平滑、灰褐色で横向きの条線が良く目立ちサクラ類の樹皮に似る。一年生枝には明瞭な皮目がある[4][5]。葉は交互対生するか3枚が輪生する。葉は広卵形で先端はやや尖るが根元は円に近い特徴的な形で鋸歯は無い(いわゆる全縁)[4]。葉は全体的にやや厚いことも特徴の一つ[6]

花は両性花で20cm前後の円錐花序が出てそこに白い小花を多数つけるも。モクセイ科に共通の合弁花で花冠の根元は癒着する。先端は4裂、雄蕊は2本[4]。花色ははじめ白いが、花の盛りの時期を過ぎると黄色みが強くなる[6]。花はライラックと同様に芳香があるが、開花時期は本種の方がやや遅い[6]花粉はほぼ球形、両極を結ぶ3溝孔、花粉粒全面に網目状の彫紋があるというモクセイ科全体に共通するものである。モクセイ科の花粉は網目の大きさなどに若干の差があるが、違う属であってもよく似た形態になっている[7]。開花時期は初夏、果実は蒴果で同年秋には熟す。種子には翼がある。

ハシドイの冬芽は仮頂芽タイプで、2つが並ぶ対生になる。これに対し、同科トネリコ属は頂芽が発達する。側芽も原則として対生に並ぶが、一年生枝は左右でややずれる亜対生となるときがある。芽鱗は5対程度で形は卵型、色は褐色となる。側芽は下のものほど小さく、春の展葉時には頂芽だけが開く[8]。葉痕は突き出した半円形や三日月形で、小さな維管束痕が多数並ぶ[5]

根系は浅根性で水平根が多いが、垂下根も幾らか伸ばす。細根は地表付近に多いが深部にも出す[9]

類似種

編集

近縁種の判別は葉および幼条の毛の有無が大きなポイントで、他に葉や古枝の色形を見ることで見分けられる[10]

生態

編集

同科トネリコ属(タモ類)の樹木と共に渓流沿いや湿地周辺などに比較的よく出現する樹種とされる[11]群衆生態学や植物社会学的には湿地に出現する樹種のうち、特にハルニレが生えるような場所に出現する樹木としてハシドイやヤチダモが上がることが多い[12]

河畔以外にも他の植物が嫌う石灰岩質の土壌でもしばしば観察され、耐性があると見られる[13][14]。石灰岩地に出現する植物は栄養学的にアルミニウムマンガンの過剰、およびカルシウムカリウムリン酸などの欠乏に敏感だと考えられている[15]

更新は実生によるもののほか、萌芽更新をよく行うことも生態的な特徴の一つである[16][17]

シカが好む植物の一つである。樹皮剥ぎをされるとニレ類ほどではないが、時に枯死することもある[18]。シカによる樹皮剥ぎの目的には食物としてのものと角を研ぐためのものがある。どちらかに偏る樹種もあるが、ハシドイの被害はどちらもみられるという[19]

テントウムシ類によく似たハムシであるテントウノミハムシはモクセイ科樹木の葉を食べ、本種もその対象の一つであるがヒイラギモクセイムラサキハシドイ(ライラック)やキンモクセイと比べるとハムシの嗜好性は比較的低くあまり食べられないという[20]

分布

編集

東アジア地域。本種及び本種とは変種関係にあるマンシュウハシドイも含めると日本、および朝鮮半島一帯とその周辺に分布するとされている。

人間との関係

編集

風致

編集

ライラックの近縁種であり、芳香のある花を付けることから庭園樹、並木に用いられることがある。ただし、ライラックに比べると庭園や公園に植えられることは極めて少なく、幹肌が美しくないことがその理由になっているとみられている[6]。苗木作成法は実生で十分で、秋に採取した種子を採り撒きないし春に撒く。採り撒きした場合、翌年春ではなく翌々年に春がするものも多い。平均最終発芽率は50%前後。実生は水切れとさび病に弱いので日陰管理かつ殺菌剤を適宜散布する[21]

木材

編集

ハシドイの道管の道管の配置は散孔材である。同科トネリコ属は一般に環孔材である[22]。気乾比重は0.6程度、辺材は黄白色、心材は黄褐色で境は明瞭である[4]。材は極めて堅く、水に強くて腐りにくいことで知られており、土台や杭の材に用いられる[23]

薬用・香料

編集

花には芳香があり、花および根を香料ないし香料の賦与剤として使うことがある[24]

種の保全状況

編集

関東地方以南を中心にレッドデータブックに掲載する都道府県は多い。山形県埼玉県奈良県徳島県福岡県で絶滅危惧Ⅰ類、新潟県山梨県静岡県三重県島根県広島県愛媛県で絶滅危惧Ⅱ類、愛知県岐阜県で準絶滅危惧種に指定されている。近縁種マンシュウハシドイ(ハシドイと別種ではなく変種関係にすることがある)は熊本県および宮崎県で絶滅危惧Ⅰ類、岩手県で情報不足とされている[25]

