色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(しきさいをもたないたざきつくると、かれのじゅんれいのとし[注 1])は、村上春樹の13作目の長編小説。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 | ||
---|---|---|
著者 | 村上春樹 | |
イラスト | モーリス・ルイス | |
発行日 | 2013年4月12日[1] | |
発行元 | 文藝春秋 | |
ジャンル | 小説 | |
国 | 日本 | |
言語 | 日本語 | |
形態 | 上製本 | |
ページ数 | 376 | |
公式サイト | 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 特設サイト - 本の話WEB | |
コード | ISBN 978-4-16-382110-8 | |
ウィキポータル 文学 | ||
|
出版
編集2013年4月12日、文藝春秋より発売された(奥付の発行日は4月15日、文藝春秋公式サイトの発売日は4月16日)[2]。表紙の絵はモーリス・ルイスが描いた「Pillar of Fire」(1961年製作)。装丁は大久保明子。表紙と扉には「Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage」という英題が記されている。2015年12月4日、文春文庫として文庫化された。また同日、電子書籍版が配信開始された[3][4]。
出版前
編集2013年2月16日、文藝春秋が4月に村上春樹の新作書き下ろし長編小説を刊行することを発表[5]。3月15日には、タイトルが『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』であること、発売日が4月12日に決まったことが公表された[6]。
同日から予約が開始され、Amazon.co.jpでは11日間で1万部を突破。これは前作『1Q84 BOOK3』よりも1日早く、Amazon.co.jpでは最速であった[7]。文藝春秋では、同社の単行本としては最多となる初版30万部を準備。さらに発売前に3度の重版をかけ、部数は発売時点で4刷50万部に達した[8][9]。
発売前には、2月28日[10]と3月15日[6]に村上春樹のメッセージが発表されるなど、断片的な情報を伝えるリリースが7回にわたり行われたが[11]、小説の具体的な内容は明らかにされなかった。また、通例、刊行に先立って書評家、他の出版社、新聞、書店などに配布される、「プルーフ」と呼ばれる校正刷りの段階の原稿も作成されず、発売前に内容を知り得たのは極少数の人に限られた[12]。
出版後
編集発売日である2013年4月12日には、東京都内の深夜営業の本屋では午前0時からの販売開始に150人以上列を作った本屋もあった[1]。発売後7日で部数が8刷100万部を突破した[13][14]。そしてトーハン発表の「2013年年間ベストセラー」総合2位を記録した[15]。
作中に登場するロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンが演奏するリストのピアノ独奏曲集である「巡礼の年」の輸入盤CDが店頭で品切れが続出し、国内盤CDは廃盤になっていたが、ユニバーサルミュージックが急遽、同年5月15日に再発売することを決定した[1]。
2014年8月12日、英訳版『Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage』が発売された。電子書籍およびオーディオブックも同時に発売された。英国や米国等では11日の夜からイベントを催す書店もあり、ニューヨーク・マンハッタン島にある書店は、発売時に店内が約70人のファンで埋まったという[16]。 ロック・ミュージシャンのパティ・スミスは『ニューヨーク・タイムズ』に書評を寄稿し、「これは『ブロンド・オン・ブロンド』ではない。『血の轍』だ」と評した[17][注 2] [注 3]。
2014年8月30日、ロンドンの書店で「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の英訳版発売に際し、村上春樹のサイン会が開かれた[19][20][21]。書店前には徹夜組を含め約400人のファンが行列をつくり、海外での人気の高さを改めて印象付けた[19][20][21]。また、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストで、2週連続でハードカバー・フィクション部門の第1位を獲得した[22]。
