エリザベス・サンダース・ホーム
エリザベス・サンダース・ホーム(英語: Elizabeth Saunders Home)は、神奈川県中郡大磯町に澤田美喜が創設した児童養護施設・社会福祉法人[1]。学校法人聖ステパノ学園小学校・中学校が併設されている[2]。
エリザベス・サンダース・ホームの門 | |
創立者 | 澤田美喜 |
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団体種類 | 社会福祉法人 |
設立 | 1948年(昭和23年)2月1日 |
所在地 |
神奈川県中郡大磯町大磯1152 北緯35度18分31.7秒 東経139度18分50.6秒 / 北緯35.308806度 東経139.314056度座標: 北緯35度18分31.7秒 東経139度18分50.6秒 / 北緯35.308806度 東経139.314056度 |
法人番号 | 2021005006771 |
主要人物 | 理事長 宮崎道忠 |
活動地域 | 日本 |
ウェブサイト | https://www.elizabeth-sh.jp/ |
聖ステパノ学園小学校・中学校 | |
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2023年3月撮影 | |
北緯35度18分36.1秒 東経139度18分46.2秒 / 北緯35.310028度 東経139.312833度 | |
国公私立の別 | 私立学校 |
設置者 | 学校法人聖ステパノ学園 |
設立年月日 |
1953年(小学校) 1959年(中学校) |
共学・別学 | 男女共学 |
小中一貫教育 | 準完全一貫制(施設一体型)聖ステパノ学園中学校(神奈川県私立中学受験ガイド)]によれば、募集定員は6名である。 |
学期 | 3学期制 |
学校コード |
C114334100018 中学校) B114334100010 (小学校) | (
所在地 | 〒255-0003 |
外部リンク | 聖ステパノ学園小学校・中学校公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
概要
編集いきさつ
編集第二次世界大戦後に日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合国軍兵士と日本人女性の間に強姦や売春、あるいは自由恋愛の結果生まれたものの、両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たち(GIベビー)のための施設として、1948年、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫娘である沢田美喜が、財閥整理委員会によって財産税として物納されそうになっていた岩崎家大磯別邸をGHQにかけあって日本政府に指令をだしてもらい、360万5千円を払うことで保持することを許された(ただし財閥親族が取得することは許されないため教会名義とした)。資金は自らの所有物を売却し、また募金集めに奔走してかき集めた[3]。
施設の名前は、聖公会の信者エリザベス・サンダース(40年にもわたって日本に住んだイギリス人女性[4][5])が1946年10月に逝去した際、170ドルを遺贈してくれたことにちなみ、「エリザベス・サンダース・ホーム」とした。
その後
編集2010年現在1400人の出身者がいる。
1965年には、園児7人をブラジル移民とするべく、沢田自ら引率して「さんとす丸」(最後の移民船)でブラジルを目指すもブラジル政府から上陸を拒否された[6]。その後、1968年に教え子の1人がブラジル政府の黒人移民不歓迎政策を打破して移民し成功している。一方で、沢田美喜の私設秘書を務めていた上海帰りの「殺し屋」と言われた真木一英が、下山事件に絡み、警視庁捜査二課小林刑事に逮捕されている。真木はCIAの協力者であったとの証言があり、同ホームが単なる福祉施設とは言えない面を持っていたと言われている。
聖ステパノ学園小学校・中学校
編集孤児院出身の子どもたちが、小学校、中学校に上がる年齢になり、周囲の「混血児」への偏見・迫害や、学校生活との折り合いの問題などへの対応から、ホームの中に小学校・中学校も設立した。小学校は、1953年に創立され、美喜の戦死した三男・晃の洗礼名から、聖ステパノ学園小学校と命名された。中学校は1959年に併設された。1993年よりは、外部の一般家庭の子弟も募集するようになった。小学校・中学校ともにキリスト教学校教育同盟に加盟している。
澤田美喜記念館
編集沢田美喜は、隠れキリシタンの遺物の収集家でもあった。 日本全国から集められた貴重な資料874点のうち、370点あまりが澤田美喜記念館に展示されている。澤田美喜記念館は1階が展示室と受付、2階に礼拝堂といった構成である。庭には鐘楼がある[7]。
サンダース・ホームをモデルとした施設が登場するフィクション
編集脚注及び参照
編集- ^ “社会福祉法人エリザベス・サンダース・ホーム”. 2020年10月17日閲覧。
- ^ “学校法人聖ステパノ学園小学校・中学校”. 2020年10月17日閲覧。
- ^ 高崎節子『混血児』
- ^ “人間の記録134 澤田美喜 | 日本図書センター”. www.nihontosho.co.jp. 2020年10月6日閲覧。
- ^ “沢田美喜 - NPO法人 国際留学生協会/向学新聞”. www.ifsa.jp. 2020年10月6日閲覧。
- ^ 「上陸禁止を通告 航行中の移民園児に」『日本経済新聞』昭和40年7月24日15面
- ^ “澤田美喜記念館 公式ホームページ”. https://www.elizabeth-sh.jp/memorialmuseum/. 2023年3月4日閲覧。
関連書籍
編集- 面高直子 『ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ』 講談社、2007年 ISBN 978-4-06-214144-4
- 沢田美喜 『黒い肌と白い心 サンダース・ホームへの道』 日本図書センター、2001年 ISBN 978-4820559634
- 初版 『黒い肌と白い心』(日本経済新聞社、1963年)
- 高崎節子『混血児』(同光社磯部書房、1952年)