1707年5月2日の海戦
1707年5月2日の海戦(英語: Action of 2 May 1707)は、スペイン継承戦争中に起きた海戦。クロード・ド・フォルバン率いるフランス艦隊がバロン・ワイルド准将率いる戦列艦3隻に護衛された商船団に遭遇、勝利した戦闘。
1707年5月2日の海戦 | |
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1707年5月2日の海戦、国立海事博物館所蔵。 | |
戦争:スペイン継承戦争 | |
年月日:1707年5月2日 | |
場所:グレートブリテン王国、ビーチー岬沖 | |
結果:フランスの勝利 | |
交戦勢力 | |
フランス王国 | グレートブリテン王国 |
指導者・指揮官 | |
クロード・ド・フォルバン | バロン・ワイルド准将(Baron Wylde) |
戦力 | |
戦列艦7隻 私掠船6隻 |
戦列艦3隻 商船52隻 |
損害 | |
軽微 | 戦列艦2隻拿捕 商船21隻拿捕[1] |
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戦闘
編集5月1日、戦列艦3隻で護衛されたイギリスの商船隊がザ・ダウンズから出港した。クロード・ド・フォルバン率いるフランス艦隊もダンケルクより出発していたが、商船隊はその艦隊に遭遇した。フランス艦隊は戦列艦7隻と私掠船6隻だった[2]。戦闘はフランス艦隊の戦列艦グリフォン(Griffon)、ブラッコアル(Blackoal)、ラ・ドーファン(La Dauphine)がハンプトン・コートに攻撃したことで開始、ハンプトン・コート艦長のジョージ・クレメンス(George Clements)が戦死した。ワイルド准将は大型の商船5隻を戦列に入らせ、勇敢にもフランス艦の攻撃に立ち向かった[3]。その後、2時間半もの間、両軍の激しい応酬となり、ハンプトン・コートは必死に戦ったがやがて降伏せざるを得なかった[1]。ラ・ドーファンは続いてグラフトンに激しく攻撃、フランス艦ブラッコアルとフィデレ(Fidele)も攻撃に加わると、グラフトンは半時間後に拿捕された[3]。フィルバンの60門艦マルス(Mars)はワイルド准将のロイヤル・オークに攻撃した。ロイヤル・オークは浸水し、水の高さが11フィートにまでなったが、大損害を出しながら座礁させて逃走することに成功、ロイヤル・オークはそこからザ・ダウンズに移動された[1]。
脚注
編集参考文献
編集- Haws, Duncan; Hurst, Alexander Anthony (1985). The Maritime History of the World: A Chronological Survey of Maritime Events from 5,000 B.C. Until the Present Day. Vol I. ISBN 978-0-903662-10-9.
- Allen, Joseph. Battles of the British Navy: from A.D. 1000 to 1840 Bell & Daldy publishing, ASIN B00087UD9S
- Troude, O. Batailles navales de la France, Vol. I.
座標: 北緯50度44分20.29秒 東経0度14分31.58秒 / 北緯50.7389694度 東経0.2421056度