あらすじ
編集多崎つくるは高校時代、名前に「色」の漢字が入った4人の友人といつも行動を共にしていた。しかし、彼の名前だけ色の漢字がないことに疎外感を覚えていた。5人は名古屋市の郊外にある公立高校で同じクラスに属していた[注 4]。友人4人はいずれも地元の大学に進んだが、多崎は駅を設計する仕事に就きたいと、東京の工科大学に進んだ。
だが、大学二年生の頃いきなり友人のグループから追放されてしまい、死についてだけしか考えられない時期が続いた。その後何とか心の傷から離れようと、決まった生活リズムで生活していく中、大学の後輩の灰田という男性の友人ができた。彼は、「巡礼の年」というアルバムのレコードを聞かせてくれた。その中には、高校時代の友人のうちの一人が弾いてくれた「ル・マル・デュ・ペイ」という曲が入っていた。
とある夜、多崎が高校時代の友人と性交をする夢を見て目を覚ますと、灰田が口淫をしていて多崎はショックを受ける。その後彼は「実家に帰る、二週間で戻る」と言い、レコードも置いていくが戻ることはなく、のちに退寮届が出されていたことを知る。
そして、多崎が36歳になった時2歳年上の沙羅という女性と上司が開催したパーティで出会い、心の傷を打ち明けられるほど親密な関係になる。体を重ねたものの、沙羅に「あなたの心には問題がある。」「あなたに抱かれているとき、あなたはどこかよそにいるみたいに私には感じられた。」と言われ、沙羅のサポートのもと友人たちの居場所を探してもらい、友人たちのグループから追放された理由を聞くために、3人の友人に会いに「巡礼の旅」に出ることを決める。
登場人物
編集- 多崎つくる(たざき つくる)(戸籍上は「多崎作」)
- 主人公。作中の現在は36歳。独身。子供の頃から鉄道の駅を眺めることが好きだった。東京都在住。鉄道会社で駅を設計する仕事に携わっている。
- 赤松 慶(あかまつ けい)
- 主人公の高校時代の友人5人組グループの一員。グループ内の愛称は「アカ」。名古屋市在住。高校時代の成績は優秀。名古屋圏の大企業を相手に社員研修を提供するビジネスで成功している。
- 青海 悦夫(おうみ よしお)
- 主人公の高校時代の友人5人組グループの一員。グループ内の愛称は「アオ」。名古屋市在住。高校時代はスポーツマン。トヨタ自動車の高級ブランド「レクサス」を扱うディーラーに勤務している。
- 白根 柚木(しらね ゆずき)
- 主人公の高校時代の友人5人組グループの一員。グループ内の愛称は「シロ」。音楽の才能に秀でた美少女だった。グループメンバーが主人公と絶縁するきっかけを作った。音楽大学を卒業後、自宅でピアノを教えていたが、やがて浜松市に移った。
- 黒埜 恵理(くろの えり)/エリ・クロノ・ハアタイネン
- 主人公の高校時代の友人5人組グループの一員。グループ内の愛称は「クロ」。陶芸家。名古屋の女子私立大学の英文科を卒業したあと、陶芸を学ぶために愛知県立芸術大学工芸科に入り直す[24]。フィンランドから日本に陶芸を学びにきた男性と結婚し、ヘルシンキに住む。「シロ」のことは「ユズ」と呼んでおり、自らの娘にも「ユズ」と名付けた。
- 木元 沙羅(きもと さら)
- つくるの現在の友人の女性。つくるより2歳年上。旅行会社勤務。東京に住む。
- 灰田 文紹(はいだ ふみあき)
- つくるの大学時代の数少ない友人。学年は二つ下。物理学科専攻。秋田県出身。
- 灰田の父
- つくるの大学時代には秋田の公立大学で哲学科の講師をしていた。大学闘争時代に大学を休学し、一年間の放浪生活を送る。
- 緑川(みどりかわ)
- 灰田の父が学生時代にバイトをしていた温泉宿の長逗留客。ジャズピアニスト。灰田の父に持つと死ぬ「死のトークン」の話をする。
登場する文化・風俗
編集- 『巡礼の年』 - フランツ・リストのピアノ曲集。作中では、曲集のうち『第1年:スイス』の第8曲「ル・マル・デュ・ペイ(郷愁、ノスタルジア等と訳される)」が重要なモチーフとして登場する[25]。
- カベルネ・ソーヴィニオン - ワイン用のブドウの品種の一つ。恵比寿の外れにあるバーで沙羅はナパのカベルネ・ソーヴィニオンのワインを選ぶ[26]。
- ヴォルテール - フランスの哲学者。つくるが「思考とは髭のようなものだ。成長するまでは生えてこない。たしか誰かがそう言った」と言うと、友人の灰田が「ヴォルテールです」と答える[27]。
- バリー・マニロウ[注 5] - アメリカの歌手。大学時代のつくるの住むマンションに姉が残していったレコードとして登場する[29]。
