1896年のスポーツ
総合競技大会
編集第1回アテネオリンピック | |||||
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順位 | 国・地域名 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
1 | アメリカ | 11 | 7 | 2 | 20 |
2 | ギリシャ | 10 | 17 | 19 | 46 |
3 | ドイツ | 6 | 5 | 2 | 13 |
4 | フランス | 5 | 4 | 2 | 11 |
5 | イギリス | 2 | 3 | 2 | 7 |
6 | ハンガリー | 2 | 1 | 3 | 6 |
7 | オーストリア | 2 | 1 | 2 | 5 |
8 | オーストラリア | 2 | 0 | 0 | 2 |
9 | デンマーク | 1 | 2 | 3 | 6 |
10 | スイス | 1 | 2 | 0 | 3 |
11 | 混成チーム | 1 | 1 | 1 | 3 |
43 | 43 | 36 | 122 |
アイスホッケー
編集- 2月:優勝:ウィニペグ・ヴィクトリアズ (MHL)、準優勝:モントリオール・ヴィクトリアズ (AHA)
- 12月:優勝:モントリオール・ヴィクトリアズ (AHA)、準優勝:ウィニペグ・ヴィクトリアズ (MHL)
大相撲
編集クリケット
編集競馬
編集イギリス
編集- クラシック
- 2000ギニー - セントフラスキン
- 1000ギニー - タイス
- エプソムダービー - パーシモン
- エプソムオークス - カンタベリーピルグリム
- セントレジャーステークス - パーシモン
- その他主要レース
- ジョッキークラブステークス - パーシモン
- アスコットゴールドカップ - ラヴワイズリー
- エクリプスステークス - セントフラスキン
- プリンスオブウェールズステークス - シャドック
- チャンピオンステークス - ラブラドール
- グランドナショナル - ザソアラ
アメリカ合衆国
編集- ウィザーズステークス - ハンドスプリング
- ベルモントステークス - ヘイスティングズ
- ローレンスリアライゼーションステークス - リクワイタル
フランス
編集オーストラリア
編集- メルボルンカップ - ニューヘヴン
日本
編集- ニイカップステークス - イダホ(別名アイダホ)
ゴルフ
編集世界4大大会(男子)
編集サッカー
編集イングランド
編集スケート
編集フィギュアスケート
編集- 第1回世界フィギュアスケート選手権開催
テニス
編集グランドスラム
編集- 全仏選手権 男子単優勝:アンドレ・バシェロー(フランス)
- ウィンブルドン 男子単優勝:ハロルド・マホニー(アイルランド)、女子単優勝:シャーロット・クーパー(イギリス)
- 全米選手権 男子単優勝:ロバート・レン(アメリカ)、女子単優勝:エリザベス・ムーア(アメリカ)
- 男子シングルス 金:ジョン・ピウス・ボーランド(イギリス)、銀:ディオニシオス・カスダリス(ギリシャ)、銅:コンスタンティノス・パスパティス(ギリシャ)/モムシロ・トパヴィツァ(ハンガリー)
- 男子ダブルス 金:ジョン・ピウス・ボーランド(イギリス)&フリードリヒ・トラウン(ドイツ)、銀:ディオニシオス・カスダリス&ディミトリオス・ペトロコキノス(ギリシャ)、銅:エドウィン・フラック(オーストラリア)&ジョージ・ロバートソン(イギリス)
第1回近代オリンピックでは、テニス競技も男子シングルス・男子ダブルスの2部門のみで始まった。男子シングルスでは、準決勝敗退選手による銅メダル決定戦は行わず、両方に銅メダルを授与した。男子ダブルスでは、違う国の選手がペアを組む「混合チーム」(ZZX)もあった。
ボート
編集野球
編集アメリカ大リーグ
編集ラグビー
編集- 優勝:アイルランド
誕生
編集- 1月12日 - ウンベルト・デ・モルプルゴ(イタリア、テニス、+1961年)
- 1月18日 - ビレ・リトラ(フィンランド、陸上競技、+1982年)
- 1月31日 - チャーリー・ロバートソン(アメリカ、野球、+1984年)
- 2月22日 - エドウィン・ビデ(フィンランド、陸上競技、+1996年)
- 3月15日 - 鈴木竜二(東京都、野球、+1986年)
- 3月26日 - 大浦留市(香川県、陸上競技、+1989年)[1]
- 4月27日 - ロジャース・ホーンスビー(アメリカ、野球、+1963年)
- 5月2日 - ノーマン・ロス(アメリカ、水泳、+1953年)
- 5月7日 - キャスリーン・マッケイン・ゴッドフリー(イギリス、テニス、+1992年)
- 11月1日 - 石本秀一(広島県、野球、+1982年)
- 11月23日 - 常ノ花寛市(岡山県、相撲、+1960年)