象徴

編集

アイヌの重要な儀式用具であるイナウの幹の部分にハシドイを用いることがあった。ハシドイ材で作ったイナウは地面に挿しておいても腐りにくいことが高く評価されていた。昔ハシドイを用意できずにカツラ材でイナウを作った男がいたが、ほどなくしてイナウが腐って倒れてしまい、男も死んでしまったというような言い伝えもあったという[26]。ハシドイは火にくべたときによく爆ぜることから、おしゃべりの好きな火の神の木であるとする地方もあるという[27]

自治体の木

編集

名称

編集

標準和名「ハシドイ」の由来はよくわかっていない。一説には開花期の見た目に因む説がある。花序がある高さに固まって咲く姿、特に最上部のものは端部に集まって咲いているように見えることから「端に集う花の木」ということで「ハシツドイノキ」が「ハシドイ」に転訛したというものである[28]。方言名由来説もあり、倉田(1963)には木曽地方の方言名として「ハシドイ」が掲載されている[29]。由来不明とすることも多い。

同科のトネリコ属(いわゆるタモ類)が多数の方言名を持つのに比べて、ハシドイの方言名は非常に少ない。数少ない名前もだいたいはほかの樹木に似ていることを指すものであり「ドスナラ」(北海道)、「ヤチカバ」「サカバ」「サワカバ」(岩手県ほか)、「ヤチザクラ」「クソザクラ」(甲信地方)[29]、「エゴノキ」(尾張地方)[30]などがある。サクラに似ているという名前が多く、実際に樹皮や葉は若干似る。樺細工に使うのもサクラが多く、「カバ」系もここからとみられるが、樹皮が薄く剥がれるところなどはシラカンバなどのカバノキ属Betula)にも似る。「ナラ」は材質の硬さに因むとみられる。標準和名エゴノキStyrax japonicaエゴノキ科)は初夏に白い花が咲く亜高木である点や白い花が固まって咲く点がハシドイに若干似る。

近年の北海道は地域によっては樹木の方言名の残存率が非常に低いことが指摘され、足寄町における調査ではイチイTaxus cuspidata)を「オンコ」と呼ぶことぐらいしか確認できず、ハシドイにも方言名は無かったという[31]

アイヌ語名は樹木全体を指して「プンカウ」ないし「プスニ」と呼び、特に「プンカウ」は北海道全域で通じたという。「プスニ」(跳ねる木)はやや崩れた表現で日常的にはこちらを主に使う地方もあった。由来はハシドイを火にくべたときによく爆ぜるからだという[27]。宮部(1949)では「プスニ」は知里(1953)と同じ、「プンカウ」の意味は「柱の木」としている[32]

変種関係にあるマンシュウハシドイの「マンシュウ」は満州で分布地に因むもの。種小名 reticulataは「網目の」という意味があるが[33]、どの部分を指したものなのかは不明である。

種類

編集

次の3つの亜種に分けられる。

  • S. reticulata subsp. reticulata:日本に分布
  • S. reticulata subsp. amurensis (Rupr.) P.S.Green & M.C.Chang(syn. S. reticulata var. mandschurica (Maxim.) H.Hara)マンシュウハシドイ:中国東北部・朝鮮・沿海地方・日本に分布
  • S. reticulata subsp. pekinensis (Rupr.) P.S.Green & M.C.Chang.:中国中北部に分布

