頂ノ郷昌登
日本の元大相撲力士
頂ノ郷 昌登(かみのさと まさと、1950年12月7日 - 2015年11月29日)は、神奈川県横浜市出身で二所ノ関部屋、大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は島野 正己。178cm、143kg。最高位は東十両12枚目。得意技は突き、押し。
経歴
編集中学校では卓球部に所属し、家業である土木業を継ぐために鶴見工業高校へ進学した。高校では水泳部に所属し、バタフライの選手だった。事業経営を勉強するために神奈川大学の経済学部へ進学したが、 大学2年生の夏に二所ノ関部屋に稽古見学に行った時に、大鵬から勧誘されて入門を決意した。1971年9月場所に20歳で初土俵を踏む。幕下で長く低迷していたが、大鵬の知人に姓名判断を頼み、「山の頂上を極める、相撲道の頂上を望む」意味で『頂』を使ってはどうかと助言をもらったため、1978年5月場所で四股名を「頂ノ郷」へ改名した。それから4場所連続で勝ち越し、1979年1月場所に十両昇進。動きの速さを生かした突き押しが持ち味の取り口だが引き、叩き癖があり、下半身が脆く脇も甘かったため、十両では通用しなかった。1980年5月場所限りで廃業。
主な成績
編集- 通算成績:198勝175敗7休 勝率.531
- 十両成績:7勝23敗 勝率.233
- 現役在位:53場所
- 十両在位:2場所
場所別成績
編集一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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1971年 (昭和46年) |
x | x | x | x | (前相撲) | 東序ノ口3枚目 4–3 |
1972年 (昭和47年) |
東序二段88枚目 5–2 |
東序二段32枚目 5–2 |
東三段目75枚目 4–3 |
東三段目59枚目 3–4 |
西三段目66枚目 4–3 |
東三段目59枚目 4–3 |
1973年 (昭和48年) |
東三段目48枚目 5–2 |
西三段目17枚目 2–5 |
東三段目35枚目 3–4 |
東三段目45枚目 3–4 |
東三段目56枚目 5–2 |
西三段目27枚目 4–3 |
1974年 (昭和49年) |
西三段目16枚目 4–3 |
東三段目7枚目 5–2 |
西幕下44枚目 3–4 |
東幕下51枚目 3–4 |
西三段目筆頭 4–3 |
西幕下50枚目 4–3 |
1975年 (昭和50年) |
東幕下40枚目 2–5 |
西幕下60枚目 2–5 |
東三段目19枚目 3–4 |
東三段目30枚目 5–2 |
西三段目6枚目 5–2 |
西幕下42枚目 3–4 |
1976年 (昭和51年) |
西幕下54枚目 6–1 |
西幕下24枚目 2–5 |
東幕下43枚目 4–3 |
東幕下37枚目 2–5 |
西幕下58枚目 5–2 |
東幕下33枚目 6–1 |
1977年 (昭和52年) |
東幕下13枚目 6–1 |
東幕下2枚目 4–3 |
東幕下筆頭 3–4 |
東幕下5枚目 2–5 |
西幕下21枚目 5–2 |
西幕下9枚目 4–3 |
1978年 (昭和53年) |
東幕下9枚目 4–3 |
西幕下6枚目 3–4 |
西幕下13枚目 4–3 |
西幕下8枚目 4–3 |
西幕下6枚目 4–3 |
東幕下4枚目 5–2 |
1979年 (昭和54年) |
東十両12枚目 5–10 |
東幕下6枚目 2–5 |
東幕下24枚目 5–2 |
西幕下11枚目 4–3 |
東幕下7枚目 4–3 |
東幕下5枚目 4–3 |
1980年 (昭和55年) |
東幕下2枚目 5–2 |
西十両12枚目 2–13 |
東幕下11枚目 引退 0–0–7 |
x | x | x |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
編集- 島野(しまの)1971年9月場所 - 1975年5月場所
- 神ノ里(かみのさと)1975年7月場所 - 1978年3月場所
- 頂ノ郷 昌登(かみのさと まさと)1978年5月場所 - 1979年5月場所
参考文献
編集- 水野尚文・京須利敏『大相撲力士名鑑 平成13年版』共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709
関連項目
編集外部リンク
編集- 頂ノ郷 昌登 - 相撲レファレンス