藤原文正
藤原 文正(ふじわら の ふみまさ)は、平安時代中期の貴族・能書家。藤原式家、下野守・藤原忠紀の子。官位は従五位下・加賀守。
時代 | 平安時代中期 |
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生誕 | 不詳 |
死没 | 不詳 |
官位 | 従五位下、加賀守 |
主君 | 村上天皇 |
氏族 | 藤原式家 |
父母 | 父:藤原忠紀、母:三河守宗季の娘 |
妻 | 藤原祐之の娘 |
子 | 光輔 |
経歴
編集天暦10年(956年)2月10日に蔵人に補任され、天徳2年(958年)正月に内記に任官。天徳3年(959年)に尾張守に任ぜられて地方官に転じた[1]。『尊卑分脈』によれば極位極官は従五位下・加賀守に至ったという。書画をよくし、『日本紀略』の天徳2年(958年)4月8日条において小野道風と共に能書家と称された。『扶桑名画伝』によれば大膳大夫・紀時文の三男であるともいう。
系譜
編集- 父:藤原忠紀
- 母:三河守宗季の娘
- 妻:藤原祐之の娘
- 男子:藤原光輔(?-?)
脚注
編集出典
編集- 『尊卑分脈 第二篇』吉川弘文館、1987年