脚注

編集
  1. ^ H. Hara (1941) Observationes ad Plantas Asiae Orientalis (XVII). 植物研究雑誌 17(1), p.18-26. doi:10.51033/jjapbot.17_1_2481
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Syringa reticulata (Blume) H.Hara ハシドイ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2024年3月9日閲覧。
  3. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Ligustrina japonica (Maxim.) L.Henry ハシドイ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2024年3月9日閲覧。
  4. ^ a b c d e 林弥栄 (1969) 有用樹木図説(林木編). 誠文堂新光社, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000001136796(デジタルコレクション有)
  5. ^ a b 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 46
  6. ^ a b c d 辻井達一 1995, p. 274.
  7. ^ 三好教夫, 藤木利之, 木村裕子 (2011) 日本産花粉図鑑. 北海道大学出版会, 札幌. 国立国会図書館書誌ID:000011156282
  8. ^ 四手井綱英, 斎藤新一郎 (1978) 落葉広葉樹図譜 ―冬の樹木学―. 共立出版, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000001394408 (デジタルコレクション有)
  9. ^ 苅住昇 (2010) 最新樹木根系図説 各論. 誠文堂新光社, 東京.国立国会図書館書誌ID:000011066224
  10. ^ 初島住彦 (1976) 日本の樹木―日本に見られる木本類の外部形態に基づく総検索誌―. 講談社, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000001121521(デジタルコレクション有)
  11. ^ 浅井達弘ら (1980) 浦幌地方の天然生針広混交林の林分構造と生長量. 北海道林業試験場報告 18号.
  12. ^ 鈴木伸一, 阿部聖哉, 中村幸人, 村上雄秀 (2017) 日本の森林群落体系の再検討 ―山地渓畔・湿生林(シオジ-ハルニレオーダー);2017 年版―. 生態環境研究 24(1), p.27-34. doi:10.24600/ecohabitat.24.1_27
  13. ^ 山中二男 (1964) 四国地方の石灰岩地帯の植物相9. 植物分類,地理, 21(1-2), p.29-33. doi:10.18942/bunruichiri.KJ00001077931
  14. ^ 清水建美 (1959) 石灰岩地帯の植物群落の組成的特徴 : 伊吹山の場合. 日本生態学会誌 9(3), p.128-134. doi:10.18960/seitai.9.3_128
  15. ^ 清水正元 (1960) 土壤反応と植物の生育. 日本草地研究会誌 5(2), p.78-80. doi:10.14941/pregrass.5.2_78
  16. ^ 真鍋逸平 (1991) ヨーロッパアカマツ造林不成績地に天然更新した落葉広葉樹について. 京都大学農学部演習林集報 21, p.55-64.
  17. ^ 佐藤俊彦 (1999) 萌芽更新を利用した広葉樹林の施業. 光珠内季報 116, p.14-17.
  18. ^ 高橋康夫, 犬飼雅子, 井口和信, 高橋郁雄, 山本博一 (1997) エゾシカの食害による森林被害 : 岩魚沢大型固定試験地の事例(会員研究発表論文). 日本林学会北海道支部論文集 45, p.84-87. doi:10.24494/jfshb.45.0_84
  19. ^ 高柳敦, 古本浩望, 渡邊康弘ら(1991)北海道演習林白糠区におけるエゾシカによる樹皮剥離. 京都大学農学部演習林報告 22, p.13-27.
  20. ^ 井上大成 (1990) テントウノミハムシArgopistes biplagiatus MOTSCHULSKYの千葉県における加害様相と発生経過. 日本応用動物昆虫学会誌 34(2), p.153-160. doi:10.1303/jjaez.34.153
  21. ^ 斉藤晶, 佐藤孝夫 (1981) 緑化樹木の苗木養成法. 光珠内季報 50, p.26-35.
  22. ^ 伊藤隆夫 (1999) 日本産広葉樹材の解剖学的記載Ⅴ. 木材研究・資料 35, p.47-175.
  23. ^ 辻井達一 1995, p. 275.
  24. ^ 村上孝夫 監修, 許田倉園 訳 (1991) 中国薬用植物図鑑. 廣川書店, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000002109197 (デジタルコレクション有)
  25. ^ ホーム > 種名検索 日本のレッドデータ検索システム. 2024年12月20日閲覧
  26. ^ ジョン・バチラー 著, 安田一郎 訳 (1995) アイヌの伝承と民俗. 青土社, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000002417997 (デジタルコレクション有)
  27. ^ a b 知里真志保 (1953) 分類アイヌ語辞典. 第1巻 (植物篇). 日本常民文化研究所, 横浜. 国立国会図書館書誌ID:000000935969 (デジタルコレクション有)
  28. ^ 高橋勝雄, 長野伸江, 茂木透, 松見勝弥 (2018) 樹木の名前 (山溪名前図鑑). 山と渓谷社, 東京. 国立国会図書館書誌ID:028804873
  29. ^ a b 倉田悟 (1963) 日本主要樹木名方言集. 地球出版, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000001050277 (デジタルコレクション有)
  30. ^ 農商務省山林局 編 (1916) 日本樹木名方言集. 大日本山林会, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000000904366 (デジタルコレクション有)
  31. ^ 内海泰弘, 古賀信也 (2024) 北海道足寄町における伝統的な樹木の名前と利用法およびその知識の消失. 九州大学農学部演習林報告 105, p.1-4. doi:10.15017/7172205
  32. ^ 宮部金吾 (1949) アイヌ植物名について. 植物研究雑誌 24(1-12), p.2-7. doi:10.51033/jjapbot.24_1-12_3093
  33. ^ 豊国秀夫 編 (2009) 復刻・拡大版 植物学ラテン語辞典. ぎょうせい, 東京. 国立国会図書館書誌ID:023049688

参考文献

編集

関連項目

編集