テラヘルツ波(テラヘルツは)とは、電波の中間の周波数領域にある電磁波である[1]。テラヘルツ波の周波数は、1 THz波長300 μm)前後である[2]

マウナケアでの1–3 THz帯における透過

概要

編集

光波電波の中間領域に当たり、光学測定系の構築が可能と言う特長を持つ。大気中では、おもに水蒸気による吸収により減衰が大きく、伝搬距離が限られる。

また、分子結晶などの固有の振動周波数が存在する。発生と検出が困難であるため、ようやく非破壊検査宇宙観測などでの応用の緒に就いたところである。

テラヘルツを利用した技術に、テラヘルツ時間領域分光法がある。テラヘルツ波の発生と検出には光伝導アンテナや電気光学結晶(非線形光学結晶。例:ZnTe)を用いることにより、プローブパルス光が光伝導スイッチなどに照射された瞬間のテラヘルツ電場に比例した信号を時系列で測定し、電場の時間波形をフーリエ変換することによりテラヘルツ波の位相振幅を同時に独立して検出することが可能である。位相のそろった縦振動分極の一つであるコヒーレント縦光学フォノンを用いたテラヘルツ波発生素子もある[3]

近年、テラヘルツ波が世界的注目を集めるに至った大きな要因として、フェムト秒レーザーパルスを用いた広帯域テラヘルツパルスの発生・検出法が開発された事が挙げられる。この技術はテラヘルツ時間領域分光法(Terahertz TimeDomain Spactroscopy:THz-TDS)と呼ばれ、現在世界で最も広く用いられている[4]

最初のテラヘルツ波による撮像は1960年代である。

1995年にテラヘルツ時間領域分光によって撮像された画像は細部も再現していた。この実験はトム・クランシーの小説にも登場する。

2005年に大阪大学のグループがテラヘルツトモグラフィの撮像に成功した[5]

2008年、ハーバード大学の技術者達は、室温で半導体発振器(量子カスケードレーザー)でテラヘルツ波を発振したと発表した。これまでは極低温に冷却しなければ発振できなかった。これにより実用化に向けて大きく前進した[6]

2009年9月、岩手県立大学の倉林徹らが、テラヘルツ波を照射し、振動波を確認してカシミヤの純度を数分で識別する技術を開発した[7]

2013年3月、パイオニアロームの研究グループは、共鳴トンネルダイオードを使用したテラヘルツ波による透過イメージングに世界で初めて成功した[8]

電磁波における最後の未踏領域とされ、今後市場全体で、2014年の5470万ドルから2024年には12億ドルとなる見込み[9]。近年、成長する市場をあてこんで各国でベンチャー企業の参入が相次ぐ。真空チャネルトランジスタが微細化により低電圧での動作が可能になると、これまでにない超高速で動作する増幅・スイッチング素子となることが期待でき、将来的にはこの素子を利用してテラヘルツ波がスマートフォンIoTなどにおけるさらなる超高速通信に利用できるようになる事が期待されている[10]

発振源

編集

テラヘルツ波は黒体放射で約10ケルビン以上の温度の大抵の物から放射される。この熱放射は微弱である。テラヘルツ光源は、広帯域テラヘルツパルス光源と単色テラヘルツ光源の2種類に大別することができる。2015年において利用できるテラヘルツ波の発振源はジャイロトロン後進波管、遠赤外線レーザー、量子カスケードレーザー、自由電子レーザーシンクロトロン放射、フォトミキシングソース、タンネット/ガン・ダイオードHBT/HEMTジョセフソン素子窒化ガリウム半導体素子共鳴トンネルダイオード[11]、DAST有機非線形光学結晶[12][13][14]テラヘルツ時間領域分光に使用されるシングルサイクルソースなどである。

従来はテラヘルツの発振と検出には超伝導素子が使用されていた[15][16]が、極低温に冷却しなければならず不便なため、ミリ波サブミリ波の半導体発振器が長年求められており[17]、近年ではGaNのような化合物半導体[18]や有機非線形光学結晶である三フッ化N,N-ジエチルアミノ硫黄(DAST)[12]による非線形光学効果による室温での発振に成功している。

新しい発振源として高温超伝導体の結晶を用いる研究が筑波大学で開発された[19]ジョセフソン素子を使用することで発生させる。

その光学的特性から注目を集めているレーザーで励起してテラヘルツ波を発生する有機非線形光学結晶のDASTを用いた1から20 THzの広帯域波長可変単色テラヘルツ光源が報告されている[4][20][21][22]

単色テラヘルツ光源は、単位周波数あたりの強度が強いことや、周波数強度を直接測定できるため測定結果が試料の形状に依存しにくいといった利点を有する[4]

