ウキクサ

ウキクサ亜科ウキクサ属に属する水生植物

ウキクサ(浮草、萍、蘋、学名: Spirodela polyrhiza)はウキクサ亜科ウキクサ属に属する水生植物の1種であり、淡水域の水面に生育する。直径 3–10 mm ほどの葉状体から、多数のが水中に伸びている。葉状体は5–16脈をもち、裏面はふつう紫色を帯びる。秋になると根をもたない休眠芽を形成し、水底で越冬することがある。このように秋になると姿を消し、春に再び現れることから「無者草なきものぐさ」ともよばれた[3]。また「鏡草」という古名もある[3]

ウキクサ
Spirodela polyrhiza
ウキクサ
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 単子葉類 Monocots
: オモダカ目 Alismatales
: サトイモ科 Araceae
亜科 : ウキクサ亜科 Lemnoideae
: ウキクサ属 Spirodela
: ウキクサ S. polyrhiza
学名
Spirodela polyrhiza (L.) Schleid.1839[1]
シノニム
和名
浮草、無者草、鏡草
英名
great duckweed, giant duckweed[2], common duckweed[2], common duckmeat[2]

「ウキクサ」という名は、ウキクサ亜科の植物の総称として用いられることもあり、さらに遠縁のものも含めて水面に浮かぶ植物の一般名として使われることもある[4]。また、デンジソウ (水生のシダ植物の1種) の異名として使われることもある[4]。ウキクサは水面を漂うため、不安定で落ち着かない生き方をウキクサ (浮草) に例えて表現することがある[4]。以下では、としてのウキクサについて解説する。

特徴

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水面に生育する浮遊植物であり、扁平な葉状体 (フロンド; の区別がない[5]) とからなる[6] (下図1a, b)。葉状体は広倒卵形 (左右相称からやや不相称)、大きさは 3–10 x 2–8 mm、ふつう扁平で膨潤することはなく、掌状に伸びる5–16脈がある[1][6][7][8][9][10][11]。脈に沿って表面に突起が存在することがある[10]。葉状体の表面は緑色、裏面はふつう赤紫色を帯びるが、緑色のこともある[6][9][11] (下図1b)。また栄養塩 (リンなど) が不足すると節 (葉状体基端から1/3ほどのところで脈や根、娘葉状体が生じる部分) の表面側に赤色の斑紋 (アントシアニンの蓄積) が生じることがある[12]。葉状体の裏面からは (3–)7–21本の根が束生し、水中に伸びている[6][8][9]。根の長さは 0.5–3(-4) cm、根の先端は鋭頭[6][10][11]。1本 (まれに2本) の根のみが prophyllum を貫いている[13]

葉状体の基部左右に出芽嚢があり、そこから新たな葉状体を形成して出芽状に増殖する。ふつう2–5個の葉状体がつながった群体を形成しており、これが分断することで新たな群体ができる[6][8][9]。出芽嚢の基部は鱗片状の構造 (prophyllum) で囲まれている[13]

1a. 葉状体と根
1b. 表面 (左) と裏面 (右)

日本での花期は5–9月だが、開花は非常にまれである[1][6][7][8]花被を欠き、2個の雄しべと1個の雌しべからなる[6][11][5] (雄しべ1個からなる雄花2個と雌しべ1個からなる雌花1個とする記述もある[7][8])。雌しべの花柱は長さ約 0.3 mm、子房は1–2個の胚珠を含む[1][10]果実は直径 1–1.5 mm、わずかに翼があり、1–2個の種子を含む[1][7]種子は長さ 0.7–1 mm の長楕円形、12-20本の肋がある[1][6][7][10][11]染色体数は 2n = 30, 32, 38, 40, 50, 80[10]

