脊椎側彎症
脊椎側彎症(せきついそくわんしょう、英:Scoliosis)とは、脊椎(背骨)が側方に彎曲する病気である[1]。「脊柱側彎症」(せきちゅう―)や、簡易慣用字体を用いた「側弯」表記も多く見られる。「側湾」は誤記。
側方への彎曲以外に、前後に彎曲した後彎症もある。
概要
編集脊椎は、体の側面から見ると前後にカーブしているが、これは生理的彎曲という正常な状態である。一方で、正常な状態であれば正面あるいは背面から見ると脊椎はまっすぐに伸びている。しかし、側方(横方向)に彎曲したり、脊椎がねじれている場合があり、これらを脊椎側彎症または側彎症と呼ぶ。
- 脊椎がねじれながら横に彎曲する側彎症
- 後方に凸に曲がる後彎
- 側彎と後彎が合併した後側彎症
の3つに分けられる[2]。
痛みを伴うことは稀なため初期における発見は難しく、ある程度成長してしまってから気がつく場合が多い。
原因
編集側彎症は、原因に応じて以下のように分類される。
特発性側彎症
編集特発性側彎症とは、原因の分からない側彎症の総称である。この特発性側彎症が側彎症の80-85%を占めている[3]。
発症時期により、
に細分され、脊椎側彎症の多くが思春期脊椎側彎症[4]であることから、小学校4年生から中学校3年生までの間が特に注意が必要とされる[5]。およそ1:7の割合で女子に多く、その中でも初経前後の女子に多く発症し[6]、やせ形の女子中学生でも発症しやすく、かばんの種類や睡眠時間などの生活習慣は関係ない[7]。
体の発育や成長が止まるまで進行し続ける傾向があることから、発症年齢が若く、残っている成長期間が長いほど進行する可能性が高く、一般的に、骨成長が成熟期に達すると側弯が急速に進行することは無くなる[8]。
先天性側彎症
編集胸郭不全症候群などの先天的または発育段階に生じた脊椎の異常によって発症する[9]。
神経原性側彎症
編集筋原性側彎症
編集筋肉の異常により正常な姿勢を保てないことによって発症する[10]。
間葉性側彎症
編集マルファン症候群[11]やエーラス・ダンロス症候群[12]にみられる。
神経線維腫症I型
編集外傷性側彎症
編集外傷を負ったことにより発症する。
位置的頭蓋変形症
編集向き癖などによって乳児の頭の形がゆがんでしまう位置的頭蓋変形症(英:positional skull deformity)に伴って発症する[14]。特に、頭位性斜頭症(英:positional plagiocephaly)に多くみられる。
健康への影響
編集外見上の問題
編集側方に彎曲するだけでなく、椎体自体がねじれながら彎曲するため、やがて肋骨も変形し、凸側の肋骨が後方に張りだすと、女性の場合は乳房が左右不均等になったり、背中が出っ張るなど容姿に影響する。それらの体や姿勢の変形により、劣等感や羞恥心など心に影響を与える場合もある。
内臓機能の低下
編集胸の圧迫と変形による呼吸器障害・循環器障害など内臓にも影響を及ぼす。進行すると凸側の肋骨の前後がつぶれるように変形し、肺、心臓などの臓器を圧迫することで影響が出る。側彎が70度を超えた場合は肺活量が極度に減少し、90度を超えると肺や心臓の機能にも大きく影響し平均余命が短くなるといわれる。
腰痛
編集腰椎は、肋骨がなく、主に筋肉と靭帯により支えられるため、胸椎よりも負担が大きい。また、椎間板への影響もあり、側彎が45度を超えると椎間板への負担が不均等となり、椎間板の痛み、腰痛の原因となる[2]。
脊柱検査
編集予防方法はわかっておらず、早期発見によって非観血的治療を行うことに利点がある。
日本
編集日本では、乳幼児や学校の健康診断で脊柱検査が行われており、1980年(昭和55年)頃よりモアレ検査による検診が普及し、早期発見が可能になった。学校保健安全法の改正により、2016年度から運動器検診(家庭で評価ののち学校医による視触診が実施され総合判定)が学校健診の必須項目に加えられた[15][16]。
アメリカ
編集側彎リサーチ学会(英:Scoliosis Research Society (SRS))、米国整形外科学会(英:American Academy of Orthopedic Surgeons (AAOS))、北米小児整形外科学会(英:Pediatric Orthopedic Society of North America (POSNA))、米国小児科学会(英:American Academy of Pediatrics (AAP))は、共同声明の中で
- 女性には、10歳と12歳の2回
- 男性には、13~14歳の1回
側彎検査を行うことを推奨している[17]。
治療
編集レントゲン写真などから彎曲の程度(コブ角/Cobb angle)を測り、おおむね
- 軽度(25度未満)
- 中度(20度〜40度程度)
- 高度(50度以上)
の三段階に分類し、軽度では定期的なレントゲン撮影による経過観察を継続する。
装具
編集25度以上と診断されると、右写真のような専用のコルセットなどの装具による維持療法が行われることが多い。コルセットで彎曲が完全になくなる(完治する)ことは無いが、装具は確実に進行を遅らせるため、手術となったとしてもその時期を遅らせる効果がある[18]。
手術
編集50度以上と診断されると、スクリューやロッドを挿入して脊柱を矯正する外科手術を行う。この場合も完治することは無い。
- 矯正固定術
- VBT(Vertebral Body Tethering)
- グローイング・ロッド(英:Growing Rod)