応用分野

編集

脚注

編集
  1. ^ 知恵蔵,朝日新聞掲載「キーワード」,デジタル大辞泉. “テラヘルツ波とは”. コトバンク. 2021年3月1日閲覧。
  2. ^ テラヘルツ波の周波数の範囲について、明確な定義はないが、ミリ波の次に短波長の周波数である、300 GHz – 3 THz(波長100 µm – 1 mm)付近を指す。テラヘルツ波の上限ははっきり決まっているわけではなく、30 THzなどとする場合もある。
  3. ^ Gu, Ping; Tani, Masahiko (2005). Terahertz radiation from semiconductor surfaces. Terahertz Optoelectronics. Springer Berlin Heidelberg. pp. 63-98. doi:10.1007/10828028_3. ISBN 978-3-540-31488-2. https://doi.org/10.1007/10828028_3  ( 要購読契約)
  4. ^ a b c テラヘルツイメージングによる非破壊検査技術 (PDF)
  5. ^ テラヘルツ波で2次元断層画像」『』(PDF)、日刊工業新聞、2005年3月8日、1面。
  6. ^ “Engineers demonstrate first room-temperature semiconductor source of coherent Terahertz radiation”, Phsorg.com., (May 19, 2008), http://www.physorg.com/news130385859.html 
  7. ^ テラヘルツ波を用いた繊維の鑑別方法
  8. ^ 世界初、小型半導体素子『共鳴トンネルダイオード』を発振・検出に用いたテラヘルツイメージングに成功 (PDF)
  9. ^ “テラヘルツ世界市場、驚異的な成長”. e.x.press. (2015年7月16日). http://ex-press.jp/lfwj/lfwj-news/lfwj-biz-market/8529/ 
  10. ^ 半導体に取って代わられた真空管に復権の兆し、超高速のモバイル通信&CPU実現の切り札となり得るわけとは?, https://gigazine.net/news/20140626-nasa-vacuum-transistor/ 
  11. ^ “解決の鍵は思わぬところに、室温でのTHz基本波発振を初めて実現”. EE Times Japan. (2010年9月8日). https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1009/08/news102.html 
  12. ^ a b 超広帯域波長可変THz波光源の開発に関する研究
  13. ^ 戒能俊邦「有機非線形光学材料の素子応用:光サンプリング・電気光学サンプリングなど」『応用物理』第67巻第10号、応用物理学会、1998年、1125-1130頁、doi:10.11470/oubutsu1932.67.1125ISSN 0369-8009 
  14. ^ 谷内哲夫, 四方潤一, 伊藤弘昌「非線形光学効果による広帯域波長可変テラヘルツ電磁波放射」『レーザー研究』第30巻第7号、レーザー学会、2002年、365-369頁、doi:10.2184/lsj.30.365ISSN 0387-0200 
  15. ^ 超伝導による連続 THz 波の発振と応用 (PDF)
  16. ^ テラヘルツ帯超伝導発振器と検出器に関する研究 (PDF)
  17. ^ Science News:New T-ray Source Could Improve Airport Security, Cancer Detection, ScienceDaily(Nov. 27, 2007).
  18. ^ 世界最高感度*、室温でテラヘルツ波を検出するGaNトランジスタを開発
  19. ^ L. Ozyuzer et al., Emission of Coherent THz Radiation from Superconductors, Science 23 pp.1291-1293 (2007)., doi:10.1126/science.1149802
  20. ^ Shibuya, Takayuki ; Akiba, Takuya ; Suizu, Koji ; Uchida, Hirohisa ; Otani, Chiko ; Kawase, Kodo (apr 2008). “Terahertz-Wave Generation Using a 4-Dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate Crystal Under Intra-Cavity Conditions”. Applied Physics Express (IOP Publishing) 1: 042002. doi:10.1143/apex.1.042002. https://doi.org/10.1143/apex.1.042002. 
  21. ^ T., Taniuchi; S., Okada; H., Nakanishi (2004). “Widely tunable terahertz-wave generation in an organic crystal and its spectroscopic application”. Journal of Applied Physics (AIP Publishing) 95 (11): 5984-5988. doi:10.1063/1.1713045. ISSN 0021-8979. NAID 80016701925. https://doi.org/10.1063/1.1713045. 
  22. ^ 斗内政吉, 鈴木正人, 川山巌, 村上博成, 高橋義典, 松川健, 吉村政志, 森勇介, 北岡康夫, 佐々木孝友「有機非線形光学結晶を用いたフェムト秒光パルス励起テラヘルツ電磁波発生」『レーザー研究』第37巻第5号、レーザー学会、2009年5月、355-360頁、doi:10.2184/lsj.37.355ISSN 03870200 
  23. ^ “アドバンテストがテラヘルツ波の医療応用をアピール、創薬分野で威力”. 日経クロステック. (2014年4月10日). https://xtech.nikkei.com/dm/article/EVENT/20140410/345595/ 
  24. ^ テラヘルツエレクトロニクス” (PDF). 2017年1月25日閲覧。
  25. ^ 違法薬物・危険物質の非開披探知装置の開発 (PDF)
  26. ^ “X線じゃなくても透けて見える、パイオニアとロームがテラヘルツ撮像に成功”. MONOist. (2013年3月25日). https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1303/25/news074.html 
  27. ^ テラヘルツイメージングシステムの開発 (PDF)

出典

編集

参考文献

編集

関連項目

編集

外部リンク

編集