ディラックスピノル(英: Dirac spinor)とは、場の量子論においてフェルミ粒子である既知のあらゆる基本粒子(ただしニュートリノを除く)を記述するスピノル。これは、ディラック方程式の解となる平面波に現れる2つのワイルスピノルの特定の組み合わせであり、具体的にはローレンツ群の作用下で「スピノルらしきもの(spinorially)」に変わるバイスピノル(英語版)である。
ディラックスピノルは多くの点で重要かつ関心が高い。何よりも、自然界にある既知の基本粒子ことフェルミ粒子の全て(電子やクォークも含む)を記述するので重要である。代数的には、ある意味でベクトルの「平方根」として振るまう。これは直接検査から容易く判明することはないが、直近60年間に及ぶ蓄積でスピノル表現が幾何学の基本であることが徐々に明らかとなりつつある。例えば、事実上全てのリーマン多様体にはスピノルがあり、クリフォード代数を介してスピン接続(英語版)がそれらの上に構築される。ディラックスピノルはミンコフスキー空間とローレンツ変換に固有のものである。
本項の記述は、場の量子論テキストにあるディラックスピノルの標準的表現に固有の表記法や法則を用いて、教育的見地で説明したものである。主に平面波の代数解に焦点を当てている。ローレンツ群の作用下におけるディラックスピノルについては触れていない[1]。
本項はディラック表現におけるディラックスピノルに傾注したものである。これはガンマ行列の固有表現に対応しており、ディラック方程式の正と負のエネルギー解を示す場合に最も適したものである。それ以外の表現もあり、特にキラル表現はディラック方程式の解のキラル対称性を実証するのに適している。キラルスピノルは、後述するディラックスピノルの線型結合として記述される場合もある。それゆえ、解の離散的対称性に関する視点の変化以外には何の得失もない。
ディラック方程式は以下の形式を取る。
四成分スピノル の形式を導出するために、まずは行列 及び の値を示す必要がある:
これら2種類の 4 × 4 行列は、ディラック基底のガンマ行列(Gamma matrices)と関係する。ここで、 と は 2 × 2 行列を示す。
次のステップは、この形式に対する解の計算である。
,
同時に、 を2つの2成分スピノルに分割する:
.
上記の関係全てをディラック方程式に代入すると、以下のようになる:
.
この行列方程式は、実は2つの対となる方程式である:
-
-
2つ目の方程式を について解くと、以下のように書ける:
1つめの方程式を について解くと、次式が求まる:
この解は、反粒子と粒子との関係を見るのに都合がよい。
2成分スピノルのもっとも便利な定義は次の通りである。
及び
パウリ行列は以下のものである[2]。
粒子のエネルギー及び静止質量を初めに分けているので、上記を用いて運動量の項について次のように計算できる。
粒子は「正」のエネルギーを持つ物として定義される。4成分スピノル は、 となるように正規化される。これらのスピノルは、 と表記される。
ここで または (「上」と「下」のスピン)
明らかに、次の様になる:
「正」のエネルギー を持つ反粒子は、「負」のエネルギーを持ち、時間を遡る向きに伝わる、粒子として定義される。
そこから、粒子の4成分スピノルにおいて、 と の符号を変えることによって、反粒子の4成分スピノルが得られる:
ここで、 による解を選ぶと、次の式は自明に導かれる:
及び
4成分スピノル 及び に対する完備性の関係式は次の通りである:
ここで、
ディラック表記のガンマ行列は4×4行列の組で、スピンや電荷、演算子として用いられる。
計量表示と群表現については、物理学の文献においても、慣用されるいくつかの取り方がある。ディラック表記のガンマ行列は、普通、 を0から3の値として、 と書かれる。この表記において、0は時間に、1から3は空間のx、y、zに相当する。
(+ - - -) の計量表示は時々西海岸計量と呼ばれる。一方 (- + + +) は東海岸計量と呼ばれる。今日では、(+ - - -) の計量表示が一般的であり、以下で例を示す際もこちらを用いる。計量表示を切り替える場合は、全ての に を乗じる。
計量表示を定めても、4×4行列による群表現を構築する方法は沢山あり、多くの方法が広く使われている。ここでの例を極力一般化した形で見せるために、最後の段階まで群表現を固定せずに、話を進める。最後に、著名な大学院向け教科書[3]で行われているように、「カイラル (chiral) 表現」もしくは「ワイル (Weyl) 表現」と呼ばれる群表現を代入する。
まず電子と陽電子についてのスピンの向きを選択する。上で議論したパウリ代数の例[4]と同様、スピンの向きを3次元単位ベクトル で定義する。ペスキンとシュレーダーの教科書での取り決めと同様に、方向 のスピンに対応するスピン演算子は、 と との内積として定義する:
注目すべきは、上のが1の累乗根で有ることで、すなわち、二乗すると1になる。続けて、この演算子から、ディラック代数の、 の方向に合わせたスピンを持つ部分代数を、映し出す射影作用素を、導くことができる:
この段階で、電荷を +1 (陽電子) に取るか -1 (電子) に取るか選択する必要がある。ペスキンとシュレーダーの教科書での取り決めに従うと、電荷の演算子は となる。即ち、電子の状態は、この演算子についての固有値 -1 を取り、一方陽電子の状態は固有値 +1 を取ることになる。
注目すべきは、 もまた1の累乗根となることである。その上、 は と交換関係がある。
これらはディラック代数に対する交換するオブザーバブルの完全集合を形成する。この例で続けて、 の方向のスピンを持つ電子の表現を求める。
この節の 加筆が望まれています。 (2022年6月) |