アメリカ海軍作戦部長(アメリカかいぐんさくせんぶちょう、Chief of Naval Operations: 略称CNO)は、アメリカ合衆国海軍省における最高位の軍人[1]統合参謀本部議長または副議長が海軍から出ていない場合は、アメリカ海軍における最高位の士官である。他の軍種の参謀総長等と同じく、作戦上の指揮権限は有しておらず、海軍の戦力整備に責任を有する。

アメリカ海軍作戦部長
Chief of Naval Operations
海軍作戦部長章
海軍作戦部長旗
現職者
リサ・M・フランケッティ大将

就任日 2023年11月2日
組織アメリカ合衆国海軍省
所属機関アメリカ統合参謀本部
上官アメリカ合衆国海軍長官
任命アメリカ合衆国大統領
上院の承認
任期4年
戦争または国家緊急事態の間のみ、1回更新可能
根拠法令合衆国法典第10編第8033条 10 U.S.C. § 8033
初代ウィリアム・シェパード・ベンソン大将
略称CNO
職務代行者海軍作戦副部長
ウェブサイト公式サイト

アメリカ統合参謀本部の構成員でもあり、アメリカ大統領及び国防長官の軍事顧問としての職務も有する[2]

任期は4年で、有事には再任可[1]。(ジェームズ・フォレスタル海軍長官と不仲だったチェスター・ニミッツ元帥は、例外的に2年)。2023年には、リサ・M・フランケッティ海軍大将が史上初めて女性海軍作戦部長となった[3]2023年8月14日にアメリカ海軍兵学校において、ロイド・オースティン国防長官立会いの下、交代式典が行われ、前任の第32代作戦部長であったマイケル・M・ギルティ海軍大将から指揮権が移譲されたが[3]、共和党議員の人事承認妨害により、海軍作戦副部長職のまま職務代行をしていた。同年11月2日アメリカ議会上院がリサ・フランケティ大将を海軍作戦部長に起用する人事が承認し、正式に就任した[4]

概要

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海軍作戦部長の職は、海軍改革派と連邦議会が、制服軍人の権限拡大を嫌うジョセファス・ダニエルズ海軍長官の反対を押し切る形で1915年3月に少将職として新設されたが、議会は翌1916年8月に大将職に格上げした[5]。設置時の経緯から、海軍作戦部長には艦隊指揮権も海軍省の各局長に対する命令権も与えられず、その権限は強くなかった。しかし真珠湾攻撃でアメリカが第二次世界大戦に参戦すると、フランクリン・ルーズベルト大統領とフランク・ノックス海軍長官は、1941年2月に常設職としては廃止したばかりの合衆国艦隊司令長官(Commander in Chief, United States Fleet: 略称CINCUS)を、大統領令第8984号[6]によりCOMINCHの略称で復活させて艦隊指揮権を与え、アーネスト・キング大将を任命した。このため海軍作戦部長ハロルド・スターク大将とキング大将のどちらが海軍のトップか分からない状態になって部内に混乱が生じ、スターク大将がCNOを辞任したので、大統領令第9096号[7]によって合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長(Commander in Chief, United States Fleet, and Chief of Naval Operations: 略称COMINCH-CNO)の肩書きが新設され、COMINCH-CNOのキングがCOMINCHとCNOの職務にあたる形となり、CNOに海軍省各局長への監督権が与えられた。第二次世界大戦が終結するとCOMINCHは廃止され、再びCNOがトップとなった。

海軍作戦部長と和訳するのが一般的であるが[8]、近年になり、海軍作戦総長と和訳する動きがある[9][10]。「海軍作戦総長」という和訳を推している軍事評論家の野木恵一は、海軍作戦「部長」では単なる部局の長と誤認される恐れがあるが、海軍作戦「総長」であれば、同じく統合参謀本部の構成員である「陸軍参謀総長」および「空軍参謀総長」と釣り合う、という趣旨を述べている[11]。アメリカ国防総省編『軍事用語辞典』によれば、"operation"は軍事的衝突が関係する活動だけでなく、補給や訓練、管理まで含む概念で[12]、日本語の「作戦」より広い概念であるため、"Chief of Naval Operations"を「海軍作戦部長」、「海軍軍令部長」と訳したのは誤訳に近いという指摘もある[13]

