防災工学
防災工学(ぼうさいこうがく、英語: disaster prevention engineering)は[1]、土木工学に含まれる学問であり、地震、火山噴火、津波、異常気象、大規模火災といった、災害から人命や財産、都市を守る方法、避難施設の設置場所、避難者を安全に避難させる方法を研究する。国や地方公共団体は研究だけでなく実際に災害が起きたときに実践している。
概要
編集比較的新しい学問だが、土木工学、軍事工学と共通する分野が少なくない。独立した学部を有する大学は非常に少ないが、土木工学系の学科、地理学科の中で開講している大学はある[2][3][4]。人命に関わることであり、国や地方公共団体でも研究されている。義務教育課程での教育として「防災教育」がある。
歴史
編集古代から自然災害による被害の記録が残されており、その対策も考えられていた。治山治水は重要な行政であった。土木工学の一端として堤防を建設したり、河川改修といった防災活動を行ったが、学校教育としての研究は河川工学や海岸工学に含まれ、防災として独立した学問の成立は近年のことであった。
日本国内での歴史
編集大和朝廷が唐の制度を取り入れた堤防修築の工法が国司や郡司によって全国の河川に普及された。江戸時代に入り、徳川幕府や、諸大名の河川改修は河川の流れを直線にし、堤防を堅固にして洪水を起こさないようにする工法が取り入れられ、これは明治時代以後にも採用された。
地震
編集地震の発生メカニズムは弾性反発説で説明される。プレートの運動により地中に応力が蓄積してひずみがたまる。岩盤がひずみに耐えられなくなったときに断層の跡など、断層の弱いところで断層運動をすることによってひずみを解放する。このときの振動が地震波となって地面を揺らす。地震の規模はマグニチュードで表される。
マグニチュード(M)は震央から100km離れた地点に置かれた地震計に記録された最大振幅(a)をマイクロメートルを単位にして測った値の常用対数と定義している。
例えば最大振幅 a =10000のとき、つまり最大振幅が10mmのときは、
マグニチュードは4となる。
マグニチュードが大きくなると地震により発散されるエネルギー( E )も大きくなり、次の式で表される。
( E の単位はジュール)
例えばM = 4のとき、
また、M = 5のとき、
さらにM = 6のとき、
以上より、マグニチュードが4から5の比較をすると、
この式から、マグニチュードが1大きくなるとエネルギーは10√10倍(約32倍)、マグニチュードが2大きくなるとエネルギーが1000倍になることがわかる。
対策
編集近代まで地震の起きる原因は科学的な知識はなかった。近代に入り、地球物理学が発達すると今度は地震の予知の研究が発生したが、現在時点において成功した事例はない。建築物の耐震化や住民が防災意識を持つこと、発生した際の救助体制を整えることが優先課題である。
火山噴火
編集地震と同様、近代以前は火山噴火は迷信によって起こると思われていたが、地震などの前兆があり、事前に避難することが出来た。しかし、通信手段のない時代、遠隔地では避難することが出来ず、火山灰による被害が起きた。近代に至り、地球物理学が発達すると今度は火山を活火山、休火山、死火山と分けるようになった。しかし、これまで死火山と思われていた火山が突然活動を始めるなど、この区分けが無意味であることが分かった。火山の恩恵として温泉が湧き出すなど、観光面での経済効果はあるが、噴火の際の被害は大きい。いわゆる破局噴火については現代でも予知は難しく、発生した場合、直接的な被害は地球規模となる。対策として事前の避難しかない。
津波
編集地震によって海底が隆起したり陥没することによって起きる波を津波という。津波の周期は数十分、波長は数十kmに及び、波の進む速さをV、海の深さをh、重力加速度をgとすると、
となる。
対策
編集地震のあとに津波が来ることは古来から知られていたが、近代以降も三陸地方を中心に被害が発生した。明治三陸地震、昭和三陸地震、1960年のチリ地震で大きな被害が起きたが、それでも、その後の被害が発生した。遠隔地で起きた地震による津波が押し寄せることもあり、対策が困難である。津波多発地帯に住居を構えないことが最大の対策だが、これ以外に防災意識の向上と避難場所の確保、避難することが重要である。
異常気象
編集地表への降水は大部分が河川に流れ込み、一部は地表にしみこんで地下水となる。河川に流れ込んだ降水は侵食し、運搬し、堆積する。これを河川の3作用という。流水の運搬力は流速の6乗に比例するので、豪雨となって流速が大きくなると河川の土木構造物が破壊されることがあるので危険である。
対策