- ペット・ショップ・ボーイズ[注 6] - イギリスの音楽グループ(デュオ)。同じくつくるの姉が残していったレコードとして登場する[29]。
- アーノルド・ウェスカー - イギリスの劇作家。戯曲『調理場』の中の台詞を灰田が引用する[32]。
- 「ラウンド・ミッドナイト」 - セロニアス・モンク作曲のジャズのスタンダード・ナンバー。緑川が灰田の父の前で弾く曲[33]。
- 『知覚の扉』 - オルダス・ハクスリーが1954年に著した書籍。緑川は灰田の父に向かって言う。「死を引き受けることに合意した時点で、君は普通ではない資質を手に入れることになる。(中略) 君はオルダス・ハクスレーがいうところの『知覚の扉』を押し開くことになる。そして君の知覚は混じりけのない純粋なものになる」[34]
- 「ラスベガス万才」 - エルヴィス・プレスリーが1964年に発表した楽曲。「アオ」の携帯電話の着信メロディとして登場する。作中では「ラスヴェガス万歳!」と表記されている[35]。
- 「冷たくしないで」 - エルヴィス・プレスリーが1956年に発表した楽曲。アコーディオン弾きの老人の演奏に合わせてフィンランド語で歌われる[36]。
翻訳
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 単行本の奥付のふりがなによる。
- ^ 『ブロンド・オン・ブロンド』はボブ・ディランが1966年に発表した二枚組のアルバム。『血の轍』は同じくボブ・ディランが1975年に発表したアルバム。
- ^ 2014年、村上は「ヴェルト文学賞」を受賞するが、同年11月7日にベルリンで行われた授賞式に、パティ・スミスはゲスト参加した。村上の授賞スピーチのあと、「大好きな作家。あなたが生きていてうれしい」と挨拶をして歌を披露した[18]。
- ^ 村上は本作品を次のように述懐している。「『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を書いている間、あたかも自分が名古屋出身者であるかのような気持ちになっていました。ほんとに。昔、ジョン・F・ケネディ大統領がベルリンを訪れたとき、壁の前で『私は一人のベルリン市民だ(Ich bin ein Berliner)』と演説しましたが、僕もあの小説を書いているあいだは『一人の名古屋市民』だったかもしれません」[23]
- ^ バリー・マニロウは村上の著書においては含みのある書き方をされることが多い。『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社)ではかつら工場で働く笠原メイが次のように書き記す。「仕事場には有線放送の音楽が流れています。音楽の種類は時間によって違っています。もしねじまき鳥さんがバリー・マニロウとエア・サプライのファンなら、ここが気に入るかもしれません」[28]
- ^ 一方、ペット・ショップ・ボーイズに関しては村上はファンであることを明言している。「村上朝日堂ホームページ」では次のように書いている。「ペットショップ・ボーイズのどこが悪いんだ、というあなたの意見には全面的に賛成します。僕は好きです。ゲイで何が悪い、ぴらぴらしているのがイヤならヒラメのエンガワを食べるなよな、というのが僕の意見です。'being boring'は僕も大好きです」[30]「『ドミノ・ダンシング』、いいですよね。ペットショップ・ボーイズのお友達は、僕のお友達です。Mi casa, su casaです」[31]
出典
編集- ^ a b c “村上春樹さんの新刊販売開始 深夜に行列、ファン興奮”. 朝日新聞. (2013年4月12日) 2013年4月28日閲覧。
- ^ 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
- ^ 文春文庫『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上 春樹 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS
- ^ 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹 | 電子書籍 - 文藝春秋BOOKS
- ^ 村上春樹さんの長編書き下ろし小説、4月刊行へ : ニュース : 本よみうり堂 YOMIURI ONLINE(読売新聞)、2013年2月18日
- ^ a b 村上春樹さん新作は「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 4月12日発売 MSN産経ニュース、2013年3月15日
