関谷 (鎌倉市)
関谷(せきや)は、神奈川県鎌倉市の大字。住居表示未実施区域[5]。郵便番号は247-0075[3](集配局 : 大船郵便局[6])。
関谷 | |
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大字 | |
北を上にした関谷付近の航空写真(1984年)。中央からやや南部の立体交差が関谷インター、北の施設が小雀浄水場、中央からやや東部の施設が関谷小学校、写真西部の農地が関谷耕地。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 | |
北緯35度21分47秒 東経139度30分22秒 / 北緯35.362989度 東経139.506119度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 神奈川 |
市町村 | 鎌倉市 |
地域 | 玉縄地域 |
人口情報(2023年(令和5年)9月1日現在[1]) | |
人口 | 2,258 人 |
世帯数 | 809 世帯 |
面積([2]) | |
1.45 km² | |
人口密度 | 1557.24 人/km² |
標高 | 34 m |
郵便番号 | 247-0075[3] |
市外局番 | 0467(藤沢MA)[4] |
ナンバープレート | 横浜 |
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地理
編集鎌倉市の北西端に位置し、東部を鎌倉市城廻及び玉縄、西部を横浜市戸塚区影取町、南部を藤沢市大鋸及び柄沢、北部を横浜市戸塚区小雀町及び栄区田谷町(但し田谷町とは直接接続する道路は無く小雀町を経由する)と接する。また戸塚区影取町内に飛地を持つ。玉縄地域に属する。 東部は関谷川を中心とする谷戸と比較的急峻な丘陵部であり、西部は東部の丘陵部から戸塚区との境界線付近を流れる滝野川へかけてなだらかな丘陵部が続き、滝ノ川から西側は再び急傾斜となり戸塚区影取にある国道1号(東海道)付近を稜線とする台地の一端を形成する。小字として石原谷戸・芹ヶ谷戸・鍛治谷戸・下坪・中道・島ノ神・長者久保などが存在する。また、かつては山居(さんきょ)という小字が存在したが、境界線変更のため現在は属さない。これは現在の玉縄五丁目付近にあたる。
北東部の一部以外、大部分が市街化調整区域となっているため、東部は丘陵地を森林・谷戸部を住宅地で形成され、西部は見通しの良い農地が広がる。「丘陵部の谷間の土地」を意味する谷戸を含む小字が多いのが特徴である。これらの区域は関谷川が流れていることもあり多湿になりやすく、早朝の濃霧のため、バスが運休することもある。
河川
編集- 関谷川 - 関谷小学校南側の道路沿いに流れる小川。柏尾川の支流にあたる。たびたび氾濫し、2005年の台風の際にも深刻な被害を出している。[7]
- 滝ノ川 - 地内西端を流れる境川の支流。滝野川とも表記される。
地価
編集住宅地の地価は、2023年(令和5年)1月1日の公示地価によれば、関谷字石原谷戸898番53[8]の地点で12万7000円/m2となっている[9]。
世帯数と人口
編集2023年(令和5年)9月1日現在(鎌倉市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
関谷 | 809世帯 | 2,258人 |
人口の変遷
編集国勢調査による人口の推移。
年 | 人口 |
---|---|
1995年(平成7年)[10] | 1,955
|
2000年(平成12年)[11] | 2,009
|
2005年(平成17年)[12] | 2,082
|
2010年(平成22年)[13] | 2,093
|
2015年(平成27年)[14] | 1,971
|
2020年(令和2年)[15] | 2,188
|
世帯数の変遷
編集国勢調査による世帯数の推移。
年 | 世帯数 |
---|---|
1995年(平成7年)[10] | 601
|
2000年(平成12年)[11] | 649
|
2005年(平成17年)[12] | 693
|
2010年(平成22年)[13] | 709
|
2015年(平成27年)[14] | 708
|
2020年(令和2年)[15] | 773
|
学区
編集市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2017年7月時点)[16][17]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 鎌倉市立関谷小学校 | 鎌倉市立玉縄中学校 |
歴史