秋になると、ときに新しい葉状体がデンプンを貯蔵し、肥厚して休眠芽 (越冬芽、殖芽; turion) となる[6][7][8][10][11] (下図2)。休眠芽は直径 1–2 mm、を欠き、アントシアニンを含んで濃緑色から赤紫色になる[1][6][10][11] (下図2)。休眠芽は水底で越冬し、翌春に浮上して増殖を再開するが、泥中で4年以上生き残ることもある[6][9][11]。また窒素不足や二酸化炭素増加、植物ホルモンアブシシン酸などによっても休眠芽形成が誘導されることが知られている[6][14]。アブシシン酸処理後2週間で、デンプン含有量は乾燥重量の60%以上に達する[14]

2a. 休眠芽をつけた葉状体の表裏面 (根は除去してある)
2b. 休眠芽
2c. 休眠芽をつけた葉状体の顕微鏡像

ウキクサについては全ゲノムの塩基配列が報告されている[15]。ゲノムサイズは 158 Mbp (Mbp = 100万塩基対) ほどであり、ウキクサ亜科の種で調べられた中では最も小さい[16]

分布・生態

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3. 水面を覆うウキクサ (サンショウモが混生している) (ポーランド)

汎世界種であり、北米南米北西部、アフリカユーラシア東南アジアオーストラリアから報告されている[1][11]。日本でもふつうに見られ、北海道から沖縄まで生育している[6][7][11]

水田水路などの淡水域に生息し、しばしば水面を覆う[6][7][9] (右図3)。水流があると流されてしまうため、水流のない、またはほとんどないところに生育する。

人間との関わり

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応用

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増殖が早いこと、水と直接接していること、ゲノムサイズが小さいこと (上記参照) から、バイオ燃料バイオレメディエーション (生物による有毒物質の除去)、炭素回収などを目的とした研究が行われている[16]

ウキクサの葉状体のタンパク質含有率はダイズと同じであり、乾燥重量のほぼ37パーセントで、増殖速度はダイズの10倍であり、アメリカでは家畜の飼料としてのウキクサ牧場が構想され、その家畜から出された排泄物からメタンガスを取り出し、諸々のエネルギーに利用しようというものである[17]

薬用

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発汗作用や利尿作用があり、生薬とされることがある (生薬名は浮萍ふひょう)[10][18]

季語

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ウキクサ (浮草、萍) は夏の季語であり、関連する季語として「萍の花」や「根無草ねなしぐさ」、「無者草なきものぐさ」などがある[19] (ただし一般名としてのウキクサは、必ずしもとしてのウキクサとは限らない[4])。ウキクサを詠んだ俳句として、以下のようなものがある[19]

萍の 鍋の中にも 咲にけり
晩涼に 池の萍 みな動く
萍を 岸につなぐや 蜘の糸
萍の わが屍を 蔽ふべく

分類

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4a. ウキクサ (大型の葉状体) とヒメウキクサ (小型の葉状体)
4b. ウキクサ (大型の葉状体) と Wolffia arrhiza (微小な葉状体)

ウキクサ属には本種の他に Spirodela intermedia のみが知られるが、この種は中南米のみに分布し、2–5本のがprophyllumを貫いている点、節の表面側に赤い斑紋が生じるない点、休眠芽 (越冬芽、殖芽) を形成しない点でウキクサと異なる[12]ヒメウキクサ属 (ヒメウキクサのみを含む) はウキクサと同様に複数の根をもつが、その数が少なく (2–6本)、葉状体が小型 (2–5 mm) でやや細長く、3–7脈をもつ[1][20] (右図4a)。アオウキクサ属 (アオウキクサコウキクサイボウキクサなど) もふつう葉状体が小型で根は1本のみであり、ミジンコウキクサ属ははるかに微小で根を欠く[20] (右図4b)。

なお、「ウキクサ」という名前がつくボタンウキクサはウキクサと同じサトイモ科に属するが、その中では近縁ではない[5]。またアカウキクサオオアカウキクサ種子植物ではなく、シダ植物 (薄嚢シダ類) に属する[21]