- ^ 村上春樹新作小説4・12発売!「色彩」「多崎つくる」「巡礼」の謎 | 特集 週刊文春WEB、2013年4月11日
- ^ 村上春樹さん「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 新作をめぐる熱狂 MSN産経ニュース、2013年4月10日
- ^ 村上春樹さん新作を発売 3年ぶり、既に50万部 MSN産経ニュース、2013年4月12日
- ^ 村上春樹さん「書いているうちに長編になった」 新作でメッセージ MSN産経ニュース、2013年2月28日
- ^ 内容極秘、謎めく春樹新作…発売前から50万部 : ニュース : 本よみうり堂 YOMIURI ONLINE(読売新聞)、2013年4月9日
- ^ 秘密主義徹底の村上春樹の新作 謎の多さに書店も大わらわ 女性セブン2013年4月25日号(NEWSポストセブン)、2013年4月11日
- ^ “春樹効果、クラシック界にも 小説に登場の曲、品切れに”. 朝日新聞. (2013年4月20日) 2013年4月28日閲覧。
- ^ “書店員は村上春樹をどう売るのか?『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』をもっと楽しむ”. 日経ビジネス. (2013年4月26日) 2013年4月28日閲覧。
- ^ トーハン調べ 2013年 年間ベストセラー
- ^ “村上春樹「多崎つくる」に熱狂 英語版、全米で一斉発売”. 産経ニュース. (2014年8月18日) 2014年8月20日閲覧。
- ^ “Deep Chords: Haruki Murakami’s ‘Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage’”. The New York Times. (2014年8月5日) 2014年8月20日閲覧。
- ^ “5年ぶり生ハルキ 壁崩壊25年のベルリンでスピーチ”. スポーツニッポン. (2014年11月9日) 2014年11月26日閲覧。
- ^ a b “村上春樹さんがサイン会=400人行列-ロンドン”. 時事通信社. (2014年8月30日) 2014年8月31日閲覧。
- ^ a b “村上春樹さん:「多崎つくる」ロンドンサイン会に長蛇”. 毎日新聞. (2014年8月31日) 2014年8月31日閲覧。
- ^ a b “ロンドンで村上春樹サイン会にファン殺到”. 日刊スポーツ. (2014年8月30日) 2014年8月31日閲覧。
- ^ “村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』英訳本 著者サイン入り豪華装丁版を抽選で3名様に限定販売”. 共同通信 PRワイヤー. (2014年9月12日) 2014年9月17日閲覧。
- ^ やはり名古屋は魔都なのか (2015年4月25日) - 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト
- ^ 本書、単行本、138頁、301頁。
- ^ 米光一成. “最速レビュー。村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に驚いた”. エキサイトレビュー. 2013年4月13日閲覧。
- ^ 本書、単行本、36頁。
- ^ 本書、単行本、54頁。
- ^ 『ねじまき鳥クロニクル』第3部、新潮文庫、197頁。
- ^ a b 本書、単行本、61-62頁。
- ^ 『スメルジャコフ対織田信長家臣団』朝日新聞社、2001年4月、読者&村上春樹フォーラム156。
- ^ 『スメルジャコフ対織田信長家臣団』前掲書、読者&村上春樹フォーラム169。
- ^ 本書、単行本、66頁。
- ^ 本書、単行本、78頁。
- ^ 本書、単行本、89頁。
- ^ 本書、単行本、166頁。
- ^ 本書、単行本、260頁。
- ^ “村上春樹作品のドイツ語訳に関する一考察”. nippon.com. (2014年2月24日) 2014年2月25日閲覧。
- ^ “村上春樹氏の新作、韓国で空前の売れ行き 5万部の増刷も決定”. ライブドアニュース. (2013年7月3日) 2014年2月18日閲覧。
外部リンク
編集- 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 | 特設サイト - 本の話WEB - ウェイバックマシン(2013年3月16日アーカイブ分)