萱沼 (川越市)
埼玉県川越市の地名
萱沼(かいぬま)は、埼玉県川越市東南部の大字。旧入間郡久下戸村の一部及び澁井村飛地。郵便番号は350-0012[2]。
萱沼 | |
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北緯35度53分28.81秒 東経139度33分11.44秒 / 北緯35.8913361度 東経139.5531778度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 埼玉県 |
市町村 | 川越市 |
人口 | |
• 合計 | 660人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
350-0012[2] |
市外局番 | 049[3] |
ナンバープレート | 川越 |
地理
編集川越市の東南端に位置し、西部を久下戸、西北部を古谷本郷、北部を久下戸の飛地、 びん沼川越しの東部をさいたま市西区飯田新田と接している。水田の多い農業地域であり、地内を東西に走る市道を中心に集落が存在する[4]。
河川
編集歴史
編集江戸時代、澁井村は荒川(明治に入って流路が変更され、現在のびん沼川となった)沿いに枝郷と呼ばれる飛び地を持っていた。枝郷は萱の取れる沼を持ち、民家2軒があったという[5][6]。この枝郷が現在の萱沼にあたる。
明治時代に入って1889年(明治22年)4月1日の町村制施行に伴い、久下戸村及び澁井村は、牛子村・今泉村・南田島村・並木村・木野目村・古市場村及びと合併し南古谷村の大字となった[7]。1955年(昭和30年)4月1日、南古谷村は川越市に編入された。 1967年(昭和42年)11月1日、大字久下戸東南部を大字渋井の飛地と併せ、大字萱沼が成立した。
世帯数と人口
編集2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
萱沼 | 251世帯 | 660人 |
小・中学校の学区
編集番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 川越市立南古谷小学校 | 川越市立南古谷中学校 |
交通
編集鉄道
編集地内に鉄道は敷設されていない。最寄駅はJR東日本川越線・南古谷駅になる。
バス
編集- 西武バス大34系統・大34-1系統(所沢駅東口・中富-上福岡駅入口-大宮駅西口)
- 西武バス大35・大37系統(大宮駅西口 - 中並木 - 水判土 - 二ツ宮 - 治水橋堤防 - 飯田新田 - 馬宮団地 - ららぽーと富士見)(大37系統は馬宮団地まで)
以上の路線が県道56号線を通過しているが、地内にバス停は無い。利用する際はさいたま市西区飯田新田の治水橋堤防停留所が使用される。
道路
編集- 埼玉県道56号さいたまふじみ野所沢線 - 地内西辺をびん沼川高架橋がかすめている。この橋は1993年(平成5年)に治水橋を架け替えた際に建設された。
施設
編集脚注
編集- ^ a b “川越市 町字別・男女別人口と世帯数”. 川越市 (2017年10月2日). 2017年10月14日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月11日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月。
- ^ 『新編武蔵風土記稿巻之百六十七』、「大日本地誌大系(八)新編武蔵風土記稿 第八巻」雄山閣、1957年9月再版所収。
- ^ 新編武蔵風土記稿 1929.
- ^ 『埼玉大百科事典』第5巻、埼玉新聞社、1975年5月、p51。
- ^ “町名地番別川越市立小・中学校検索”. 川越市 (2015年1月3日). 2017年10月14日閲覧。
参考文献
編集- 蘆田伊人編 編「巻ノ166入間郡ノ11 渋井村」『大日本地誌大系』 第12巻 新編武蔵風土記稿8、雄山閣、1929年8月。NDLJP:1214888/154。