葛木町
葛木町 | |
---|---|
北緯35度10分48.36秒 東経136度40分49.73秒 / 北緯35.1801000度 東経136.6804806度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 愛西市 |
面積 | |
• 合計 | 1.549946959 km2 |
人口 (2015年(平成27年)10月1日現在)[WEB 2] | |
• 合計 | 240人 |
• 密度 | 150人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
496-0932[WEB 3] |
市外局番 | 0567[WEB 4]) |
ナンバープレート | 名古屋 |
地理
編集旧立田村北西部に位置する[1]。東は戸倉町、南は石田町、北は早尾町に接する[1]。
学区
編集- 高等学校 - 尾張学区
- 中学校 - 愛西市立立田中学校[WEB 5]
- 小学校 - 愛西市立立田北部小学校[WEB 5]
歴史
編集町名の由来
編集『古事記』や『日本書紀』には、崇神天皇の后・尾張大海媛(別名・葛木高名姫命)がこの地域の出身であり、「葛木」の地名はこの后の名前から名づけられたと記されている[2][3]。
沿革
編集この節の加筆が望まれています。 |
世帯数と人口
編集人口の変遷
編集国勢調査による人口の推移。
1995年(平成7年) | 308人[WEB 6] | ||
2000年(平成12年) | 287人[WEB 7] | ||
2005年(平成17年) | 281人[WEB 8] | ||
2010年(平成22年) | 272人[WEB 9] | ||
2015年(平成27年) | 240人[WEB 10] |
世帯数の変遷
編集国勢調査による世帯数の推移。
1995年(平成7年) | 65世帯[WEB 6] | ||
2000年(平成12年) | 62世帯[WEB 7] | ||
2005年(平成17年) | 61世帯[WEB 8] | ||
2010年(平成22年) | 62世帯[WEB 9] | ||
2015年(平成27年) | 62世帯[WEB 10] |
交通
編集バス
編集停留所名 ルート 64 葛木町 立田
道路
編集施設
編集脚注
編集WEB
編集- ^ “愛知県愛西市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2021年8月9日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ “愛知県愛西市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2022年1月3日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧” (PDF). 総務省. 2022年1月3日閲覧。
- ^ a b 愛西市役所 教育委員会 学校教育課. “小・中学校”. 愛西市. 2021年8月9日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ a b 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 愛西市. “愛西市巡回バス”. 2024年4月9日閲覧。
書籍
編集- ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1884.
- ^ 国土交通省 中部地方整備局. “KISSO Vol.24” (PDF). 2022年7月20日閲覧。
- ^ 国土交通省 中部地方整備局. “KISSO Vol.52” (PDF). 2022年7月20日閲覧。
- ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 388.
参考文献
編集- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。