歴代の海軍作戦部長

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氏名 写真 階級 在任期間 出身校 前職 後職 職域
(マーク)
備考
着任 退任
1 ウィリアム・シェパード・ベンソン   海軍少将(在任中に大将に進級) 1915年5月11日 1919年9月25日 海軍兵学校 フィラデルフィア海軍工廠 合衆国船舶委員会委員長 艦艇
2 ロバート・クーンツ   海軍大将 1919年11月1日 1923年7月21日 海軍兵学校 大西洋艦隊戦闘部隊司令官 合衆国艦隊司令長官 艦艇
3 エドワード・ウォルター・エバール   海軍大将 1923年7月21日 1927年11月14日 海軍兵学校 太平洋艦隊司令長官 合衆国海軍評議員 艦艇
4 チャールズ・ヒューズ   海軍大将 1927年11月14日 1930年9月17日 海軍兵学校 戦闘艦隊司令長官 艦艇
5 ウィリアム・プラット   海軍大将 1930年9月17日 1933年6月30日 海軍兵学校 合衆国艦隊司令長官 艦艇
6 ウィリアム・スタンドレイ   海軍大将 1933年7月1日 1937年1月1日 海軍兵学校 合衆国艦隊戦闘集団司令官 ソビエト連邦大使 艦艇
7 ウィリアム・リーヒ   海軍大将 1937年1月2日 1939年8月1日 海軍兵学校 合衆国艦隊戦闘集団司令官 プエルトリコ総督 艦艇
8 ハロルド・スターク   海軍大将 1939年8月1日 1942年3月2日 海軍兵学校 合衆国艦隊戦闘集団
巡洋艦部隊司令官
在欧合衆国海軍司令官 艦艇
9 アーネスト・キング   海軍大将(在任中に元帥に進級) 1942年3月2日 1945年12月15日 海軍兵学校 合衆国艦隊司令長官 航空 合衆国艦隊司令長官と兼任。
10 チェスター・ニミッツ   海軍元帥 1945年12月15日 1947年12月15日 海軍兵学校 太平洋艦隊司令長官
兼 太平洋戦域最高司令官
潜水
11 ルイス・デンフェルド   海軍大将 1947年12月15日 1949年11月2日 海軍兵学校 マーシャル諸島カロリン諸島およびマリアナ諸島軍政長官 艦艇 提督たちの反乱」の責任を問われ、更迭される。
12 フォレスト・シャーマン   海軍大将 1949年11月2日 1951年7月22日 海軍兵学校 第6任務艦隊司令官 航空 在任中に心臓発作で死去。
13 ウィリアム・フェクテラー   海軍大将 1951年8月16日 1953年8月17日 海軍兵学校 大西洋軍総司令官
兼 大西洋艦隊司令長官
NATO南ヨーロッパ連合軍最高司令官 艦艇
14 ロバート・カーニー   海軍大将 1953年8月17日 1955年8月17日 海軍兵学校 NATO南ヨーロッパ連合軍最高司令官 艦艇
15 アーレイ・バーク   海軍大将 1955年8月17日 1961年8月1日 海軍兵学校 大西洋艦隊駆逐艦部隊司令官 艦艇
16 ジョージ・アンダーソン・ジュニア英語版   海軍大将 1961年8月1日 1963年8月1日 海軍兵学校 第6艦隊司令官 ポルトガル大使 航空
17 デヴィッド・マクドナルド   海軍大将 1963年8月1日 1967年8月1日 海軍兵学校 在欧合衆国海軍司令官
兼 東大西洋・地中海合衆国海軍司令官
兼 東大西洋合衆国軍司令官
航空
18 トーマス・モーラー   海軍大将 1967年8月1日 1970年7月1日 海軍兵学校 大西洋軍総司令官
兼 大西洋艦隊司令長官
兼 NATO大西洋連合軍最高司令官
統合参謀本部議長 航空
19 エルモ・ズムウォルト・ジュニア   海軍大将 1970年7月1日 1974年6月29日 海軍兵学校 ベトナム派遣海軍司令官 艦艇
20 ジェームズ・ホロウェイ3世   海軍大将 1974年6月29日 1978年7月1日 海軍兵学校 第7艦隊司令官 航空
21 トーマス・ヘイワード   海軍大将 1978年7月1日 1982年6月30日 海軍兵学校 太平洋艦隊司令長官 航空
22 ジェームズ・ワトキンス   海軍大将 1982年6月30日 1986年6月30日 海軍兵学校 太平洋艦隊司令長官 エネルギー長官 潜水
23 カーライル・トロスト   海軍大将 1986年7月1日 1990年6月29日 海軍兵学校 大西洋軍副総司令官
兼 大西洋艦隊司令長官
潜水
24 フランク・ケルソー2世   海軍大将 1990年6月29日 1994年4月23日 海軍兵学校 大西洋軍総司令官
兼 NATO大西洋連合軍最高司令官
潜水 1993年1月2日から7月21日にかけて、海軍長官代行を兼任。
25 ジェレミー・ボーダ   海軍大将 1994年4月23日 1996年5月16日 (OCS)[14] 在欧合衆国海軍司令官
兼 東大西洋合衆国軍司令官
兼 NATO南ヨーロッパ連合軍最高司令官
艦艇 初の叩き上げ出身、在任中に自殺。
26 ジェイ・L・ジョンソン   海軍大将 1996年8月2日 2000年7月21日 海軍兵学校 海軍作戦副部長 航空 ボーダの自殺後は海軍作戦副部長職のまま8月まで職務代行
27 ヴァーン・クラーク   海軍大将 2000年7月21日 2005年7月22日 アーカンソー大学(OCS) 大西洋艦隊司令長官 艦艇
28 マイケル・マレン   海軍大将 2005年7月22日 2007年9月29日 海軍兵学校 在欧合衆国海軍司令官
兼 NATOナポリ連合統合軍司令官
第17代統合参謀本部議長 艦艇
29 ゲイリー・ラフヘッド   海軍大将 2007年9月29日 2011年9月23日 海軍兵学校 艦隊総軍司令官 退役 艦艇
30 ジョナサン・グリーナート   海軍大将 2011年9月23日 2015年9月18日 海軍兵学校 海軍作戦副部長 退役 潜水
31 ジョン・M・リチャードソン英語版   海軍大将 2015年9月18日 2019年8月22日 海軍兵学校 海軍原子力推進機関部長 退役 潜水 初の海軍原子力推進機関部長経験者[15]
32 マイケル・M・ギルデイ英語版   海軍大将 2019年8月22日 2023年8月14日 海軍兵学校 統合参謀本部事務局長 退役 艦艇
-
リサ・M・フランケッティ   海軍大将 2023年8月14日 2023年11月2日 ノースウェスタン大学(ROTC) 海軍作戦副部長職のまま職務代行 艦艇 女性初の就任
33 2023年11月2日 在任中 海軍作戦副部長

