p-フェニレンジアミン (p-phenylenediamine、PPD) は化学式C6H4(NH2)2で表されるアニリン誘導体である。外見は白色固体だが、空気に触れると酸化して暗色に変化する[1]。主にエンジニアリングプラスチックの原料として用いられるほか、染髪にも利用される。毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている[4]

p-フェニレンジアミン
識別情報
CAS登録番号 106-50-3 チェック
ChemSpider 13835179 ×
UNII U770QIT64J ×
KEGG C19499 ×
特性
化学式 C6H8N2
モル質量 108.14 g mol−1
外観 白色固体、空気酸化によって暗色になる[1]
融点

145-147 °C, 418-420 K, 293-297 °F

沸点

267 °C, 540 K, 513 °F

への溶解度 10% at 40°C, 87% at 107 C, 100% at 140 C [2]
危険性
Rフレーズ R23 R24 R25 R36 R37 R38 R40 R42 R43
Sフレーズ S26 S36 S37 S39
許容曝露限界 TWA 0.1 mg/m3 [skin][3]
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

生産

編集

合成には3つのルートがある。最もよく用いられるのは4-ニトロクロロベンゼンアンモニア処理して4-ニトロアニリンに変換し、これを水素化するものである。

ClC6H4NO2 + 2NH3H2NC6H4NO2 + NH4Cl
H2NC6H4NO2 + 3H2H2NC6H4NH2 + 2H2O

デュポンでは、アニリンをジフェニルトリアジンに変換した後、酸触媒によって4-アミノアゾベンゼンを得て、これを水素化するルートが用いられる[5]

利用

編集

ポリマー

編集

PPDは2つのアミノ基を持つため、高分子の一部となることが可能である。アラミド繊維・プラスチックの前駆体として用いられ、塩化テレフタロイルとの反応でケブラーホスゲンとの反応でポリウレタンの前駆体となるジイソシアネートを生成する[5]

 
ケブラーの分子構造。1つのモノマー単位が太線で、水素結合が点線で描かれている。

染料

編集

毛髪染料として一般的だったが、近年は2,5-ジアミノ(ヒドロキシエチルベンゼン)や2,5-ジアミノトルエンなどの誘導体が用いられるようになっている。染料として用いられる他の化合物にはテトラアミノピリミジン・インドアニリン・インドフェノール類などがあり、ジアミノピラゾールは赤から紫の染色に用いられる[6]。これらの物質は正確には染料の前駆体で、そのままではほぼ無色であるが酸化されることで発色する。

アレルギーの原因物質として有名であり接触性皮膚炎を起こすことがある[7]

酸化防止剤

編集

容易に酸化されるため、PPD誘導体はゴム製品のオゾン化防止剤として用いられている。PPDにナフチル基やイソプロピル基などを導入することで、抗酸化性や皮膚刺激性を変化させることができる[8]

その他

編集

あるPPD誘導体がCD-4の名で、C-41現像に用いられるカラー現像液として販売されている。これはフィルム中の銀粒子と反応して発色し、イメージを生成する。

ヘンナの代替物として一時的な入れ墨に用いられる場合があるが、重度の接触性皮膚炎が報告されている。

安全性

編集

水生生物に対する半数致死量は0.028 mg/L程度である[5]。アメリカ合衆国環境保護庁はマウスとラットに対し、餌にPPDを混入することによる慢性的な曝露実験を行った。この実験では体重減少は観察されたが、他の毒性の兆候は見られなかったことが報告されている[9]。ある調査ではPubMedを用いて、1992年1月から2005年2月までに英語で出版された、毛髪染料と悪性腫瘍との相関を評価した31の研究について調べている。その結果、"最低でも1つのよく設計された曝露評価研究"において、個人的な毛髪染料の使用と非ホジキンリンパ腫・多発性骨髄腫・急性白血病・膀胱癌の間に相関が観察されていたが[10]、他の研究ではそのような結果は得られていなかった。各研究の間で暴露評価の方法が統一されていなかったため、正式なメタアナリシスは不可能だった。

2005年から2006年に行われたアレルギー性接触性皮膚炎が疑われる患者に対するパッチテストにおいて、PPDは5.0%の患者に陽性を示した。これは用いられた65の化学物質のうち10番目に高いものである[11]

CDCはPPDを接触アレルゲンに分類している。曝露ルートとしては吸入・経皮吸収・経口摂取・粘膜接触などがあり、症状としては咽頭喉頭の炎症・気管支喘息・感作性皮膚炎などが報告されている[12][13]。感作の影響は生涯に渡る場合がある。能動感作を引き起こす製品として、黒染された生地、インク類、毛髪染料、染色された毛皮・皮革、写真製品などがあるが、これらに限られるものではない。PPDは米国接触皮膚炎学会によって2006年のAllergen of the Yearに選ばれている。

PPDによる中毒は稀であるが、自殺目的で大量摂取した事例では、重度の口腔咽頭浮腫や横紋筋融解症が観察された[14]

脚注

編集
  1. ^ a b Merck Index, 11th Edition, 7256
  2. ^ http://chemicalland21.com/specialtychem/perchem/p-phenylenediamine.htm
  3. ^ NIOSH Pocket Guide to Chemical Hazards 0495
  4. ^ 毒物及び劇物取締法 昭和二十五年十二月二十八日 法律三百三号 第二条 別表第二
  5. ^ a b c Robert A. Smiley "Phenylene- and Toluenediamines" in Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, 2002, Wiley-VCH, Weinheim. doi:10.1002/14356007.a19_405
  6. ^ Thomas Clausen et al. "Hair Preparations" in Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, 2007, Wiley-VCH, Weinheim. doi:10.1002/14356007.a12_571.pub2
  7. ^ 菊地克子「頭皮の痒みとフケ」『JIM』第23巻第2号、126-128頁。 
  8. ^ Hans-Wilhelm Engels et al., "Rubber, 4. Chemicals and Additives" in Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, 2007, Wiley-VCH, Weinheim. doi:10.1002/14356007.a23_365.pub2
  9. ^ p-Phenylenediamine, U.S. Environmental Protection Agency
  10. ^ Rollison, DE; Helzlsouer, KJ; Pinney, SM (2006). “Personal hair dye use and cancer: a systematic literature review and evaluation of exposure assessment in studies published since 1992.”. Journal of toxicology and environmental health. Part B, Critical reviews 9 (5): 413–39. doi:10.1080/10937400600681455. PMID 17492526. 
  11. ^ Zug KA, Warshaw EM, Fowler JF Jr, Maibach HI, Belsito DL, Pratt MD, Sasseville D, Storrs FJ, Taylor JS, Mathias CG, Deleo VA, Rietschel RL, Marks J. Patch-test results of the North American Contact Dermatitis Group 2005–2006. Dermatitis. 2009 May–Jun;20(3):149-60.
  12. ^ The NIOSH Pocket Guide to Chemical Hazards
  13. ^ NIOSH Registry of Toxic Effects of Chemical Substances (RTECS) entry for p-Phenylenediamine (PPD)
  14. ^ Ashraf, W.; Dawling, S.; Farrow, L. J. (1994). “Systemic Paraphenylenediamine (PPD) Poisoning: A Case Report and Review”. Human & Experimental Toxicology 13 (3): 167. doi:10.1177/096032719401300305. 

外部リンク

編集