- ベプター(Vertical Expandable Prosthetic Titanium Rib(VEPTR))
- Shilla
- ApiFix[19]
民間療法
編集日本側彎症学会では、装具による矯正治療と手術が必要であるとし、運動療法が有効だという客観的なデータはいまだに発表されておらず、徒手矯正、マッサージなども無効としている[20]。
シンガポールでは、自然療法による改善・進行防止の処置を行う専門クリニックがある。
筋肉の強化
編集脊椎側彎症が原因の肉離れに悩まされていたウサイン・ボルトは、走行中に骨盤が揺れることでハムストリングスに負担がかかっていることが判明したため、背骨を守るためバイエルン・ミュンヘンのチームドクターの指導で腹筋、背筋、大殿筋など骨盤周辺の筋肉を3年かけて強化した[21]。これによりレーニング中の怪我が減少したことに加え、推進力を生む蹴り上げる力も強化され後の活躍につながった[21]。同時にカイロプラクティック・ケアによっても支えられた[22]。
著名な患者
編集- リチャード3世 (イングランド王) - 遺骨の鑑定によりこの病気が確認された。
- ウサイン・ボルト
- ユージェニー・オブ・ヨーク王女 - エリザベス2世女王の孫。手術痕が見えるウェディングドレスを選んだ[23]。
注釈
編集- ^ “70歳で側彎症に 手術以外の治療法や、悪化防ぐ対策は ”. 朝日新聞デジタル (2019年9月25日). 2019年11月22日閲覧。
- ^ a b 脊柱手術.com 慶友整形外科病院 副院長・慶友脊椎センター長斉藤正史
- ^ 脊柱側弯症はどのような原因で起こるのか。日本側彎症学会
- ^ ほけんだより (PDF) 板橋区立板橋第三中学校保健室(平成23年9月27日)
- ^ 「改訂版知っておきたい脊柱側弯症」から抜粋 日本側弯症学会編 インテルナ出版 2003年 at the Wayback Machine (archived 2017年9月10日)
- ^ 兵庫県予防医学協会・脊柱側わん症
- ^ やせ形の女子中学生、側湾症に注意 かばんは関係なし at the Wayback Machine (archived 2017-09-10)
- ^ 側弯症とは(知っておきたい側弯症) 日本側彎症学会
- ^ 「肋骨異常を伴う先天性側弯症(指定難病273)」 - 難病情報センター
- ^ 「筋ジストロフィー(指定難病113)」 - 難病情報センター
- ^ 「マルファン症候群(指定難病167)」 - 難病情報センター
- ^ 「エーラス・ダンロス症候群(指定難病168)」 - 難病情報センター
- ^ 「神経線維腫症Ⅰ型(指定難病34)」 - 難病情報センター
- ^ 医院紹介 - AHS Japan
- ^ 側彎症とは(脊柱検診の実施にあたって) 日本側彎症(そくわんしょう)学会
- ^ 学校健康診断における運動器検診マニュアル(2016年度実施案) (PDF) 慶應義塾大学保健管理センター
- ^ M. Timothy Hresko, MD; Vishwas R. Talwalkar, MD; Richard M. Schwend, MD “Position Statement - Screening for the Early Detection for Idiopathic Scoliosis in Adolescents”
- ^ 特発性側弯症 神奈川県立こども医療センター
- ^ ApiFix- Adolescent Idiopathic Scoliosis (AIS) System
- ^ 側弯症のQ&A
- ^ a b ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」 - Number Web : ナンバー (4/6)・(5/6)・(6/6)
- ^ 藤原邦康 (2016年8月25日). “ウサイン・ボルトが抱える障害と2, 220万人に与えた希望”. HUFFPOST. 2020年7月1日閲覧。
- ^ “ユージェニー英王女、「傷跡を見せるウェディングドレスが着たかった」”. BBC NEWS JAPAN. (2018年10月15日) 2018年10月16日閲覧。
参考文献
編集- 千葉一裕・松本守雄編『整形外科専門医になるための診療スタンダード 1.脊椎・脊髄』羊土社(2008年) ISBN 9784758102100
関連項目
編集外部リンク
編集日本のサイト
編集- 側彎症全般
- 神経線維腫症Ⅰ型
- 神経線維腫症Ⅰ型(指定難病34) - 難病情報センター
- 「レックリングハウゼン(Recklinghausen)病(神経線維腫症Ⅰ型)」 - 小児慢性特定疾病情報センター
- 筋ジストロフィー
- 筋ジストロフィー(指定難病113) - 難病情報センター
- 「筋ジストロフィー」 - 小児慢性特定疾病情報センター
- マルファン症候群
- マルファン症候群(指定難病167) - 難病情報センター
- 「マルファン(Marfan)症候群」 - 小児慢性特定疾病情報センター
- エーラス・ダンロス症候群
- エーラス・ダンロス症候群(指定難病168) - 難病情報センター
- 「エーラス・ダンロス(Ehlers-Danlos)症候群」 - 小児慢性特定疾病情報センター
- 胸郭不全症候群
- 肋骨異常を伴う先天性側弯症(指定難病273) - 難病情報センター
- 「胸郭不全症候群」 - 小児慢性特定疾病情報センター