編集天気予報のなかった近代以前、洪水対策は河川改修であった。江戸時代には屈曲していた河川を直線にして堤防を嵩上げしていたが、抜本的な対策には至らなかった。明治時代も同様な政策を行ったが、上水道の確保と水力発電を兼ねてダムを建設してダム湖に貯水し、山地に植林を行い、大規模下水道の建設を行ったが、それでも洪水は完全になくなることはなかった。天気予報の発達により、豪雨や台風が予想される地域ではあらかじめ早めの避難を呼びかけるようになった。被災を免れるために鉄道や道路、港湾、空港も閉鎖を行うようになった。
大規模火災
編集都市が発達すると、そこで発生した火災の被害が大きくなる。建築物に防火体制を行い、道路を広くして防火帯を設けるといった対応が取られている。しかし、大規模災害の後に起きた二次災害による火災には対応出来ないことがある。
戦争による都市火災
編集空襲による火災には防火体制を整えても対応が取れないことがある。大量の焼夷弾を木造密集地域に投下されると消火活動を行っているうちに逃げ遅れることがある。
爆発事故
編集都市ガス、化学薬品、火薬による爆発事故は広範囲な被害を及ぼす。滅多に起きない災害だが、対策は必要である。(ハリファックス大爆発参照)。
避難施設
編集これまでに発生した災害では、避難施設に避難してきた避難者に対して給食や救援物資の支給、医療行為を行ってきた。軍事工学の兵站の応用が必要になる。避難施設では人間関係が悪化したり、犯罪が発生するので対策が必要である。
避難施設からの退避
編集避難施設が危険になった際には避難者を別に移動する必要が出てくるが、その際に必要になる車両や船舶、航空機をどうするかを考える必要がある。新潟県中越地震では新潟県山古志村は全村民を自衛隊のヘリコプターで村外へ避難させた。
令和6年能登半島地震では2024年1月17日、輪島市の市立中学校3校の生徒401人のうち保護者が同意した258人が白山市の県立施設に集団避難した。輪島市の教員25人が施設内で授業を行う。また、珠洲市と能登町は1月17日、同意した中学生144人が保護者の元を離れて1月21日に金沢市へ1月21日に集団避難すると明らかにした。両市町の校舎が避難所として使われていることから学習機会の確保を目的に実施する。[5]予定は2か月。
被災地の遺棄
編集被災地の被害があまりにも大きいと、被災地を放棄する場合がある。ローマ帝国ヴェスヴィオ火山の麓のポンペイは79年8月24日の噴火で町は火山灰に覆われ、その後、誰も戻らなかった。1986年4月26日にソビエト社会主義共和国連邦ウクライナ共和国で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故では周辺住民40万人が避難し、町は放棄された。この他に、日本国内でも水害や土石流が原因で村が放棄された例がある。
破綻
編集災害の規模があまりにも大きいと国家財政に大きな影響を与える。太平洋戦争中に愛知県内で起きた地震は航空機工場が倒壊し、勤労動員の多くの学生、生徒が死傷した。航空機生産に大きな支障が生じて戦争遂行能力に大きな影響を与えた。 大都市に大規模災害が起きると多数の死傷者が出るほか、建築物や鉄道、道路が破壊され、これらの復旧に莫大な費用がかかる。また、企業の倒産が増えて失業者も増えると経済に影響が出る。保険会社による保険金の支払いも、所有している国内の資金には限りがあり、海外の株券を売ることになるがこれは世界経済に大きな影響を与える。
現状
編集兵庫県南部地震を機に防災意識が高まり、防災工学をカリキュラムに置く教育機関が増えた。日本国内では、土木工学の一環として大学、高等専門学校、高等学校で防災工学を研究、学習をしている。災害が起きるたびに様々な課題が浮かび上がり、参考文献にある防災工学の教科書も間に合わないのが現状である。
防災工学を履修できる教育機関
編集国立大学
編集私立大学
編集高等専門学校
編集- これ以外にも防災工学を履修できる教育機関はある。
隣接する学問
編集脚注
編集- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『防災工学』 - コトバンク
- ^ “環境防災工学コース”. 北見工業大学 地球環境工学科. 北見工業大学. 2024年9月7日閲覧。
- ^ “自然災害の科学と災害対策の基礎を学ぶ「防災工学」”. 国立大学55工学系学部HP. 2024年9月7日閲覧。
- ^ “土木工学の基礎を土台に、防災工学、地震工学、耐震工学、防災実習などの専門科目を学びます”. カリキュラム. 愛知工業大学. 2024年9月7日閲覧。
- ^ 読売新聞2024年1月18日発行。