脚注

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出典

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  1. ^ a b 合衆国法典第10編第8033条 10 U.S.C. § 8033
  2. ^ 合衆国法典第10編第151条 10 U.S.C. § 151
  3. ^ a b “史上初! 米海軍トップ「作戦部長」に女性大将が就任 統合参謀本部メンバーとしても快挙”. 乗り物ニュース. (2023年8月17日). https://trafficnews.jp/post/127589 2023年12月10日閲覧。 
  4. ^ 米海軍トップに初の女性 上院が承認”. JIJI.com (2023年11月3日). 2023年11月3日閲覧。
  5. ^ Julius Augustus Furer, Administration of the Navy Department in World War II Chapter III: Chief of Naval Operations--Commander-in-Chief, U.S. Fleet
  6. ^ Executive Order 8984
  7. ^ Executive Order 9096
  8. ^ 米海軍作戦部長の当省訪問について”. 防衛省 (2023年7月24日). 2023年8月15日閲覧。
  9. ^ 『世界の艦船』2013年2月号、P130、「アメリカ海軍の組織/編成と基地」野木恵一。
  10. ^ 『軍事研究』2013年2月号、P131、「新旧交代の主力戦闘機:F/A-18からF-35時代へ」河津幸英。
  11. ^ 『世界の艦船』2013年2月号、野木恵一の記事中に記載。
  12. ^ US Department of Defense, The Dictionary of Military Terms (New York: Skyhorse Publishing, 2009), p. 397. ISBN 9781602396715
  13. ^ 駄場裕司「第二次世界大戦期アメリカ海軍の指導体制 合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長の職務」『政治経済史学』第670号、2017年10月
  14. ^ 高校卒業後、選考により入校。その後ロードアイランド大学にて文学士を授与された。
  15. ^ 海軍の空母や潜水艦に搭載される原子力推進機関に関連する業務を統括するポストであり、研究開発部門の長という性格が強く、8年間という他職と比較して長期の在任期間が設定されているが、通常は異動なく8年の任期を全うして退役することがほとんど。

関連項目

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外部リンク

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