デブレツェン
ハンガリーの都市
デブレツェン(ハンガリー語:Debrecen、ドイツ語:Debreczin)はハンガリーの都市。ハイドゥー・ビハール県の県庁所在地。ブダペシュトに続いてハンガリー第二の都市である。
デブレツェン Debrecen | |||||
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位置 | |||||
デブレツェンの位置 | |||||
座標 : 北緯47度31分48秒 東経21度38分21秒 / 北緯47.53000度 東経21.63917度 | |||||
行政 | |||||
国 | ハンガリー | ||||
県 | ハイドゥー・ビハール県 | ||||
市 | デブレツェン | ||||
市長 | パップ・ラースロー | ||||
地理 | |||||
面積 | |||||
市域 | 461.25 km2 | ||||
標高 | 121 m | ||||
人口 | |||||
人口 | (2022年現在) | ||||
市域 | 200,225人 | ||||
人口密度 | 434人/km2 | ||||
備考 | [1] | ||||
その他 | |||||
等時帯 | 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1) | ||||
夏時間 | 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2) | ||||
公式ウェブサイト : http://www.debrecen.hu/ |
歴史
編集1361年、都市特権を獲得した。16世紀半ば、宗教改革が進展する中でカルヴァン派の拠点となった。1555年よりオスマン帝国の支配下に入るが、カルヴァン派信仰が帝国によって容認されたため、その信仰は維持された。1848年、ハンガリーで独立運動が起こった際は、この地に政府と議会がおかれた。1849年にコシュートが独立を宣言するが、オーストリア軍の鎮圧によって独立運動は頓挫した。1944年、反ナチス政権がこの地で臨時政府を樹立した。
地勢・産業
編集交通の要所であり、中世より農作物集散の地として栄えた。現在も、穀物や牛、豚などの生産が盛んな農業地域である。近隣の都市としては、約90キロ北西にミシュコルツが位置している。ルーマニア国境に近く、約55キロ南東にルーマニアのオラデアが位置している。
交通
編集スポーツ
編集ハンガリーの強豪サッカークラブの一つ、デブレツェニVSCの本拠地である。
近年は多くの国際スポーツ大会を開催している。2001年に世界ユース陸上競技選手権大会、2002年に世界体操競技選手権、2006年に世界ロードランニング選手権大会、2007年にヨーロッパ短水路選手権、2016年には世界ジュニアフィギュアスケート選手権が開催されている。
姉妹都市
編集出身者
編集- ゾルト・バウムガルトナー - ハンガリー人初のF1ドライバー
- イムレ・ラカトシュ - 哲学者
- サボー・マグダ - 作家
- イロナ・プルニ - ピアニスト
- ヴィヴィアン・ケストヘイ - 女性レーシングドライバー
脚注
編集- ^ “Detailed Gazetteer of Hungary”. 2024年6月8日閲覧。