芸術社会学
芸術社会学 (げいじゅつしゃかいがく、Sociology of art) は社会学の一分野で、芸術および美学を社会学的立場あるいはマルクス主義的社会科学の立場から考察しようとする学問である。
歴史を通じた芸術社会学の研究とは、芸術の社会史、すなわちある社会が特定の芸術家の登場にどのように貢献したかを研究することである。
ハンナ・ダインハードは1970年に上梓した "Meaning and Expression: Toward a Sociology of Art"において「芸術社会学の出発点は疑問である。すなわち、常にある特定の時代や社会、特定の時期における人間の所産として成る芸術作品、あるいは必ずしも「芸術作品」として産み出されたものではない機能は、いかにして時間を超越して生き残り、まったく異なる時代や社会において表現に富み意味あるものとなりうるのか?またその一方で、それらを生み出した時代や社会はどのように作品の中に認識されるのか?」というアプローチを提示した[1]。
他のアプローチでは、芸術作品の創造における社会的・経済的背景を考察する。それはここ数十年の美術史における主な着眼点でもあった。また、芸術のパトロンと消費者、そして芸術家自身の役割が考察されるとともに、単なる来歴に留まらず、古美術品がどこで創造されて現在ここにあるのかということや美術品蒐集の歴史にも大きな関心が寄せられる。
マルクス主義的社会科学の立場からの考察例
編集ソビエト連邦時代のマルクス主義的社会科学の立場からの芸術社会学の設定は、1926年に刊行されたウラジミール・フリーチェの『芸術社会学』に詳しい。そこでは、1847年にベルギーのアルフレド・ミヒールス[注釈 1]が提起した「如何なる芸術が人間社会の発達に於ける個々の時代に適合すべきであるか」という問いを該当の学的追究が解き明かすべき根本問題であるとしている。
この問題に対しては、フランスのイポリット・テーヌによる1882年刊行『芸術哲学』の内容では不十分であり、ドイツの民族学者、原始文化の研究者であるエルンスト・グロッセ[注釈 2]の1894年の『芸術の発生』を待たねばならなかった。そこでは狩猟民族の研究の結果、芸術の本質を形成する根源は、気候や思想の状態ではなく、経済もしくは経済組織であると決定することができた。しかし、グロッセは、人類発達の低い段階に於いては芸術は経済組織により決定されるが、より高い段階に於いてはこの連繋は破られ、芸術はその本質に於いて経済によってではなく、芸術家の創造的個性により制約を受けるとするのである。
ただマルクス主義的世界観のみが、芸術社会学の建設に根拠を与えるとフリーチェは説く[2]。
脚注
編集注釈
編集- ^ ジョセフ・アルフレド・グザヴィエ・ミヒールス Joseph Alfred Xavier Michiels(1813-1892)フランス系ベルギー人。随筆家、司書、美術史家、批評家、翻訳者。アガソペデス学会の会員。ベルギー政府からの依頼に応じて著した『フランドルとオランダの絵画史』(1847)がフリーチェの考察対象となっている。
- ^ エルンスト・カール・グスタフ・グロッセ Ernst Carl Gustav Grosse(1862-1927)ドイツの民族学者。フライブルクの美術界で活躍したのち日本を含む東アジアの美術にも関心を持ち、日本、中国を歴訪。この間日本人女性と結婚する。人類の発達段階を生産性の低い猟師、高い猟師、牧場主、生産性の低い農耕民、高い農耕民の5段階に分け、この並びが、歴史的発展の推移ではない不連続のものであることを強調している。
出典
編集参考文献
編集- Jean-Marie Guyau, L’art au point de vue sociologique (1889).
- Deinhard, Hanna, Meaning and Expression: Toward a Sociology of Art. Beacon Press, Boston, 1970. ISBN 0-8070-6664-8
- Becker, Howard S., The epistemology of qualitative research. University of Chicago Press, 1996. 53-71. [from Ethnography and human development : context and meaning in social inquiry / edited by Richard Jessor, Anne Colby, and Richard A. Shweder]
- Howard S. Becker, New Directions in the Sociology of Art. ESA colloque in Paris, April 2003.
- Nakajima, Seio. "Prosumption in Art." American Behavioral Scientist Vol. 56, No. 4 (April 2012): 550-569. [1]
- Torin Monahan, Digital Art Worlds: Technology and Productions of Value in Art Education. Foundations in Art: Theory and Education in Review 26: 7-15, 2004.
- Nick Zangwill, Against the Sociology of Art.[リンク切れ] Philosophy of the Social Sciences 32(2): 206—18, 2002.
- John Paul, Art as Weltanschauung: An Overview of Theory in the Sociology of Art. Electronic Journal of Sociology, 2005.
- Alain Quemin, "Globalization and Mixing in the visual arts. An Empirical Survey of "High Culture" and Globalization", International Sociology, vol. 21, n°4, July 2006, p. 522-550.
- Alain Quemin, "International Contemporary Art Fairs in a "Globalized" Art Market", European Societies, vol.15, n°2, 2013, p. 162-177.
- Alain Quemin, Les stars de l'art contemporain. Notoriété et consécration artistiques dans les arts visuels", Paris, Editions du CNRS, 2013, 458 p.
- SocioSite: Art in Cyberspace Guide for the Sociology of Art
- Raymonde Moulin "The French Art Market", Rutgers University Press, 1987 ISBN 0-8135-1232-8