編集旧鎌倉郡関谷村。北西部の関谷農地付近では湧水が多く見られ、このため縄文時代からの生活跡が東正寺遺跡に見られる[18][19]。17世紀中頃の正保年間に城廻村貞宗寺持であった関谷地蔵堂付近が相模国鎌倉郡関谷村となった。当時の戸数は36戸[20]。1633年(寛永10年)に甘縄藩領となり、1697年(元禄10年)には天領及び旗本長山氏領、幕末になり旗本根岸氏(根岸鎮衛)及び伏屋氏の相給となった[18]。明治時代に入り、1889年4月1日の町村制施行に伴い、関谷村は玉縄村に編入され玉縄村の大字となり、神奈川県鎌倉郡玉縄村大字関谷となった。1933年(昭和8年)、玉縄村は大船町に編入され大船町大字関谷、戦後の1948年(昭和23年)に大船町は鎌倉市に編入され鎌倉市関谷となった。1969年(昭和44年)南側の字山居付近が玉縄2・4-5丁目として分離された[18]。
地名の由来
編集関谷は元々関屋と書かれ、玉縄城本丸への関所があったためこの名がついたといわれる[21]。
沿革
編集- 1633年(寛永10年) - 甘縄藩領となる。
- 1697年(元禄10年) - 天領及び旗本長山氏の相給、後に旗本根岸氏及び伏屋氏の相給となる。
- 1889年(明治22年) - 町村制施行に伴い、関谷村は玉縄村に編入され玉縄村の大字となり、神奈川県鎌倉郡玉縄村大字関谷となる。
- 1933年(昭和8年) - 玉縄村の大船町編入に伴い大船町大字関谷となる。
- 1948年(昭和23年) - 大船町の鎌倉市編入に伴い鎌倉市関谷となる。
- 1969年(昭和44年) - 字山居付近が玉縄2・4-5丁目となる。
史跡
編集産業
編集事業所
編集2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[22]。
大字 | 事業所数 | 従業員数 |
---|---|---|
関谷 | 56事業所 | 1,080人 |
事業者数の変遷
編集経済センサスによる事業所数の推移。
年 | 事業者数 |
---|---|
2016年(平成28年)[23] | 54
|
2021年(令和3年)[22] | 56
|
従業員数の変遷
編集経済センサスによる従業員数の推移。
年 | 従業員数 |
---|---|
2016年(平成28年)[23] | 756
|
2021年(令和3年)[22] | 1,080
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交通
編集鉄道
編集鉄道は地内を通っていない。最寄駅として大船駅・藤沢駅がバス・自家用車・徒歩などで利用される。
バス
編集道路
編集- 2つの県道が交差する関谷インターチェンジは鎌倉市内における数少ない立体交差の一つとなっている。
施設
編集- 横浜市水道局小雀浄水場 - 一部が地内にあたる。
- 鎌倉市植木剪定材受入事業場
- 鎌倉市立関谷小学校
- 神奈川県立鎌倉支援学校
- 関谷地蔵堂 - 相模国準四国八十八箇所第十八番札所
- 庚申塔
- 関谷山王社
脚注
編集- ^ a b “町丁字別・地域別人口と世帯数(国勢調査基準・各月・平成13年~)” (XLSX). 鎌倉市 (2023年9月12日). 2023年9月17日閲覧。 “(ファイル元のページ)”(CC-BY-4.0)
- ^ “令和4年(2022年)版 鎌倉の統計” (PDF). 鎌倉市. 2023年8月14日閲覧。(CC-BY-4.0)
- ^ a b “関谷の郵便番号”. 日本郵便. 2023年8月9日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ “鎌倉市の町名称及び住居表示の実施状況”. 鎌倉市 (2017年2月7日). 2018年2月22日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2022年度版” (PDF). 日本郵便. 2023年7月17日閲覧。
- ^ ここだって鎌倉だ!断ち切るな関谷・玉縄みどりの輪,2017-06-15閲覧。
- ^ 新風台住宅内
- ^ “国土交通省地価公示・都道府県地価調査”. 国土交通省. 2023年8月9日閲覧。
- ^ a b “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
- ^ “鎌倉市の市立小学校通学区域”. 鎌倉市. 2017年7月6日閲覧。
- ^ “鎌倉市の市立中学校通学区域”. 鎌倉市. 2017年7月6日閲覧。
- ^ a b c 『角川地名大辞典 14神奈川県』角川書店、1991年9月。
- ^ 『日本歴史地名大大系 14巻 神奈川県の地名(オンデマンド版)』平凡社、2004年9月30日、P354。
- ^ 新編相模国風土記稿
- ^ 三浦勝男『鎌倉の地名由来辞典』東京堂出版
- ^ a b c “経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
- ^ a b “経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。