ギャラリー

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脚注

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出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v Spirodela polyrhiza”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2021年6月24日閲覧。
  2. ^ a b c GBIF Secretariat (2021年). “Spirodela polyrhiza”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年6月23日閲覧。
  3. ^ a b 林弥栄 (1983). “ウキクサ”. 日本の野草. 山と渓谷社. p. 648. ISBN 978-4635090162 
  4. ^ a b c d 浮草・浮萍・萍」『精選版 日本国語大辞典』https://kotobank.jp/word/%E6%B5%AE%E8%8D%89%E3%83%BB%E6%B5%AE%E8%90%8D%E3%83%BB%E8%90%8Dコトバンクより2021年7月2日閲覧 
  5. ^ a b c Lemnoideae ウキクサ亜科”. 植物発生進化学:読む植物図鑑. 基礎生物学研究所生物進化研究部門 (2015年10月9日). 2021年6月20日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 角野康郎 (1994). “ウキクサ”. 日本水草図鑑. 文一総合出版. p. 76-77. ISBN 978-4829930342 
  7. ^ a b c d e f g h 邑田仁 (2015). “ウキクサ”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 109–110. ISBN 978-4582535310 
  8. ^ a b c d e f 林弥栄 & 門田裕一 (監修) (2013). “ウキクサ”. 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社. p. 29. ISBN 978-4635070195 
  9. ^ a b c d e f 浜島繁隆・須賀瑛文 (2005). “ウキクサ”. ため池と水田の生き物図鑑 植物編. トンボ出版. p. 104. ISBN 978-4887161504 
  10. ^ a b c d e f g h i Flora of China Editorial Committee (2010年). “Spirodela polyrhiza”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2021年6月26日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j 角野康郎 (2014). “ウキクサ”. 日本の水草. 文一総合出版. p. 68. ISBN 978-4829984017 
  12. ^ a b Bog, M., Lautenschlager, U., Landrock, M. F., Landolt, E., Fuchs, J., Sree, K. S., ... & Appenroth, K. J. (2015). “Genetic characterization and barcoding of taxa in the genera Landoltia and Spirodela (Lemnaceae) by three plastidic markers and amplified fragment length polymorphism (AFLP)”. Hydrobiologia 749 (1): 169-182. doi:10.1007/s10750-014-2163-3. 
  13. ^ a b Armstrong, W. P. (2021年7月4日). “The Lemnaceae”. Palomar College. 2021年7月18日閲覧。
  14. ^ a b Wang, W. & Messing, J. (2012). “Analysis of ADP-glucose pyrophosphorylase expression during turion formation induced by abscisic acid in Spirodela polyrhiza (greater duckweed)”. BMC Plant Biology 12 (1): 1-14. doi:10.1186/1471-2229-12-5. 
  15. ^ Wang, W., Haberer, G., Gundlach, H., Gläßer, C., Nussbaumer, T. C. L. M., Luo, M. C., ... & Messing, J. (2014). “The Spirodela polyrhiza genome reveals insights into its neotenous reduction fast growth and aquatic lifestyle”. Nature communications 5 (1): 1-13. doi:10.1038/ncomms4311. 
  16. ^ a b Wang, W., Kerstetter, R. A. & Michael, T. P. (2011). “Evolution of genome size in duckweeds (Lemnaceae)”. Journal of Botany 2011: 570319. doi:10.1155/2011/570319. 
  17. ^ 田中修『雑草のはなし 見つけ方、たのしみ方』(中公新書、2007年)pp.57-58.
  18. ^ ウキクサ”. 熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース. 2021年6月25日閲覧。
  19. ^ a b 俳句季語一覧ナビ”. 2021年6月26日閲覧。
  20. ^ a b 邑田仁 (2015). “サトイモ科”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. p. 91. ISBN 978-4582535310 
  21. ^ 浜島繁隆・須賀瑛文 (2005). “アカウキクサ、オオアカウキクサ”. ため池と水田の生き物図鑑 植物編. トンボ出版. p. 91. ISBN 978-4887161504 

関連項目

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外部リンク

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